22 / 53
第一章 エリカと圭介
第22話 訪問前
しおりを挟む
手ぶらで圭介の家を訪ねるのはなんだか失礼な気がして、私は図書館からの帰り道にある和菓子屋で、甘いものとしょっぱいものを買った。
どら焼きと、求肥餅入りの最中と、栗まんじゅう。それに、数枚入った堅焼きお煎餅一袋だ。
正直、虫の分は買いたくなかったけど、3人家族の圭介の家への差し入れを2個だけにするわけにはいかない。
「手土産持ってても、気が重いのは変わらないや……」
私は深いため息を吐いた。
昨日の夜から、ずっとこんな調子だ。
再び湧き上がってきそうになる気恥ずかしさを、慌てて押し込める。
「そんなことより、圭介んちだよ!」
私は意識を集中させる。
うちは団地の3階、圭介の家は5階だ。
私は1階からエレベーターに乗りながら、深呼吸して呼吸を整えた。
『あなた達には、わからないわよ』
前に、圭介のお母さんから言われた言葉。
「達って……私と誰のことだったんだろう……やっぱり団地の子達だろうな」
特に、保育園から圭介と同じとこに通ってた子。
私や咲希ちゃんだけじゃないもんな。
上昇するエレベーターのランプが5で止まり、扉が開く。
その瞬間、心臓が止まりそうになった。
「こんにちわ、白鳥さん」
「圭介!」
っとに、こんなところで会うなんて想定外だ。
私は笑顔を向けてくる圭介を無視してエレベーターから降り、すたすたと歩き出した。
後ろで、バタンとエレベーターの扉が閉まる音が聞こえる。
「行ったか……」
私はほっと息を吐いてエレベーターを振り返った。
「母親のところに行くのか?」
「うわあ! 真後ろに立つんじゃねぇよ!」
私は慌てて飛び退る。
うるさいくらいドクドク言う心臓の音が、耳にわんわん響いた。
「わ、悪いかよ……」
「いいや……だが、圭介の母親から話を聞いたところで、何も変わらないと思うぞ。母親から聞く事ができるのは、母親と圭介との間の記憶なのだからな」
圭介はそう言ってにこりと微笑んだ。
それは……私だってそうかもしれないって思ってるよ!
私が思い出さなきゃならないのは、私と圭介との記憶だもん。
でも、それでも私は圭介のお母さんと話をしたいんだよ……
「私が何をどう感じるかは、やってみなくちゃわからないだろ! 圭介のお母さんの話を聞いて、なにか昔の事を思い出すかもしれないじゃないか!」
私は近所迷惑にならないように、小声で叫んだ。
「そうかな……まあ、私は今夜もいつもの場所で待っているよ……いつもの時間にな。あと2回、楽しみにしている」
圭介は不敵な笑みを浮かべながら、くるりと背を向けた。
そして今度こそ間違いなくエレベーターに乗って階下へ降りて行った。
「くそっ! 虫、私が絶対に正解を見つけられないと思ってるな!」
あと2回……そうだよ、あとたったの2回しかチャンスがないんだ!
湧き上がる焦りと苛立ちに、胃のあたりがしくしくと痛む。
「あぁそうだ、昨日も胃が痛かったんだっけ……うぅ、胃薬飲むんだった」
私は滲む汗を拭い“香川”の表札のドアの前で立ち止まった。
もうちょっと。
あともうちょっとで、なにかを思い出せそうな気がするんだ。
私はそっとくすんだ茶色のインターフォンのボタンを押した。
どら焼きと、求肥餅入りの最中と、栗まんじゅう。それに、数枚入った堅焼きお煎餅一袋だ。
正直、虫の分は買いたくなかったけど、3人家族の圭介の家への差し入れを2個だけにするわけにはいかない。
「手土産持ってても、気が重いのは変わらないや……」
私は深いため息を吐いた。
昨日の夜から、ずっとこんな調子だ。
再び湧き上がってきそうになる気恥ずかしさを、慌てて押し込める。
「そんなことより、圭介んちだよ!」
私は意識を集中させる。
うちは団地の3階、圭介の家は5階だ。
私は1階からエレベーターに乗りながら、深呼吸して呼吸を整えた。
『あなた達には、わからないわよ』
前に、圭介のお母さんから言われた言葉。
「達って……私と誰のことだったんだろう……やっぱり団地の子達だろうな」
特に、保育園から圭介と同じとこに通ってた子。
私や咲希ちゃんだけじゃないもんな。
上昇するエレベーターのランプが5で止まり、扉が開く。
その瞬間、心臓が止まりそうになった。
「こんにちわ、白鳥さん」
「圭介!」
っとに、こんなところで会うなんて想定外だ。
私は笑顔を向けてくる圭介を無視してエレベーターから降り、すたすたと歩き出した。
後ろで、バタンとエレベーターの扉が閉まる音が聞こえる。
「行ったか……」
私はほっと息を吐いてエレベーターを振り返った。
「母親のところに行くのか?」
「うわあ! 真後ろに立つんじゃねぇよ!」
私は慌てて飛び退る。
うるさいくらいドクドク言う心臓の音が、耳にわんわん響いた。
「わ、悪いかよ……」
「いいや……だが、圭介の母親から話を聞いたところで、何も変わらないと思うぞ。母親から聞く事ができるのは、母親と圭介との間の記憶なのだからな」
圭介はそう言ってにこりと微笑んだ。
それは……私だってそうかもしれないって思ってるよ!
私が思い出さなきゃならないのは、私と圭介との記憶だもん。
でも、それでも私は圭介のお母さんと話をしたいんだよ……
「私が何をどう感じるかは、やってみなくちゃわからないだろ! 圭介のお母さんの話を聞いて、なにか昔の事を思い出すかもしれないじゃないか!」
私は近所迷惑にならないように、小声で叫んだ。
「そうかな……まあ、私は今夜もいつもの場所で待っているよ……いつもの時間にな。あと2回、楽しみにしている」
圭介は不敵な笑みを浮かべながら、くるりと背を向けた。
そして今度こそ間違いなくエレベーターに乗って階下へ降りて行った。
「くそっ! 虫、私が絶対に正解を見つけられないと思ってるな!」
あと2回……そうだよ、あとたったの2回しかチャンスがないんだ!
湧き上がる焦りと苛立ちに、胃のあたりがしくしくと痛む。
「あぁそうだ、昨日も胃が痛かったんだっけ……うぅ、胃薬飲むんだった」
私は滲む汗を拭い“香川”の表札のドアの前で立ち止まった。
もうちょっと。
あともうちょっとで、なにかを思い出せそうな気がするんだ。
私はそっとくすんだ茶色のインターフォンのボタンを押した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
かれん
青木ぬかり
ミステリー
「これ……いったい何が目的なの?」
18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。
※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。
7月は男子校の探偵少女
金時るるの
ミステリー
孤児院暮らしから一転、女であるにも関わらずなぜか全寮制の名門男子校に入学する事になったユーリ。
性別を隠しながらも初めての学園生活を満喫していたのもつかの間、とある出来事をきっかけに、ルームメイトに目を付けられて、厄介ごとを押し付けられる。
顔の塗りつぶされた肖像画。
完成しない彫刻作品。
ユーリが遭遇する謎の数々とその真相とは。
19世紀末。ヨーロッパのとある国を舞台にした日常系ミステリー。
(タイトルに※マークのついているエピソードは他キャラ視点です)
「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」
百門一新
ミステリー
雪弥は、自身も知らない「蒼緋蔵家」の特殊性により、驚異的な戦闘能力を持っていた。正妻の子ではない彼は家族とは距離を置き、国家特殊機動部隊総本部のエージェント【ナンバー4】として活動している。
彼はある日「高校三年生として」学園への潜入調査を命令される。24歳の自分が未成年に……頭を抱える彼に追い打ちをかけるように、美貌の仏頂面な兄が「副当主」にすると案を出したと新たな実家問題も浮上し――!?
日本人なのに、青い目。灰色かかった髪――彼の「爪」はあらゆるもの、そして怪異さえも切り裂いた。
『蒼緋蔵家の番犬』
彼の知らないところで『エージェントナンバー4』ではなく、その実家の奇妙なキーワードが、彼自身の秘密と共に、雪弥と、雪弥の大切な家族も巻き込んでいく――。
※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
うつし世はゆめ
ねむていぞう
ミステリー
「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと」これは江戸川乱歩が好んで使っていた有名な言葉です。その背景には「この世の現実は、私には単なる幻としか感じられない……」というエドガ-・アラン・ポ-の言葉があります。言うまでもなく、この二人は幻想的な小説を世に残した偉人です。現実の中に潜む幻とはいったいどんなものなのか、そんな世界を想像しながら幾つかの掌編を試みてみました。
隅の麗人 Case.1 怠惰な死体
久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。
オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。
事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也は、そこで車椅子を傍らに、いつも同じ席にいる美しくも怪しげな女に出会う。
東京駅の丸の内南口のコインロッカーに遺棄された黒いキャリーバッグ。そこに入っていたのは世にも奇妙な謎の死体。
死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。
2014年1月。
とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。
難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段!
カバーイラスト 歩いちご
※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
オンボロアパート時計荘の住人
水田 みる
ミステリー
鍋島(なべしま) あかねはDV彼氏から逃げる為に、あるアパートに避難する。
そのアパートー時計荘(とけいそう)の住人たちは、少し個性的な人ばかり。
時計荘の住人たちの日常を覗いてみませんか?
※ジャンルは日常ですが、一応ミステリーにしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる