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1章

3.王女と名付け 「なら君は、私を見捨てたりしないよね?」

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(今は、元人間だなんて伝えないほうがいい気がする)

 猫は少女の顔を、尻尾でふさぁと撫でた。

「ふふっ、くすぐったいよ」

 アセリアは花が綻ぶように笑う。

(色々と黙っている詫びだ。せめてこの少女が笑っていられるように、手を貸そう)

(まあ、今の俺に何が出来るのかわかんないけど)

 前世では、魔術や魔力といったものは、おとぎ話の中の物語でしかなかった。だからこの世界でうまくやれるかどうか正直まだ分からない。

(星霊って、何が出来るんだろう。まずはこそから確かめないと。……っと、その前に)

 猫はそのまだ細く小さな肩の上で、居住まいを正した。

『アセリア、よければ俺に名前をつけてくれないか?』
「え、いいの?」
『ああ。君に頼みたい』

 前世の名は残念ながら覚えていない。
 どちらにせよ、この世界で生きるなら、この世界の名がいいだろう。

「……わかった、それじゃあ、テトはどう? 獅子の姿の、神様の名前だよ」
『獅子と猫じゃ、随分と違う気がするが……というか、神の名なんて恐れ多くないか?』

「そんなことないよ、私だって神様の名前をもらってる。テトは、プタハのパートナーで、幸運をもたらしてくれる存在なんだ」
『なるほど、確かにぴったりだな』

 テトは伸びをして、そのまだ丸く柔らかみの残る頬に頬ずりした。

『では、獅子のように、アセリアを守ろう』
「私もテトを守ってあげるね」

 アセリアは、花がほころぶように笑う。相変わらずその笑みは、少女だと分かっていても思わず見惚れるほど可愛らしかった。

「ねえテト、……私たち契約したし、もう家族だよね?」

 ふいに、アセリアが呟く。その声には、ほんの少し不安そうな響きが混ざり込んでいる。

『ん? そうだな、ある意味もう家族のようなものかもしれないな』
「なら君は、私を見捨てたりしないよね?」
『……アセリア?』

 不穏な響きに、テトは思わずアセリアを見る。

 少しうつむきがちなその顔からは上手く表情を読み取ることができなかった。

 けれど、強気なその口調とは裏腹に、アセリアの心が何かに怯えていることがはっきりと感じ取れた。

『当たり前だろ。それが契約ってもんじゃないか』

 当たり前、なんて知らないけれど自然とそんな言葉が口をついて出る。

 果たしてそれは正解だったらしい。

 やっとこちらを見た幼子の目は、喜びに満ち、その陶器のような頬は興奮で薄紅に染まっていた。

「そうだね。うん、契約だもんね」

 アセリアはすぐに、喜色あふれたその顔を隠し、表情を取り繕う。

 そんなことをしても、この少女が思わずスキップでもしたくなる程に浮かれていることは、契約者であるテトには分かる訳だが。

(一体、この子はなにを抱えているんだろうな)

 表向きの感情の隠し方が余りに早く、見事で、そんな風に手慣れてしまった理由が気にかかる。

(まあ、何があったとしても、俺がこの子を守ってやればいい話か。俺が契約者なんだし)

 もはやすっかり気分は保護者だ。

 まあ、前世はそれなりに年を食っていた気がするし、
 なんだか、アセリアが健やかな成長を遂げるまで見守ることこそ、この世に生まれた使命のような気がする。

「じゃあテト。そろそろ、城に戻ろうか。あまり長居をすると、心配させてしまうかもしれないから」
『ああ、わかった。……って、城!?」

 余りにも自然に飛び出した単語に、驚きが少し遅れてやってくる。

『アセリア……君って王族かなにかなのかい?』
「うん、いちおう第三王女だよ」

 おそるおそる問いかけたテトに、アセリアはこともなげに肯定する。

 正直、やけに長い名前を聞いたときから良いところのお坊ちゃんじゃないかとは思っていた。

 衣服の仕立ても良さそうだし、なによりテトの知っている子供にない気品がある。

(けど、まさかの王女とはね。……ん? ということは俺、王族の飼い猫になるのか)

 まさに勝ち組。猫らしい優雅な食っちゃ寝生活が送れそうな予感に、胸が躍る。




 しかしこのときのテトはまだ、知らなかった。
 
 これからこの少女アセリアがどのような運命を辿るのか。
 それに伴い、テト自身にどんな運命が待ち受けているのかすらも。


 人生――否、猫生、なにがあるか、分からないのである。
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