月はまだそこにあるか

鹿嶋 雲丹

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第36話 川上みさき

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「なぁにそれ! そんなの黒よ、黒! 絶対に黒に決まってる!」

 当たり前じゃない。
 タケルだって、女と遊びたいのよ。
 うちの旦那と同じようにね。
 男なんてみんな一緒よ。
 
『そろそろ髪伸びたんじゃない? 私、今お店を休んでるから、明日、久しぶりにランチでもどう?』

 たまたま家でまひろの話題が出たと思ったら、本人からランチの誘いが来た。
 変な偶然だな、と思いながらも、傍にいた旦那に行っていいかと聞くと、いいよと言われた。
 まあ、明日の予約も少ないもんね。はあーあ。

『いいよ。明日の朝十一時半に、駅の改札口で待ってるね』

 私は昔の同期、まひろにメッセージを送った。

 ※ ※ ※

 まひろは、見た目は素朴な印象の可愛い系の女子だった。私とは違って。
 男って、こういうちょっと見大人しそうな女が好きなのかしら?
 私をふったタケルも、ふられて落ち込む私を慰めてくれたサトルも、まひろのことが好きだった。
 面白くなかった。
 だって、彼女より私のほうが見栄えがいいし、気遣いだってできた。
 まあ、カットの腕前はまひろのほうが上だったけどさ。
 ま、あれから月日が経って、今の私たちは昔とは違う立場にいる。
 私はサトルとの間できた娘を二人も生んで、育てている。旦那のサポートもしながらね。
 まったく、自分でもよく頑張ってると思うよ。
 二世帯住宅の下の階に住んでる舅姑と、たまにぶつかりながらもなんとかやっているしさ。
 旦那は元から浮気症だったから、もうなにも期待していない。愛人が何人いようが、知ったこっちゃないんだ。
 私と娘たちが不自由なく暮らせる額を稼いでくれれば。それだけでいい。
 今に見てろ。私だって、子育てが一段落したら、かっこいい男を愛人にしてやるんだから。今度は歳下がいいな。
 そんな夢を抱いてる。

 子ども、欲しかったんだよね、まひろ?
 タケルと結婚する前、私に言ってたもんね?
 三人はほしいなってさ。

 現実は残酷よね。
 うちは二人もいるの。羨ましい? 羨ましいでしょ?
 って思ってたら、なぁに、タケルのやつ、客と遊んでるわけ?

「なぁにそれ! そんなの黒よ、黒! 絶対に黒に決まってる!」
 
 私は持っていたフォークをふり翳して笑った。
 ナイスじゃない、サトル。
 面白いとこに出くわしたもんだわね。
 え? うちは円満か、ですって? 
 ……そう聞くってことは、そう見えなくもないってことよね?
 まひろ、あんたにうちの殺伐とした内情を打ち明けると思う? 私にだってプライドってもんがあるのよ。

「まあ、うちは二人子育てしてて、色々バタバタしてるしね……お義父さんやお義母さんも、なにかと病院行ったりしてるし……まあでも、よくある話よね。円満って言っていいと思うな、私的には」

 なんだろう、胸の奥が少し淀む感じがする。
 なによ、いいじゃない。まひろにちょっといい顔するくらいさ。
 え? サトルがなんであんなメッセージを送ってきたと思うかって?

「そりゃ、あんたはかつての後輩だもん、心配になったんでしょ?」

 違うわ。
 サトルはそんなお人好しじゃないわよ。
 タケルと違ってね。
 あいつは、私と同じように他人の家庭が壊れていくのを楽しむつもりなのよ。

「で、まひろはどうするわけ? もう別れちゃえば? あんたたちのとこは子どもがいないんだから、別れるにしたって身軽じゃない」

 身軽……か……私も娘たちがいなかったら、今頃サトルとは別れてるよ。

「あ、そう……信じてるの、タケルのこと……ふぅん……相変わらずお人好しねぇ」

 ガーリックが効いているトマトソースのパスタを頬張る。
 なんだぁ……つまんな……

「裏切られなきゃいいけどね」
 胸がちくりとした。
 サトル……もしかしてまひろと浮気する気じゃないでしょうね……まさか、そこまではしないわよね?

「いや、四人で会いたいなんて聞いてないけど……まあ、予定が合えばいいんじゃない?」

 やめてよ? 間違っても、あんたとうちの旦那が二人きりで会うなんてのはさ。
 なんだろ、まひろをあざ笑うつもりで来たのに、余計な心配の種を拾った気がする。

 まひろ……あんた、昔からあまり体型が変わってないわね。

 グラスの水を口に含みながら、ちらりと思う。
 ビールの量、今日から少し減らすかな。
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