上 下
8 / 8

008【ハイジとカール】

しおりを挟む
「さぁ、売って売って売りまくるわよ!」

「はい、お嬢様」

「もう、ハイジよ!」

露店が並ぶ賑やかな通りの一角で、一風変わった荷車で、幼い店主と、ひょろっと縦長の老人が、店を出す…………

…………

……

「カールまだなの!」

「ええ、そろそろかと、お嬢様」

「誰も来ないじゃない! それとハイジよ!」

「もしや、何か他にやるべき事が、あるのでしょうか? お嬢様」

「店は出したし、他にって…… あとハイジよ」

……………

…………

「やっぱり何かあるのかしら?」

「ええ、惣一郎殿に言われた事は全部やりましたし、もしやこの街独特のルールが、あるのやも知れません、お嬢様」

「かも知れませんわね…… それとハイジよ」

腕を組み店の前で首を傾げる少女と老人。

「ちょっと、そこの貴方! 私は店を出してますのよ!」

…………

「やはり何かある様ですな、お嬢様」

「ええ、きっと新参者を試す気なのね! あとハイジよ!」

屋台の前で、通行人を睨む少女……

そこへ隣で、野菜を売る太めの店主が、

「お嬢ちゃん、初めてかい?」

「ええ、今日からよ! なのに誰も来ないわ。貴方の所も暇そうね、同じく今日からなのかしら?」

「フォフォフォ、いや毎日ここで売ってるよ。朝一で売れたので、後はのんびり残りを売って、そろそろ閉める時間なのさ」

そこに野菜を求める客が来て、いくつか売れていく。

「お嬢ちゃんの所は、何を売ってるんだい?」

隣の店主が、物珍しい荷車を見ながら、聞いてくる。

「プリンよ! それとカキ氷」

「えっ、なんだいそりゃ?」

「貴方も知らないのかしら? 私も最近まで知らなかった食べ物よ! 凄く美味しいわ」

こんな美味しい物を、知らなかったハイジは、街の人も知らない食べ物を、惣一郎が一体どこで覚えたのか、気になりだす。

「えっと…… 最近まで知らなかった物を、売ってると?」

「ええ、知らなったけど、今は知ってるわ! 作れるし…… そうなのね! みんな知らないから来ないのね!」

「なるほど、そうかも知れませんな、お嬢様!」

「そうと分かれば宣伝よ! それとハイジよ!」

ハイジはさっそく、プリンのイラストを描いた板を立て掛け、宣伝を始める。

「さぁ、下々の方々、世にも珍しいプリンを売って差し上げますわ!」

しかし、行き交う人が足を止める事は無かった。

「お嬢様、ここはひとつ、もう少しへりくだってみてはいかがでしょうか?」

「そうね、買って貰うのだもの、屋敷に来ていた商人の様にしなくてはね! あとハイジよ!」

ハイジは、行き交う人にプリンを知って貰う様、声を張り上げる。

その甲斐あってか、ようやく足を止め始める人が……

「ほぉ~ そんなに甘いのか?」

「柔らかい菓子ね~」

「どれ、ひとつ試しに貰おうかな」

「ええ! 喜んでお売りしますわ!」

初めての客は、手にする瓶に入った黄色い卵菓子に、眉をひそめる。

「こりゃ生じゃないのか? 大丈夫なんだろうね……」

不安そうに口に運ぶと、驚きの表情を浮かべ、一気にたいらげる。

立ち止まり、もの珍しく様子を伺う人も、その男のリアクションを待っていただろう。

だが、男は無言で食べ終えた瓶を戻すと、

「家族にも買って帰ろう、あと5個貰おうか」

「ええ! 喜んで」

嬉しそうに持ち帰り用の箱に、冷えたプリンを入れ、渡すハイジ。

カールの目頭に熱いものが込み上げる。

「お嬢様…… やりましたな……」

「ほぉ~ どれ俺も貰おうか」

「私も2個いただくは!」

続く客足にハイジは、

「カール! 泣いてる場合じゃ無いわよ! それとハイジよ!」

プリンは、それを皮切りに、瞬く間に売れていき、午後には完売するまでの売れ行きとなった。

「今日はコレで売れ切れよ! また明日売って差し上げますわ!」

飛ぶ様に売れたプリン。

プリンが無くなると、カキ氷も売れていき、コレもまた人気となる。

中には家に買って帰って、また買いに来たものもいた。

「お嬢様、惣一郎殿の言う通りになりましたな!」

「ええ、明日の分も帰ってさっそく、作らなければいけませんわ! それとハイジよ!」

この日、瞬く間に噂が広がり、プリンを買い求める人が、夜まで通りを探して歩くほどになった。




翌朝も、開店前から人が並び、プリンはあっという間に売れてゆき、昼前に完売する程の人気となる。

「おい! ずっと並んでたんだぞ、プリンを売れよ!」

ハイジに詰め寄る、何処にでも居る輩。

だが、カールに包丁を突きつけられ、

「完売にございます。またのお越しを……」

コクンと頷き、帰っていく輩。

腕を組み悩むハイジ。

やはり惣一郎の言う通り、人気が出れば、それを良く思わない者も、やっぱり出てくるのね……

コレは違うと思うが…… ハイジの想像通り、良く思わない者も実際出ていた。



翌日、すでに人集りが出来てる場所に、到着するハイジ達。

その人集りを掻き分け、近付いてくる者がいた。

「おい! お前ら、誰の許可取って店出してんだ!」

さっそく因縁を付けてくる男達4人。

関わりたく無いのか、蜘蛛の子を散らす様にいなくなる人達。

周りの露店の人達も『始まったか』っと、顔を背ける。

「商人ギルドへは、許可をもらっておりますが」

「馬鹿野郎! この通りは代々[ゴマーク一家]の縄張りなんだよ! ここで商売したきゃ、売り上げの半分を収める事になってんだ! 知らなかったじゃ済ま……」

話途中で現れた女性に、絡んで来た輩が黙り込む。

「初耳ですが……」

「これはこれは、副ギルド長!」

「いえ、初耳だと聞いています」

黙り込む男達に睨みを効かす、冒険者ギルドの副ギルド長ミレフ。

ヘラヘラ笑いながら逃げていく輩達。

冒険者ギルドの副ギルド長になる女。

それだけで普通では無いのだろう……

「ジビカガイライおすすめのプリンを買いに来てみれば、まったく! ごめんなさいね、あんなのが街にいたなんて、後の事は私達に任せておいて下さい。それよりも、プリン! 売って頂けますか?」

「貴方、惣一郎の知り合いなのかしら?」

「ええ、知り合いって程じゃないけど、あなた方の事は、よろしくってお願いされてるのよ。このプリンは、この街の発展に繋がる物だからってね! それがどんな物か早く食べてみたくってね~」

「そうですか…… 惣一郎殿はそこまで……」

「さぁカール! お店を開けるわよ! 惣一郎の耳に入るぐらい売って売りまくって見せるわ!」

「お嬢様……」

「ハイジよ!」

ここにいない惣一郎に守られながら、トラブルも無く、プリンとカキ氷は大人気となり、露店から、街を上げて大きな店へと発展していく事になる。

やがて国中に広まるプリン……

湖に浮かぶ街、ここゴスガイルで最初に出した店の名前は……

[甘味処 ソウイチロウ]




しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...