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第32話 謎の説得係
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「もしタケルが来なかったら、映画、カミさんが観てくださいね。チケット……もったいないですから」
映画館に向かう途中の車内で、私はハンドルを握りながら後部座席に座るカミさんに言った。
タケルは、こないかもしれない。
私の胸いっぱいに、灰色の雲のような不安が広がっていた。
それでも微かに期待して、タケルとの待ち合わせに間に合う、ぎりぎりの時間まで家でタケルを待っていたのだけれど。既読すらつかなかった。
映画館が併設されたショピングモールのパーキングは、平日の17時半の時点でわりと空いていた。
車を停めて、すぐにスマートフォンを確認する。
タケルに送っていたメッセージに既読がついているかどうかを。
私は小さくため息を吐いた。
私が送ったメッセージは、一つも既読になっていない。
「ミツキ、パパと一緒が良かったのにな……」
カミさんの隣に立つミツキちゃんが、さみしげに肩を落としている。
切なさで、胸がぎゅっとなった。
っとに、タケルのバカ!
私、何回もメッセージ送ってるのに、見もしないでさ! 私たちのことはともかく、ミツキちゃんがかわいそうじゃない‼
ふつふつと湧き上がる私の怒りは、カミさんにしっかり伝わってしまったようで、まあまあ落ち着いて、と笑われてしまった。
「あの石頭のことは、説得係に任せましょう。ミツキちゃん、パパは遅れてでもきっと来ると思うよ。信じて、待っていようね」
「……うん……」
あの頑固なタケルを説得するですって? いったい誰が? だいたい、そんなことできるの?
まあ、それはともかく。
もし、タケルが映画館にこなかったら、しばらくの間ご飯は作ってあげないことにしよう。
かわいいミツキちゃんを悲しませた罰だ。
「じゃ、行こっか?」
私は一人決意を固めて、ミツキちゃんの小さな手を握った。
それにしても。
「もぐもぐしよっ、て……テレビアニメでもやってるけど、ちょっとミツキちゃんには子どもっぽすぎるような気がするな」
略して『もぐしよ』と呼ばれているそのアニメは、一歳くらいの小さい子どもが、必ず好きになるという定番モノだ。
映画用のストーリーはこれまで何作も作られているけれど、私は観たことがなかった。
「ミツキちゃんくらいの歳の女の子には、悪役と戦うヒロインアニメの方が良かったんじゃないかな?」
タケルとの待ち合わせに指定した映画館のロビーには、現在上映中の作品のポスターがたくさん貼られている。
「うーん、私もそう思ったんですけど、ちょうどいい時間に子どもが観られるような映画が他になかったんですよね」
上映時間とタイトルが記された大きなパネルを見ると、確かにカミさんの言う通りだった。
「うーん、戦争モノやホラーよりかはマシかぁ……」
「ミツキは、パパとママと一緒に観られるなら、何でもいいんだ」
ミツキちゃんがポツリと言った言葉に、再び胸がぎゅっとなる。
ターケールーめー!
「あっ! メッセージが既読になってる」
私はスマートフォンの画面を凝視した。
家の車は私が使ってしまったから、ここに来るとしたら自転車を使うのが一番早いだろう。
上映時間まで、あと二十分ある。
タケル、どこからここに向かうつもりなんだろう……いや、そもそもタケルからはメッセージが返って来ていないから、こっちに来るとも限らないけど。
それでも、期待しちゃうよ。
「ミツキちゃん、ポップコーン食べる?」
「うん……食べる! ねぇ、パパ、来るって?」
ミツキちゃんが、じっと私を見つめてくる。
嘘は、つけない。
「まだ、はっきりわからないんだけど」
私はさほど長くないポップコーンの列に並ぼうと、足を向けた。
「一緒に待とうね、ミツキちゃん」
「タケル……来ない」
もぐしよ、の入場開始のアナウンスが流れた上映十分前になっても、タケルは姿を現さない。
こっちに向かっているのかどうか、確認のメッセージを送っても、やはり返信はなかった。
私はこっそりため息を吐いた。
期待しているミツキちゃんを、がっかりさせたくない。
「私がここで待ってますから、二人は先に入っててください。もし石頭が来なかったら、私が行きますよ」
「わかりました……行こうか、ミツキちゃん」
……来てよ、タケル。ミツキちゃんの為に、必ず来て!
「うん……」
私は強く祈りながら、購入したポップコーンを手に、不安げな表情のミツキちゃんと歩き始めた。
※ ※ ※
タケル! やっと来た!
私は思わずシートから立ち上がりそうになった。
薄暗い中、背が高くひょろりとした人影がこっちに向かってくるのが見えたからだ。
人影は、歩き方からしてタケルに違いない。
思わず、長いなぁと思って観ていた予告に感謝した。
「あっ! パパ!」
隣の座席から、ミツキちゃんの小さな叫び声が聞こえてくる。
遅れてきても座りやすいように、通路側の方の席を空けておいたわよ。感謝してよね、ほんとに。
「遅かったじゃない……もう、来ないかと思ったわ」
あっ、しまった……
こんな嫌味ともとれる言葉、言うつもりじゃなかったのに……つい、自然と口から出ちゃった。
あーあ、これじゃあせっかく来たのに、タケル機嫌悪くしちゃうかもしれないな……
「ごめん……」
ごめん?
ミツキちゃんの隣から聞こえてきたタケルの声音は、拗ねたものでも変に低いものでもなかった。
本当に、ごく普通にすんなりとした、ごめん、だった。
いったいどうしたんだろう……もしかして、カミさんが言っていた、説得係さんのおかげなのかしら?
すぐに始まった『もぐしよ』の本編より、そっちの方が気になるよ。
……説得係って、誰なんだろう?
映画館に向かう途中の車内で、私はハンドルを握りながら後部座席に座るカミさんに言った。
タケルは、こないかもしれない。
私の胸いっぱいに、灰色の雲のような不安が広がっていた。
それでも微かに期待して、タケルとの待ち合わせに間に合う、ぎりぎりの時間まで家でタケルを待っていたのだけれど。既読すらつかなかった。
映画館が併設されたショピングモールのパーキングは、平日の17時半の時点でわりと空いていた。
車を停めて、すぐにスマートフォンを確認する。
タケルに送っていたメッセージに既読がついているかどうかを。
私は小さくため息を吐いた。
私が送ったメッセージは、一つも既読になっていない。
「ミツキ、パパと一緒が良かったのにな……」
カミさんの隣に立つミツキちゃんが、さみしげに肩を落としている。
切なさで、胸がぎゅっとなった。
っとに、タケルのバカ!
私、何回もメッセージ送ってるのに、見もしないでさ! 私たちのことはともかく、ミツキちゃんがかわいそうじゃない‼
ふつふつと湧き上がる私の怒りは、カミさんにしっかり伝わってしまったようで、まあまあ落ち着いて、と笑われてしまった。
「あの石頭のことは、説得係に任せましょう。ミツキちゃん、パパは遅れてでもきっと来ると思うよ。信じて、待っていようね」
「……うん……」
あの頑固なタケルを説得するですって? いったい誰が? だいたい、そんなことできるの?
まあ、それはともかく。
もし、タケルが映画館にこなかったら、しばらくの間ご飯は作ってあげないことにしよう。
かわいいミツキちゃんを悲しませた罰だ。
「じゃ、行こっか?」
私は一人決意を固めて、ミツキちゃんの小さな手を握った。
それにしても。
「もぐもぐしよっ、て……テレビアニメでもやってるけど、ちょっとミツキちゃんには子どもっぽすぎるような気がするな」
略して『もぐしよ』と呼ばれているそのアニメは、一歳くらいの小さい子どもが、必ず好きになるという定番モノだ。
映画用のストーリーはこれまで何作も作られているけれど、私は観たことがなかった。
「ミツキちゃんくらいの歳の女の子には、悪役と戦うヒロインアニメの方が良かったんじゃないかな?」
タケルとの待ち合わせに指定した映画館のロビーには、現在上映中の作品のポスターがたくさん貼られている。
「うーん、私もそう思ったんですけど、ちょうどいい時間に子どもが観られるような映画が他になかったんですよね」
上映時間とタイトルが記された大きなパネルを見ると、確かにカミさんの言う通りだった。
「うーん、戦争モノやホラーよりかはマシかぁ……」
「ミツキは、パパとママと一緒に観られるなら、何でもいいんだ」
ミツキちゃんがポツリと言った言葉に、再び胸がぎゅっとなる。
ターケールーめー!
「あっ! メッセージが既読になってる」
私はスマートフォンの画面を凝視した。
家の車は私が使ってしまったから、ここに来るとしたら自転車を使うのが一番早いだろう。
上映時間まで、あと二十分ある。
タケル、どこからここに向かうつもりなんだろう……いや、そもそもタケルからはメッセージが返って来ていないから、こっちに来るとも限らないけど。
それでも、期待しちゃうよ。
「ミツキちゃん、ポップコーン食べる?」
「うん……食べる! ねぇ、パパ、来るって?」
ミツキちゃんが、じっと私を見つめてくる。
嘘は、つけない。
「まだ、はっきりわからないんだけど」
私はさほど長くないポップコーンの列に並ぼうと、足を向けた。
「一緒に待とうね、ミツキちゃん」
「タケル……来ない」
もぐしよ、の入場開始のアナウンスが流れた上映十分前になっても、タケルは姿を現さない。
こっちに向かっているのかどうか、確認のメッセージを送っても、やはり返信はなかった。
私はこっそりため息を吐いた。
期待しているミツキちゃんを、がっかりさせたくない。
「私がここで待ってますから、二人は先に入っててください。もし石頭が来なかったら、私が行きますよ」
「わかりました……行こうか、ミツキちゃん」
……来てよ、タケル。ミツキちゃんの為に、必ず来て!
「うん……」
私は強く祈りながら、購入したポップコーンを手に、不安げな表情のミツキちゃんと歩き始めた。
※ ※ ※
タケル! やっと来た!
私は思わずシートから立ち上がりそうになった。
薄暗い中、背が高くひょろりとした人影がこっちに向かってくるのが見えたからだ。
人影は、歩き方からしてタケルに違いない。
思わず、長いなぁと思って観ていた予告に感謝した。
「あっ! パパ!」
隣の座席から、ミツキちゃんの小さな叫び声が聞こえてくる。
遅れてきても座りやすいように、通路側の方の席を空けておいたわよ。感謝してよね、ほんとに。
「遅かったじゃない……もう、来ないかと思ったわ」
あっ、しまった……
こんな嫌味ともとれる言葉、言うつもりじゃなかったのに……つい、自然と口から出ちゃった。
あーあ、これじゃあせっかく来たのに、タケル機嫌悪くしちゃうかもしれないな……
「ごめん……」
ごめん?
ミツキちゃんの隣から聞こえてきたタケルの声音は、拗ねたものでも変に低いものでもなかった。
本当に、ごく普通にすんなりとした、ごめん、だった。
いったいどうしたんだろう……もしかして、カミさんが言っていた、説得係さんのおかげなのかしら?
すぐに始まった『もぐしよ』の本編より、そっちの方が気になるよ。
……説得係って、誰なんだろう?
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