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残念ですが、もうお終いです

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 何か、下に引かれる様な感覚にくらりと眩暈を覚えながらも居住いを正した時、パチリっと瞬きの間に世界は一変していた。
 別の世界から迷い混んだ私を親切にも拾ってくれた農夫のスミス夫妻の元でこの世界で出会った仲間達と共に鍬を振る生活をしていた所、魔術学園と言う所から迎えが来た。
 どうやら私は魔術と言う物が使えて、魔術の素質が有る者はその才能の大小限らず学園に通わねばならないらしい。
 泣きながら私の門出を見送ってくれるスミス夫妻と仲間達に手を振り、私は王都に近い所に位置する国立魔術学園へとやって来た。

 やって来たは良いけれども困った事に筆記試験がまず最初に行われ、私はこの世界の文字の読み書きが出来ない事が判明した。
 どうしようかなと思案していると、隣に居た子が貸せと言う仕草をしてくる。
 貸せと言うならばとペンやら必要なモノを貸すと猛然と私の代わりに解き始めた。
 試験官の方へと目を向けるけれども、試験官は此方を見るだけで特に咎める様子を見せない。
 良いのか、じゃあ、良いか。
 頬杖を付きながらその子が書き終わるのを待っていると、やがて終わったのかムフーッと満足げな顔で紙を差し出してきたのでお礼を告げて試験官へと提出に行くと満点の評価が渡された。
 何やら替え玉受験をしている気分だけど、これで良いのか。

 次は実技試験だと丸い板の付いた柱が乱立するグラウンドの様な所に連れ出され、どんな魔術でも良いからあの的達に当てろと言う。
 当てる順番も回数も好きにして良いと言うけれども、私はまだ何の魔術も習っていないのだから何かを当てるも糞も無い。
 とりあえず土魔法とか言いながら投げるかと足元の土を固めて団子を作って投げてみるとグラウンドで駆けずり回って遊んでいた子達が遊んでいると勘違いしたのか私の真似をして土団子を投げ初めてしまった。
 試験の途中だけど止めた方が良いよね、と試験官の方へ目を向けると真剣な顔で紙に何かを書き込み、一言「合格」と告げてきた。
 それで良いのか。

 良く分からないままに合格判定を貰い、最後にクラス分けの為に魔力量を図るからと計測器の前に立たされた私は調べた結果魔力量は0と表示され、最下級クラスへと編入することになった。


 「いや、おかしいだろ!!」


 私の話を聞いていたダニエル君がそう突っ込みを入れる。


 「魔力がゴミ塵サイズでも魔術を行使できる最低量は有るのなら計測器が反応しない訳が無いし、計測器が反応しないレベルならそもそもこの学園に入学は許されない。計測器の不良とかだったのか?」
 「いいや?計測器はいたって正常だったし、私には魔力はゴミ塵サイズすらも宿っていないよ?」
 「いや、何故魔力が無いのにこの学園に入学できたんだよ?ここは魔術学校だぞ、魔力がなければ試験に合格など不可能だし、例え筆記が満点だったとしても実技が無得点であれば不合格にしかならないだろう」
 「まあ、そこはほら、私には魔力は無いけれど霊力があるからね」


 そう、私には魔力が一切宿っていなかった。
 その代わり元の世界で言う霊感、霊力がこの世界では非常に大きく働く様になっていたのだ。
 筆記試験の際に隣に座って代わりに問題を解いてくれたのはその部屋に居た地縛霊だし、実技試験の際に一緒に土団子を投げていたのはグラウンドの浮遊霊達だ。
 あの子達の姿は私にしか見えず、周りの人間には私が魔術を行使しているようにしか見えなかったのが事の真相だった。


 「私的には魔力と霊力は違う物って感じで、魔力のタンクは肉体だけど、霊力のタンクは魂って感じなんだよね。この世界の測定器は肉体のタンク容量を図る為の物で、魂のタンク容量を測る機能は付いてないからいくら測定しようが0としか表示されないのは当然でしょう。
 だって前提が違うんだもの」
 「うーん」


 理解できないと額に皺を寄せるダニエルに「それにさぁ」と話を続ける。


 「魔力が無いのに何故か不思議な現象を起こせる様な研究者の探求心を擽る存在をみすみす逃がすわけないよねって話だよ。例え教鞭を執っていようと、学園にいる彼らの本質は探求者だもの、多分どんだけ筆記が悪くても何らかの形で学園に収用させられてたと思うよ。
 筆記の成績が良くて良かったよ、でなきゃ後ろ楯もない素性不明の人間だからこんな穏便な形で学園には居られなかっただろうしね。全く、自分の才能が恐ろしい……」
 「君はいつも楽しそうだね」


 彼女は事も無げにそう言ってケラケラと笑うが、彼女の実力を知った今では教師達が穏便な選択をしてくれて良かったとダニエルは心底から思う。
 彼女がこの学園に編入して三ヶ月、既に起こした事件の数は両手に収まらず、その悪名は全学年へと轟き初めている。

 少女が最初に起こした事件では彼女が魔力0の状態で編入した事を知った最下級クラスの荒くれ者が犠牲者となった。
 魔力が無い事を馬鹿にし、試験官に身体を使ったのかと下卑た顔で煽っていたのだが、一向に気にもしない少女に腹を立て、魔法で攻撃しようとして返り討ちにあった挙げ句に再起不能にし、退学へと追い込んだ『第3食堂引き摺り事件』

 次の事件では敵陣の的に当てた数と速度でスコアを競う勝負を持ち掛けられ、敵味方問わず全ての的を赤い手形だらけに染めて反則負けした上に勝負を仕掛けてきた生徒会長を宙吊りにした『ロイヤルカイト事件』

 私物を隠したり壊したりしてきた生徒達への報復にどうやったのか、あらゆる飲食物はおろか、蛇口からも髪の毛を混入させてノイローゼにさせた『強制食毛事件』

 その後も様々な事件を起こしてきた少女。
 こちらの攻撃魔法は全て無効化され、障壁で防ぐことも出来ない攻撃を仕掛けてくる彼女に穏便ではない手段を取っていたらどうなっていたのかは想像に容易い。
 良くて学園の崩壊、悪くて王都が壊滅していただろう。
 起こり得ていた未来に、ダニエルの背筋に冷たい汗が流れた。



 事件は特に予兆も無く起きる。

 ある日の全校集会で突然名指して呼ばれた少女は教師達に媚びを売って不当な手段でこの学園に入学した卑怯者であり、悪逆な言動で善良な生徒達から正当な評価を奪う非道な性格を持つ、この学園に相応しく無い気狂いだと激しく糾弾された。
 謁見室の様な造りの集会会場の壇上の椅子に座している生徒会長が声高に上記の内容を告げて学園からの自主退学を迫り、少女の周りの生徒達もそれに便乗する。


 「いや、確かに彼女は色々とやらかしてたけどそれは悪気があってやった物じゃないし、何なら切っ掛けは虐めを見過ごせなくてとか、ちゃんとした理由があった事が大半だったじゃないか。
 教師と良く居るのも彼女の特異な能力の計測や研究の為だし、不足の事態でやらかした時も後始末だってちゃんとやっていただろう?」


 ダニエルがそう言って庇うが少女に向かって罵倒を飛ばす生徒達の耳には届かない。
 悪意を一身に受けていた少女は不敵に笑ってみせる。


 「悪逆非道?ふーん、結構、結構。君達がそう言うのであれば、その様に振る舞おうじゃないか」

 そう言うと少女は指をパチリと鳴らした。
 途端に少女を糾弾していた者達がその場に膝から崩れ落ち始める。
 苦しそうに喉元を押さえたり、頭を両手で抱え、名にかを振り払う様に左右に降ったり、足を押さえて蹲ったりと様子は様々だが、皆苦悶の表情と汗を浮かべる事は一貫していた。
 苦しむ人々の間をすり抜け、少女は歩を進める
 少女の進む先にいる何の変化も無い者達は青い顔で少女の為に道を開けた。
 さながら海を開くモーゼの様に悠々と歩み、壇上へと登った少女は椅子から崩れ落ちている会長を何の躊躇も無く階下へと蹴落とし、空いた会長椅子へと腰掛ける。
 足を組み、階下にいる者達に少女は言う。


 「さて、これで会長の座は私の手に落ちた訳だが……実に呆気ないな君たち。悪を討ち果たさんと息巻き、正義を語る者の癖に前座も果たせないとは……大したこと無いな。所詮口先だけだったと言うことか」


 踞り、己を睨むことも出来ない者達をつまらなさそうに睥睨した少女がもう一度、パチリと指を鳴らし彼らに掛けられていた負荷が解かれると、途端に皆一様に脱力し、床へと倒れ込んだ。


 「前に耳にしたが、この学園は実力至上主義でこの生徒会長の座も先代から勝ち取る物なのだろう?であれば、これで私がこの学園の頭だ。異議がある者は名乗り出ると良い」
 「いやいや、駄目でしょ!!」
 「お、流石ダニエル君。早速挑みに来たの?」
 「いや、そんなわけ!そうじゃなくて、君は自分が何をやらかしたか理解しているかって言う話だよ!」
 「何って下剋上?」
 「本当にね!あのね、実力至上主義を謳ってはいるけれども、この学園の生徒会長の席は実際には王子や王族に連なる血縁者の為に用意されている物で唯一、例外が許されているのはその世代で血縁者が居ない時だけなんだよ。
 それだって血縁者が入学してきたら直ぐにその役職を明け渡さなきゃいけないの!」
 「ふーん、そう言う決まりがあるんだ」
 「そう!だからその決まりを破るのは国王に楯突いているのと同意なの!それでもって当代の生徒会長はこの国の第一王子であり、次期国王であるルイ王子なんだよ、つまり」
 「反逆者だ!お前ら、あの気狂いを殺せ!!」
 「こうなるってことだよ!」


 ヒイィィィ!と頭を抱えながら会長席の後ろに隠れるダニエル。
 それに笑いながら少女が再び指を鳴らすと叫んでいた会長含め、攻撃を仕掛けようとしていた者達が一斉に卒倒する。
 その様子を背もたれの後ろから覗いていたダニエルは「もう知らなーい」と遠い目をしていた。
 結局、血相を変えて飛び込んできた教師によって一旦この場は預かる事となり、事態は一時的な収束を見せる。

 この世界のことを知るために図書室で様々な書物を読むのを日課にしていた少女だったが、あの全校集会から数日後、図書室に行くと利用を断わられる様になってしまった。


 「ごめんね、利用させてあげたいのは山々なんだけど、駄目だって言われてて……」
 「多分、生徒会長の差し金じゃないかな。あの人そう言う事する人間だし」


 申し訳なさそうな顔でそう言う司書の言葉にダニエルが補足を入れる。
 どうしようかな、と考えた少女はそうだ!と手を打つ。


 「図書室の利用を禁止されているのであって貸し出しが禁止されているので訳ではないですよね?本だけ借りていきます」
 「うーん、屁理屈だなぁ」
 「どのみち席は全部埋まってるみたいだしね」


 入り口から見える範囲でも全ての席は埋まっており、何なら膝の上に人を座らせている席も見受けられる。
 こんなにいっぱいなら仕方がない。
 何か言いたげな司書から本を受け取り、二人は図書室を後にした。

 教室だとゆっくり読めないから、と校舎の隅にある階段に腰掛けながら本を読んでいた少女は、ため息を吐きながら本を閉じる。

 「やっぱり、この世界中には怪談が存在しないんだね」
 「階段?今、君が腰かけているだろう」
 「うーん、同音異義語。怪談って言うのはこの世のどんな自然現象や科学でも説明出来ない摩訶不思議な超常現象の一種で、怖さや恐ろしさを体験できる物語の事だよ。例えば死んだはずの誰かを見たりとか、その誰かのせいで事故に巻き込まれたり恐ろしい目に合ったりするのを物語と言う形式で追体験する事ができる」
 「死んだはずの誰かを見るって事は死んでなかったんだろ」
 「君の受け答え的に考えてもやっぱり、そもそも幽霊と言う概念が存在していない様に見受けられるね」
 「ゆうれい?」
 「死者の魂が現世に未練や遺恨があり、現世に残り、生前の姿で可視化したモノと言えば伝わるかな?
 例えば、幼い子供を残して死んだ母親が心配のあまり死後も現れたりとか、非業の死を遂げた者が怨みを晴らすために現れたりとか、その理由は様々だけれども、共通して言えるのは彼らは既にその世界での生命活動を終えて肉体を失った存在であり、今際で残した想いだけが彼らを突き動かしていると言った点かな」
 「……その彼らに終わりはあるのかい?」
 「あるよ。大抵は今際の想いを昇華出来れば真実の意味でこの世界から解放される」
 「……」


 何かを考え込むダニエルを余所に少女は話が逸れちゃったよ、と怪談の説明に戻る。


 「まあ、とりあえず誰かの体験した恐ろしい事を追体験する為の物だと理解して貰えれば良いかな」
 「そんなもの追体験してどうするんだ?」
 「自分が経験しているみたいなドキドキ感を味わったり、恐怖で納涼する夏の風物詩って感じかな」
 「ふーん」
 「うん、今一つ伝わりきってないよね。これは実際に体験してみるのが早いか。ちょっと試してみよう」




 「……すると女はゆっくりと俯いていた顔を上げこう言った『お前だああああ!!!』「ギャアアアアアアア!!!!」


 飛び上がり、後ろへ下がるダニエルの様子に少女はゲラゲラと腹を抱えて笑った。


 「あーおもしろ、とっても良い反応ありがとう!」
 「お前、この、ふざけんなよ、本当に……!人いるし最悪……」
 「ん、ああ、本当だね」


 階下を横切った人影にダニエルが頬を赤くする。
 ちらっと視線を階下にやった少女はふーんと何やら意味ありげな顔で笑うのだった。





 「まったく!信じられないな!横暴にも程がある!」


 放課後、夕食を摂りに食堂に向かった所、利用を断られた少女は勝手に厨房内へと侵入して奪い取ってきたリンゴを齧りながらぷりぷりと怒り、そんな少女を「まあ、相手は王族だしね」とダニエルが宥める。


 「王族が言った事には誰も逆らえないし、意見も出来ないからね。例えば、お前の娘を差し出せと言われたら、大人しく差し出すしか無いんだよ。だからこそ皆、目を付けられない様に大人しくしているのさ。下手に目立てばそれだけ面倒を呼び寄せからね」
 「ん、てことはもしかして女生徒の殆どがあまり着飾らずに校則を守って制服を来たり、髪型を統一したりしているのは下手に目立たないため、とか?」


 日本の学校の様にきっちりしているなと思っていた事に対して出てきた疑惑にダニエルが首肯する。


 「そうだね。王妃や側室の地位を狙う人以外はわざと容姿をみすぼらしくしている人が大半じゃないかな。着飾るのは自宅や気の置けない友人同士の集まりの時だけとかが主流だね。
 それだって昔、友人の集まりだと着飾って行ったら実は王族に媚びを売るために人を集めた会だったって事があってそれ以来、余程親しくないと着飾らなくなってしまったし」
 「それって息苦しくないのかな?」
 「息苦しいに決まってるだろう。でも、そうしないと余計に苦労するから皆我慢しているんだよ」


 説明を聞いて浮かんだ疑問を少女はダニエルに質問する。


 「例えば、新しい商いや道具を考えたとして、それが良い物だったらその権利を王家が取り上げたりとかしている?」
 「良く分かったね、その通りだよ。研究に掛かった開発費用の補填はされるけど、それ以外の権利や利益は全て王家が得るようになっている。何年か王家が独占してから国にその情報を広める感じかな。
 常に最新の情報が全域に伝わるから余程の地方でなければ技術格差が産まれにくくなっているのは良い点だけれど、自領で何かを工夫しなくてもいずれは誰かが考えてくれるだろうって考えを根底に持っている者は多いし、向上心や独創性のある人はどんどんこの国から出て行ってしまう傾向にあるな」
 「誰も苦言を呈す事はしなかったの?」
 「しないね、そんな事をしたら国外追放待った無しだ。現に国王の末王子は国王に意見したからと追放処置を受けている」
 「意見したら追放だなんて、何故そんな傍若無人な王族に誰も反旗を翻さないんだ?」
 「簡単だよ、単純に王族が強いからさ」
 「ほー」
 「王家には王族だけに秘伝される魔力増幅の術式があるんだよ。そのお陰で王族は他の貴族よりも遥かに多くの魔力を保有していて王族一人で一個軍隊の殲滅すら余裕でできるんだ。団結しても力の差は歴然としていて歯向かう事なんて許されていないんだよ。御家断絶する位なら我慢するさ」
 「へえー。その術式は王宮に保管されているの?」
 「だと思けど、君、まさか忍び込もうだなんて考えてないよね?ただでさえルイ王子に目を付けられてるのにそんなことしたら、処刑一択だよ?」
 「あははは」
 「本当に駄目だからね?!!」


 と言う訳でやって来ました王宮内。


 ダニエル君には悪いけど、ああ言われて来ない訳が無いよね。
 行くな行くなは行けが少女の居た世界での伝統芸能だ。

 まあ、正しくはやって来たと言うには語弊がある。
 霊視と言う、視点だけ対象の場所へ飛ばす能力を使って王宮の中を探索しているので、これは不法侵入にはならないと、誰かに訊かれたら少女は胸を張ってそう答える。
 キョロキョロと周囲を見渡しながらそれっぽい所を覗いていく中で、少女は離宮のある場所の近くに井戸がある事に気が付いた。
 近くに寄って見ると井戸は既に枯れている様で、安全の為にか厳重に蓋がされていた。
 その井戸の横には萎びた花が一輪添えてある。


 『へぇ』


 面白い物を見たと少女は笑った。





 全校集会から数日後、王宮からの呼び出しを受けた少女は謁見室で両脇を完全武装した騎士に挟まれながら床に跪き、国王と対面する。
 両側の壁には見物客だろうかニヤニヤと見世物に対する様な目をした男女が並んでいる。
 王座からつまらない物を見る目で少女を見下ろしていた国王は脇に立っている生徒会長に話し掛ける。


 「ルイ、お前が言っていた生意気な女とはアレの事であっているのか?」
 「はい、間違いありません父上!アイツはこの俺を蹴飛ばしたのはおろか、会長席に相応しいのは自分だと宣ったのです!」
 「……ほう、そこな娘」
 「はい」
 「お前は他の者とは違う魔法を使うと聞いたが本当か?」
 「んー、魔法と言うよりも私が使うのは霊力なのですが、まあ、あながち間違ってはいないですね」
 「では、それを見せてみよ」


 そう言うが否か、国王は雷魔法を少女に向かって放つが、少女に届く前に霧散する。
 続く2発、3発目と全ての魔法を無効化させた少女は眉根を顰め、心底から不快そうな顔で国王に問う。


 「今のは私だけではなく、隣に居る人達にも当たる物でした。もし、防げなかったらどうしたんですか?」
 「ふん、死んだら死んだでそれまでの命だっただけだろう。それよりも本当にこちらの攻撃が効かないのだな、面白い。どう言う原理だ?」
 「えっと、それを説明するにはまず『幽霊』と言う概念を説明する所からなのですが……」


 少女はダニエルに語った様に『幽霊』や『怨霊』、『怪談』について話をし、それらに紐付く『霊力』の説明をその場にいる全員に聞こえる様に語っていく。


 「では、それらを理解し、その力を奮えるのはお前だけと言う事か?」
 「まあ、今のところそうなりますね」
 「そうか、ならば好都合だ。 光栄に思え、お前を私の側妃として迎えよう」
 「え、嫌だけど」


 反射的に断った少女に国王が青筋を立てる。


 「これは王命だ、断る事は許さん。もし断ると言うのであれば、そうだな、お前の故郷の村を焼き、お前の目の前で家族、友、お前の人生で関わってきた者達全てを殺す」
 「ふーん、子が子なら親も親か。やっぱり腐りきった人間性の持ち主なんだね、お陰で彼女を出す決心がついたよ」


 膝を払いながら立ち上がった少女はそう言うと、人差し指と中指だけを立てた手で空中に何かを書く。


 「おいで、『リーザレッタ』」


 その名を耳にした者達は得体の知れない悪寒の背筋を震わせる。
 壁際で見物していた男は震えを止める為に腕で己を身を抱えた時、ふと少女の後ろに古い井戸がある事に気が付いた。
 ここは部屋の中だ、そんな物がある筈がない。
 井戸から風が通る低い音が聞こえる、枯れ井戸なのか、そう思ったが不意にその音が風等ではなく、幾つもの人の呻き声が重なった音だと気付いた。
 気付いてしまった・・・・・・・・


 ゆらり 井戸の中から青白い手が現れる。

 ずるり 井戸の中から髪の長い女が這い出してくる。

 ひたり 井戸から出た女が裸足の足で降り立つ。

 びちゃり 彼女が歩く度に黒い物と苔の様な物が入り混じった足跡が床へと付いていく。


 青白い肌、色の抜けた金髪、ボロボロになった何百年も前の型のドレス。
 凡そ生きた人間とは一切思えないその風貌、唯一の救いは俯いたその表情が長い髪で隠れている事だろう。
 少女が語っていた先程の話を思い出す。
 『幽霊』だの『怨霊』だの、死んだ人間が生きている人間に恐怖を与える?馬鹿馬鹿しい、そんな風に鼻で笑っていた筈の事を今、強制的に理解させられている。
 この場にいる者達は、この世界の人間が経験した事の無い恐怖を感じ取っていた。
 狼狽する人々の中で少女はごく普通に、当たり前の様にその女の手を取り、エスコートを始める。


 「では、彼女の紹介といこうか。
 彼女は王家特効怨霊『リーザレッタ』
 遥か昔のとある国王に平民でありながら側妃として召し上げられてしまった彼女は、正妃や他の側妃からの苛烈な虐めを苦に井戸に身を投げて死んでしまう。
 結婚を控えていた恋人も居たのに拒否する事を許されず、無理やり体を暴かれた怨み、平民なぞ我らと同列に迎える訳が無いと憂さ晴らしの玩具としか考えなかった正妃達への怒り、使用人にすら味方はおらず、一人孤独に故郷から離れた王宮で過ごさなければならぬ辛み、その全てを抱えながら死んだ彼女は死後も王族への怨みを忘れず、彼女と同じ様に死んだ者達と融合し、悪霊から怨霊へと成った。
 彼女達の望みはただ一つ『王族を殺す事』彼女達の怒りの前ではどんな攻撃も通じない。彼女達の怨みの前ではどんな防御も通じない。お前達が他者から奪い、虐げてきた代償を払うと良い」


 行っておいで、と少女が王座へ向かって手を離した。


 この世界に落とされてから知ったのだけれども、どこの世界の存在であろうと命あるモノであれば死後に残留思念が残るし、危害を加えられて命を落としたのであれば加害者への憎悪を抱くのも共通している。
 命を奪う程では無くとも、妬みや恨み辛みを向けられていればそれは少女にとって格好の手駒となってくれる。
 攻撃魔法を詠唱する相手に恨みを持っているモノに力を貸し与え、取り憑かせ体内魔力の流れを乱させる、それだけでいとも容易く魔術師を制圧できたし魔力由来の力じゃないから防御魔法も意味がない。
 万人に好かれる存在なんていないし、光が強ければ闇も濃くなる様に人気者や権力者程、妬み嫉みも多くなるからやり易くなる。


 「『幽霊』と言う存在の力で不可視の現象を起こす。そうだなぁ、この世界風に私の力に名を付けるとすれば『霊術』と呼ぶのが相応しいかな」


 クスクスと笑みを溢しながら、少女は参加者に取り憑いている怨み辛みを持つモノ達に力を分け与えていく。


 「流石にやり過ぎなんじゃないかなぁ」



 少女の両脇にいた騎士達は誰よりも少女の近くに居たせいで『リーザレッタ』の霊障を諸に受けて已に発狂して周囲の人間達に斬り掛かっている。
 『リーザレッタ』は王家特効怨霊ではあるが、別に王家だけに悪影響が在るわけではない。
 特に効くのが王家と言うだけで、彼女は普通に怨霊なので他の人間達にとっても悪影響を及ぼす存在に変わりはないのだ。
 耐性が弱い者は見ただけで自分の手で自身の首を絞めて死ぬし、多少の耐性があろうと彼女の前では無意味なので何の脈略も無く、血反吐を吐いて死ぬ。

 ひきつった顔で謁見室の現状に苦言するダニエルに少女は「失礼だな」と頬を膨らませた。


 「今日の出来事を語る者が居なければ、『怪談』を広める事ができないじゃない。
 だから、完全に解放してしまうと殺やり過ぎてしまうから『リーザレッタ』が自由に動くのにちゃんと条件を付けたよ。
 それが、『彼女達の事を知ってから、 彼女達への心からの弔いを一度でもしたかどうか』
 彼女達の事を知っているのであれば、一度で良いの、一度でも良いから彼女達の苦しみや悲しみに思いを馳せていれば彼女達の怒りから外れる事ができるの。
 知らないなら知らないで別にそれは仕様がないからちゃんと霊障からは除外されるし、私も怨みを持つ他のモノ達に無暗に力を貸している訳じゃないもん。
 何人が残ってどんな結果になるか楽しみだね」
 「……そうだね」


 もう何も言うまいと全てを諦めた顔で言うダニエルに少女は「それで?」と問い掛ける。


 「こうして彼女達を見たダニエル君は思い出したの?」
 「何を?」
 「だって貴方、もう死んでるじゃない」


 少女が来るまで、この世界には『幽霊』と言う概念が存在しなかった。
 存在しないから仲間であってもお互いに認識する事すら出来ない。

 それではあまりにも寂しい。

 そう思った少女は、自身がその存在を知らしめその概念を作れば良いと考えた。
 そうすればこの世界の人々は夜の暗闇に、不意の風に、背後の枯れ尾花に幽霊を見る様になるだろう。
 そう考えていたからこそ、初めてダニエルが話し掛けて来た時、少女は驚いたのだ。
 この世界に来て、初めて死者から自主的に話し掛けてきたのだから。
 ここにいる幽霊達は少女が自分の事を見えると分かるとこぞって手伝おうとしてくれはするものの、問い掛けに答える事はなく、ただ身振り手振りを返す事しかしない。
 そんな中での自ら思考し、生きた人間の様に喋るダニエルの存在は少女にとって興味深く、だからこそ、少女は彼が傍に居るのを良しとした。
 彼がこの世界での布教活動に大いに役に立ってくれるだろうと直感したからだ。

 その考えは正しく検証され、スミス夫妻の元に居る仲間達はお互いに認識出来る様になり、交流が出来る様になっているし、幽霊の概念を説明会したダニエルは幽霊を視認出来る様になった。
 少女にしか見えない存在と交流していたら、元々浮いていた少女はそのせいでますます浮いてしまったけれど、彼女にとっては些末の事でしかなかった。
 少女の言葉に自分の存在がそうだと思い出したダニエルの姿が彼が今の存在になった時の姿へと変わっていく。


 「小綺麗に澄ましている姿よりも、そちらの姿の方が私は好ましいと思うよ」


 少女がそう伝えるとダニエルは照れながら右目をゾロリと吊り下げた。


 「君は僕達の為にこうして概念を広めてくれたけど、他にやりたい事は無かったのかいる?」
 「……本当はね、私は別に自分以外の存在はどうでも良いし、元の場所に戻れればそれで良かったの。でも、調べれば調べる程に還れない事が分かっちゃてさ」


 魔力増幅の術式は例えるなら、他の世界に無理矢理穴を空けてそこから落ちてくる概念を薪にして燃やす様な物。
 落として燃やす術式は在れども元の場所へ押し上げる術式は無く、学園には召還や送還の魔術を研究している者は居なかった。
 王宮で召還を生業にしている者を捕まえて出させた情報では、此方と彼方の時間の経過速度は大きく違っており、此方の一日は彼方の十日程に該当するのだと分かった。
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 少女は元の場所へ還れない。
 優しいあの子の元には還れないのだ。
 抑えていた怨みが怒りが混み上がっていき、少女の足元の影から淀みが滲み出てくる。


 『あぁ……帰りたい、還りたい、私を還して……あの子の傍に還して』


 優しいあの子の傍に居れば、いつかその温もりに包まれて幸せに成れると思って居たのに、それを奪われた。


 『許さない……私のあの子を返して』


 望郷は渇望へ、渇望は怒りへ、怒りは呪いとなり淀む。
 その淀みは広がり、触れた生者達を奈落へと引き摺り込んでいく。


 「ひ、ヒィィィ!」


 自分の父親である国王を囮にして『リーザレッタ』から隠れていた生徒会長の足にも淀みが触れ、コールタールの様な物で出来た触手が彼に絡み付き、容赦なく引き摺り込む。


 「助けて!誰か助けて!!」


 もがき、伸ばす手を取る者は無く、呆気なく生徒会長は淀みに沈んでいった。


 「こら!しっかりしろ!」
 「!」


 両頬に感じた衝撃に沈んでいた少女の意識が浮上する。
 ダニエルが少女の両頬を手で挟み、彼女の瞳を覗き込んでいる。
 彼の心配そうな顔に、少女は我を取り戻した。


 「ごめんごめん、ちょっとぼーとしてたよ」
 「色々漏れ出てたから気を付けた方が良い」
 「そうだね」


 あの子に出会った事で、あの子に取り憑く事で自分は救われたと思った。
 元の世界で、自分はあの子に出会う為に存在していたんだと思った。

 ではこの世界に引き摺り降ろされた私の意味とは?

 そう、考えた時に少女はこの世界で認知されていない者達に気が付いた。
 叫び、縋り付き、泣き叫んでも誰にも知覚されないソレらに、私しか気付けて居ないのであれば、ああ、これが私がこの世界へ落ちた意味なのだろう。

 気を取り直した少女が、私はやりたい事はやったし今まで傍で色々と教えてくれたお礼にダニエル君のやりたい事を手伝うよと伝えると彼は家族に会いたいと言った。
 あなた達のお陰で俺はこんな姿になりましたよと伝えたいのだと照れながら言う彼にそれは良い考えだねと少女は笑う。



 二人は進む、阿鼻叫喚、死屍累々の会場を気にもせず、鬼哭啾々きこくしゅうしゅうな仲間の声を背にして。
 二人の進んだ先がどんな地獄絵図に為るのかは、またの未来のお楽しみ。
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