月はまだそこにあるか

鹿嶋 雲丹

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第46話 異世界のミツキちゃん

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「え……なにこれ……家の中がきれいになってる……ほんとにこれ、あんたがやったの?」
「ま、まぁな! 俺だってやりゃあできるのよ!」

 俺は得意げに鼻の下をこすった。
 俺が異世界での任務を終えてから、数日が経っている。
 嫁が本当に戻ってくるか心配だったが、黒龍様の大丈夫という言葉を信じて、待つことにした。
 うん、どうせなら家の中をピカピカにして、嫁を驚かせよう!
 そんな俺の思惑通り、ひょっこり姿を見せた嫁は、家の中を見て目を丸くした。

「あんた……女がいるんじゃないでしょうね?」
「えっ!」

 浮気を疑われた。
 なぜか、異世界での家事の先生、まひろさんが頭に浮かぶ。
 いや……確かにまひろさんは可愛かったよ。あの石頭にはもったいないくらいさ……いや、違う違う! あの人は先生だから!
「馬鹿なこと言うな! その、俺はお前の苦労を知ろうと思ってだな、色々と勉強したんだ」
「へぇ、勉強ねぇ……私が叔父さんの看病しにちょっと出国してる間に、随分心変わりしたじゃない。洗濯物も、きちんとしてるしさ」

 さ、さすがだ……気づいたのか……

「シワを伸ばして干さないと、後が大変なんだ」
「うん、そうよ。それ、自分で気付いたの?」

 ぎく!

「そ、そうだよ! お前がなにも言わずに家を出ていった後、家のことは全部俺がやってたんだからな!」
「なにも言わずにですって? おかしいわね、私ちゃんと書き置きしていったはずなんだけどな」
「書き置き? いや、そんなものどこにもなかったぜ……あ!」

 俺は突然思い出した。
 嫁がいなくなったあの日、風がやたらと強かった事を。

「もしかして、風でどっかに飛ばされたのかもしれないな……なぁんだぁ……心配して損したぁ……俺、異世界にまで行ったのに……ていうか、俺の残りの問いかけ玉、全部使ったのにぃ!」

 俺は手首のブレスレットを見た。
 そこに並ぶ水晶は、七つともすべて黒い。

「なにそれ、全部黒いじゃない! あんた、貴重な問いかけ玉を無駄遣いしたのかい!!」

 うっ……
 だってまさか、お前が叔父さんの看病に行ってるなんて思わなかったんだもん……くそぉ……めちゃくちゃ損した気分だ!
 ふと、脳裏にニコニコと笑うミツキちゃんが浮かんだ。
 あぁ、可愛かったなぁ……
 ハンバーガー、ラーメン、缶ビール、それにまひろさんがつくってくれた飯……めちゃくちゃ美味かったよな……もう一度食べたいなぁ……
 うん、あの体験は、ぜったいに無駄じゃない。

「無駄遣いは、してない!」
「ふぅん……それからあんた、私を行方不明者扱いしてないでしょうね?」
「あっ……」

 そうだ、役所の壁の貼り紙、剥がしてもらわないと!

「お、俺、今から役所に行ってくるわ!」

 俺は慌てて外に出ようとして、ドアから家の中にいる嫁を振り返った。
 家の風景と、嫁。
 再びこの光景が見られるなんて……幸せだ……

「あ、そうだ……役所から帰ってきたらさ、一緒に行ってもらいたいところがあるんだ」
「え? どこよ?」

 嫁からの問いに、俺は笑って答えた。

「孤児院だよ」

 ※ ※ ※

 俺は孤児院で、迷わず女の子を選んだ。

「可愛い……名前、考えてなくちゃね……」

 嫁が抱っこさせてもらった女の子は、まだ首がすわったばかりの赤ん坊だ。

「ほんと、可愛いな……」

 あいつ……石頭は、いつかミツキちゃんに会えるかな……ちょっと気になるな……大丈夫かな……

「名前は考えてある。ミツキちゃんだ」

 嫁の腕の中ですやすや眠る赤ん坊の、ぷにぷにしたほっぺたをつついてみる。
 やわらかぁい。
 ん? なんだこの、じんわりしたものは?
 もしかして、これが父性というやつか?
 俺にもそんなものがあったのか!

「ほら、あんたも抱っこしてみな」
「う、うん……お、意外とずっしりしてる」

 命の重みとぬくもり。くうぅ……大事にするぜ!
 ……わりぃな、石頭。俺は一足先に、ミツキちゃんの父親になるよ。
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