四大精霊銃物語

鹿嶋 雲丹

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第十六話 望むもの

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 ゼロと話をした後、軽く街を案内してから別れたので、緋亜は帰宅が遅くなった。
「ただいま~」
 既に家には灯りが灯り、アオが夕餉の支度をしていた。
 玄関先で寝そべっていたリンがふと頭をあげて立ち上がり、帰宅したばかりの緋亜の体に鼻先をつけ、クンクンと匂いを嗅いだ。
「なんだリン、気持ち悪いな」
 そんなリンの様子に、緋亜は眉根を寄せる。
 リンは飼い犬ではない。嫌々緋亜に服從している、山犬のような外見を持つアヤカシである。
 そういった理由から、リンは滅多に自分から緋亜には近づかない。
「知らん男の匂いがする……島の外の人間か?」
 リンは緋亜に尋ねた。
 リンはアヤカシだが、人の近くで生きてきたからか人の言葉や感情を理解していた。
「うん、そうだけど」
 緋亜はしかめっ面のままリンの問に答えた。
「この男と、また会うのか?」
「それはまだわからない。この先をどう生きるかは、向こう次第だ。私の手が必要だと言うのなら、私は手を貸すつもりだけどな」
「……ふぅん、そうか」
 緋亜の返事を聞いたリンは、気が済んだかのように緋亜から離れ、再び玄関先で寝そべった。
「おかえりなさい、緋亜さん」
 アオが台所から声をかける。
「うん、遅くなってごめんな、アオ」
 緋亜はアオの隣に立ち、笑顔で長身のアオを見上げた。
「いいえ……今日は、魚の鍋ですよ」
 にっこりと笑顔を緋亜に向けてアオは言う。
「わあ、ありがとう、アオ!」
 グツグツと音をたてる鍋に、緋亜は嬉しそうに笑った。
 アオが異形の島から父であるケイを訪ねてきて、四年が過ぎていた。アオは生まれ故郷の島に帰らず、そのまま緋亜と共に暮らしている。
 サヤの店の手伝いも、食事や洗濯などの家事も、この四年ですっかり板についていた。
 いつも通りの夕食を取りながら、緋亜は自身の記憶を探る。
 ゼロが持っていた、あの銃についての記憶だ。
 それは、キラキラ頭の鳥人間と緋亜が表現した天使が、緋亜に指南役をやらないかと言ってきた時に、ちらりと見せてきたものとまったく同じものだった。
 しかし、それよりもずっと昔にその銃を見たような気がしていたのだ。
 そうして、緋亜は思い出していた。
 幼い頃、裏庭にその銃を埋めていたケイの背中を。

 ケイは、天使から指南役としてスカウトされていた。
「お前の望みは、なんでも叶えてやるぞ」
 うすら笑いを浮かべる天使をちらりとも見ずに、ケイは手にした拳銃を眺め回していた。
 これは、ろくでもないオモチャだ。
 この銃身の軽さ、派手な四色のボタン。
 それはまるで、子どものオモチャのようだった。
 だが、銃の中身はオモチャどころか、鉛の弾よりもたちが悪いものだ。
 ケイには、それがよくわかった。
 ケイは火の精霊の躁術力の高さを買われ、天使に指南役をやらないか、と声をかけられている。
 力を持つからこそわかる、その危険性。
 これを、力のない者が使うと言うのだ。いや、むしろ、力がある者が悪用したらどうなるのか。
 ペラペラと使い方を喋る天使の言葉を聞いて、その嫌な感覚が確信に変わる。
 空気中の塵さえも、弾丸になるという。それに、使用者のイメージが、そのまま具現化されるなど……
「断る」
 すっぱりと言い、ケイは銃を天使に差し向けた。
「な、ここまで話を聞いておいて、断るのか」
 天使は気色ばんだ。
「お前の話は、途中から聞いていない」
 ケイの台詞に、天使は呆然とした。が、すぐにハッとする。
「報酬はいらんのか! 私が手にできるものなら、なんでも与えてやるぞ。死んだやつを生き返らせるのは無理だがな!」
 一瞬、ケイの脳裏に異形の島の姫巫女の姿が蘇る。
 いや……無理だ……どうやったって、あいつの迷惑にしかならん……
「お前は一人もんだろ? 嫁はどうだ? 金があれば、女がわんさか寄ってくるぞ!」
 喚くように、天使は言った。
 嫁か……
 ふと、ケイは思った。
 ケイは現在三十七歳だ。そして、国の指定する五本柱の一人である。
 五本柱の仕事は、島を守る爪の岩に力を注ぐこと、国から依頼されたアヤカシ退治などを行うこと、そして自身の後継者を育てる事だった。
 五本柱は、血筋による継承が多い。ケイも、祖父からその役目を受け継いでいた。
 そして今直面している問題は、自身の後継者が未だに見つかっていない、ということだった。
「人を……探せるか?」
 ケイが絞り出した声に、天使はパッと表情を輝かせた。
「探せるぞ、生きた人間ならな!」
「おれのように、強い火の精霊躁術力を持ってるやつを探してほしい。おれより、十以上歳下のやつだ。できるか?」
 ケイの問に、天使はしばし考え込んだ。
「ちょっと待ってろ」
 そう言うが早いか、天使はふっと姿を消す。
 そして十分後、再びケイの前に姿を現した。
「見つけたが……早く向かわんと、手遅れになる」
 ニヤリと口元に笑みを浮かべ、天使は言った。
「女の子ども……五歳くらいか……湖に棲むバケモノの、貢ぎ物にされるようだぞ」
 ケイは息を飲んだ。
「リン!」
 叫んだが早いか、ケイは走り始める。
 湖、主、飢饉、このキーワードか当てはまる場所が一つだけあった。
「……間に合うといいがな……」
 リンの背に跨り、宙を駆けていくケイの後ろ姿を見送りながら、天使は呟いていた。

「父と、なにしてるの?」
 裏庭の土を掘り起こしているケイの背中に、緋亜は尋ねた。
 緋亜は、言葉を喋るのがだいぶうまくなっていた。
 それはケイだけではなく、街の学び舎で学んだことをサヤが手とり足取り教えこんだからだった。
「あぁ、あまりに仕事ができないからな、仕事、クビになったんだ」
 後継者である緋亜に、にこにこと笑いかけながらケイは言った。
 結局、ケイが指南役を勤め、本契約に至った件数は一件だけだった。
 天使からは詐欺師呼ばわりされたが、ケイの知ったことではない。
 ケイは、目の前にできた穴に銃を放り込む。
 指南役をクビになっても、銃は回収されずに手元に残された。
 こうやって人の世界に、この危険極まりない銃を広めて行っているのだろう。
「これでよし、と」
 ケイはその上に土を被せて手をかざし、火の精霊躁術を使う。万が一、掘り起こされることがあった場合、火の精霊から攻撃を受けるようにだ。
 そして更に、漬物石を五個程載せた。
「永遠に、ここで眠れ……」
 ケイは呟き、そう祈ったのだった。

 ふと、今まで感じたことのない気配を感じ、ゼロは開いていた書籍から視線を上げた。
 窓の外は濃紺色の闇夜に包まれ、青白い満月が顔を見せている。
 視線を向けた窓際で、金色の双眸が光っていた。
 ゼロは手元を照らしていたランプを手に取り、気配がする方に向ける。
「犬? いったいどこから……」
 金色の双眸の主は、真っ白な毛並みの大きな山犬だった。
「海の向こうから来た者よ……」
 リンはゼロに向かって口を開いた。
 ゼロはキョロキョロと周辺を見回す。そして、ふぅとため息をついた。
「私には、霊をみたりする力はありません」
「いや、おれが喋ってるんだけど」
 もう一度、リンがゼロに向かって言った。
「……この島では、イキモノも人間の言葉を喋るんですね」
 ゼロは顎に手を当て、しみじみとした口調で言った。
「いや、その前にイキモノはこの部屋に勝手に入れんだろうが! おれは、アヤカシだ!」
 どこか的はずれなゼロの言葉に、リンは声を荒らげた。
「……モンスターを見るのは、初めてです」
 ゼロはそう言いながら、拳銃を手に取る。護身用にと、すぐ手が届く場所に置いていたのだ。
「ちょ、ちょっと待て! おれは、緋亜の家族だ!」
 その様を見たリンは、慌てて説明する。
「緋亜さんの家族?」
 慌てふためいたようなリンの言葉に、ゼロはピタリと動きを止めた。
「まあ、実際は家族っていうより、使いっ走りだけどな……」
 正直に、リンは言った。
「ということは、お使いでここに来たのですか? 緋亜さんから私に、なにか伝えたいことでも?」
 ゼロは怪訝そうにリンを見つめる。
「いや、そうじゃない。ここに来たのは、単におれの好奇心が湧いたからだ。緋亜に好意を抱く男なんてのは、ケイ以来だからな。いったいどんなやつなのか、見てみたかったのだ」
 リンの言葉にゼロは口をつぐんだ。
「おれは鼻が利く。緋亜についたお前の匂いを嗅げば、お前が海の向こうの人間であることや、居場所の特定や、感情だってわかるんだ」
 得意気に鼻を天に向け、リンはペラペラと言った。 
「へぇ……あなた、それ、緋亜さんに言ったんですか?」
 ゆらり、ゼロから怒りのオーラが滲み出る。
「いっ、言ってない! ホントだぞ、噓じゃない!」
 慌てて、リンが言う。
「……本当でしょうね? まぁ、残念ながらそれを確認する術がないので仕方ありませんが……で、気が済みましたか? あなたは私に興味があったのでしょう?」
「あ、うん、まあな! それより……おれと取引しないか?」
 ひとまず銃で撃たれる危険は回避できたと、リンはホッと胸をなでおろした。
「取引?」
 リンの申し出にゼロは眉根を寄せる。
「そうだ……おれだけが知っている緋亜の情報を、お前に教えてやる。その代わり、おれと緋亜の契約を破る手伝いをしてくれ」
「断ります」
「早っ、少しは考えろよ!」
 即答したゼロに対し、リンは焦ったように叫ぶ。
「私は、緋亜さんに聞きたいことがあれば、直接聞きに行きます。それに……」
 リンを見るゼロの視線が、キュッと少し冷たくなった。
「先程、あなたは緋亜さんと契約を結んでいると言った。もしあなたが善良なモンスターだったなら、あなたが嫌がるような契約を、あの人が結ぶでしょうか」
 ギクリ、リンの体が震える。
「あなたを手元に縛りつけておかざるを得ない事情が、なにかあるんじゃないですか?」
「えっ、ないよ! あるわけないだろ、そんなもん!」
 ツン、とリンはそっぽを向いた。
「なんだよ、ただの親切心で言ってんのに」
「取引というのは、親切心ではなく、お互いの利益を獲得するビジネスでしょう?」
 あ、しまった、取引って言ったんだった、おれ……
 リンは臍を噛む。しかしいくら後悔しても、もうここまで来たら目的を達成するのは難しい気がした。
「あ、そうだ」
 ゼロは突然、思い出したように傍らの手荷物を探り、中から乾燥肉をパッキングしたものを取り出した。
「取引より、仲良くしませんか?」
 にこりとリンに微笑みかけ、ゼロは言った。
「はあ?」
 ゼロの態度が変わったことに、さすがのリンも怪しむ。
 しかしゼロは、それを少しも気にしていなかった。
 ゼロの手の中で、バリッとパッケージが破られる音がした。
「あっ……なにコレ……いい匂い……」
 途端に、リンの鼻孔に芳しいスパイスの香りが届く。
「これは、私の国の特産品です。使用している鳥や調味料や香料は、この島にはないものですから、食べたことはないはずですよ」
 ゼロは笑顔を絶やさぬまま、それをリンに差し出した。
 疑いの眼差しを向けるも、既にリンの口内は唾液で一杯だった。
「な、なにが目的だ……」
 それでも、リンは一生懸命に面子を保とうとする。
「目的というか、あなたに聞きたいことがあるんですよ……あの、異形の島の方について」
「異形の島って……あぁ、アオのことか……アオとおれ達は、一緒に暮らし始めてからたかが四年しか経っていない。だから、お前に話すようなことは何も知らんぞ」
 言うリンの体がピクリと震えた。
 乾燥肉を手に、ゼロが近づいてきたからだ。
「まあ一つ、試食してみてください。我が国の特産品ですから、味見してもらえるだけでも、私は嬉しいのですよ」
 そう囁やきながら、ゼロはひとつまみの肉片をリンの目の前に置いた。
「し、仕方ない……そんなに言うなら、一口だけ食べてやる」
 リンは渋々といった体で、目の前に置かれた肉片をハグっと口にした。
 なにこれぇ……こんなうめぇもん、食ったことない……
 癖になりそうな弾力ある肉、その肉に染みきった、甘辛の調味料。食欲をそそるハーブの香り……
 やばい……
 リンは、完全にゼロのペースに乗せられていた。
「いかがでしょう? お口に合いましたか?」
 口にあったかどうかは、ダラダラと流れ落ちるリンのよだれが証明していた。
「もしよろしければ、全部どうぞ」
 ゼロは満面に笑みを浮かべて、パッケージの肉全てをリンの前に置いた。
 ちっくしょおぉお……
 抗えない食欲に身を任せながら、リンは内心地団駄を踏んでいた。
「どんな些細なことでも、かまいませんよ」
 さらに優しい声音で、ゼロはリンの耳元に囁く。
「アオは……ケイと、あの島の巫女との間に生まれた子どもだ」
「ほぉ……」
 ケイ、とはおそらく緋亜が父とと呼んでいた男の事だろう。
「異形の島は、非常に閉鎖的な思考をする島だと認識しています」
 書店で見かけたのも、ガイドブックではなく、奇妙な島だということを紹介する内容だった。
「島以外の人間と関わりを持つなど、非常に珍しいのではないですか?」
 緋亜は、アオには島に帰れない事情がある、とだけ言っていたが。
「お前、あの島の最高権力者が誰だか知ってるか?」
 ゼロからもらった肉をぺろりと平らげ、すっかり満足したリンが言った。
「えぇ、確か島を護る力を持った、巫女王という存在だったと記憶しています……まさか……」
「そのまさか、さ。今の巫女王が、アオの母親だ」
 リンは、くあっと欠伸をし、床に伏せた。
「緋亜さんの育ての父親と、異形の島の巫女王の娘……」
「お前の言う通り、アオの島じゃ異国の血は嫌われる。アオは向こうにいた頃、ずっと座敷牢にいたそうだ。まあ、ちゃんとしたメシを食わしてもらって、衛生状態も良かったみたいだ。それに、それなりの教育もちゃんとされてる」
 リンの説明に、ゼロは黙り込んだ。
 確か、巫女王は世襲制だ。その理由は、島を護る力というものがその血族にしか現れないから、と本には記されていた。
 その力が、もしアオにあるとしたら……
 いや、とゼロは思う。
 巫女王に他に子があれば、その子どもが次期最高権力者として育てられている可能性もある。
「貴重な情報をありがとうございます。私達、仲良くなれそうですね」
「よく言うよ……まあ、肉はうまかったけどさ……」
 あーあ、これがアオにバレたらまずいぞ……とリンは青ざめた。
 しかし、喋ってしまったことはもう仕方がない。
「ご安心を。今夜のことは、全てなかったことにしますので」
「頼むよ……おれの首の骨が折れるか折れないかは、あんた次第なんだから」
 すくっと、リンは立ち上がった。
「じゃあな……さっさと国に帰って、もう二度と来るなよ」
 そう言い残すと、ふっとその姿が消えた。
「異形の島の、巫女王……か……」
 ゼロの静かな呟きが、夜の静寂に響いていたのだった。
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