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第1章
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しおりを挟む「な、なんなのだ、あれは」
思わずと言った風にライアンが言葉を漏らす。
森から現れたその姿を見た一行は息を飲んだ。
それは一見薄い黒い霧の様な物を体の周りに漂わせた人と同じ程大きな猫の様にも見えた。
だが、前足は人間の手によく似た物が四本、後ろ脚は鋭い爪の生えた獣の足があり、釣り針のような鋭利で返しの付いた節のある長い尾が二尾その後ろで揺れている。
全身は黒い体毛で覆われその中に襟巻の様に白い体毛が生えており、良く見るとそれらは全て人の指の様な物で出来ている様で、その一本一本が意志を持っているかの様に蠢いている
涎を垂らし、爛々と赤黒く輝く目はじっとライアン達を見つめている。
醜悪なその姿にリアムは手にした槍を握りなおした。
「ふぅん、まだ生まれたばっかりみたいだ。これなら全力で戦って気を抜かなければあんたらだけでも倒せる。 あんたら、やっぱり運が良いねぇ」
「コイツの弱点は普通の獣と同じなのか」
「いんや、その個体によるね。血は出るし怪我させられたら怒るけど、基本的にこいつらは痛みを感じない。弱点以外は無敵なんだよ。だから、頭を割られても平気なのもいるけど、尾を切られただけで死ぬのもいる」
「どうすれば分かる」
「勘」
リアムはチュリからの返答に脱力しそうになった。
「いや、本当に勘としか言いようが無いんだよ。攻撃している内に何となくここだ!って思うとこが出てくるからそこを狙う」
「……なるほど、わかった」
「今ので分かったのか!?」
チュリの説明に頷いたリアムにイーサンが驚いた。
じりじりと距離を詰めてくる魔狂いに一歩、リアムが踏み出すと好機と見た魔狂いが勢いよく飛びかかった。
その軌道上から身を屈ませながら横に移動し、軽い動作で槍を回転させて宙にいるその顔面を槍の柄で強かに打ち付けるとその反動で槍を逆回転させ、流れる様に下からその胴に槍を突き出す。
だが、リアムの全力の突きにも関わらず槍は浅くしか刺さらない。
そのまま魔狂いの勢いを利用して槍を引き抜き、背を向けている魔狂いに全力で再び突き出したがそれは尾で防がれた。
胴から薄っすらと血を垂らす魔狂いはリアムを容易い餌ではなく抵抗する餌と認識した。
襟巻の様に生えている指も感情に呼応する様にざわざわと動く。
「グガアァァァァ!!」
唸り声をあげ、リアムへと襲い掛かろうとしたその後ろ脚をイーサンとテオが狙う。
後ろからの攻撃に振り向こうとした魔狂いの目をリアムが槍で突こうとした時、その穂先を襟から伸びた指たちが掴んだ。
「なっ!」
動揺するリアムにニヤリと魔狂いが笑った様な気がした。
槍を掴んだままリアムへと噛み付こうとしたその首へと鋭い風切り音と共に三本の矢が深々と刺さった。
襟に生えている数本の指が地面へと落ちる。
矢の刺さる衝撃により魔狂いはリアムから僅かに引き離される。
その隙に後退するリアムを逃がすまいと返しのついたその尾をリアムへと勢いよく突き出した。
が、その尾はリアムへと刺さる前に飛んできた矢によって切断され、切断された尾は地面に落ち、蜥蜴の尻尾の様にのたうち回る。
忌々しそうに振り返ったその鼻先を寸分違わずに矢が突き刺さった。
「グオォォォォォ!!」
怒りの声をあげる魔狂いに更に矢が撃ち込まれるがそれは魔狂いの前脚とまだ残っている尾に打ち払われた。
狙いが完全に矢を放ったチュリへと変わった魔狂いは邪魔だとばかりに奪った槍から手を放すとカラリと地面に槍が落ち、その槍にカイルが投石をしてリアムへと弾き飛ばす。
「助かる」
「いえ」
チュリが魔狂いの片目を射抜いた。
「ギャアアア!!!!」
「アメリア!」
森へと響き渡る咆哮にチュリはアメリアへと合図を送り、それに反応したアメリアはチュリから借りたナイフをチュリが指定した地点へと投擲する。
ナイフは正確魔狂いの上、木に吊るされていた袋へと突き刺さり中に入っていた液体が魔狂いへとかかった。
その液体は魔狂いの身体に触れるや否やその体の黒い霧を吸収すると粘土のある物質へと変わり魔狂いの身動きを封じ込める。
これがチュリの作戦だ。
罠を仕掛け、その近くへと囮を配置し、罠の真下へと囮の動きと攻撃で誘導して罠を発動させるという単純だが確実な方法。
後はもう身動きの取れない魔狂いへの一方的な攻撃あるのみだ。
魔狂いと一定の距離を保ちながら連携して止めどなく攻撃を仕掛けていく。
小さな傷でも重なれば深く大きくなり、そこにチュリによる強力な攻撃が入る。
魔狂いは拘束を抜け出そうとするが、魔狂いに絡みついた液体はもがけばもがく程粘度を増してそれを阻止する。
そうこうしていると
「ここだ!」
リアムの槍が鋭い突きで魔狂いの前脚、四本ある内の一本を貫いた。
すると、それまで頭や胴から血を流しても堪えた様子も見せなかった魔狂いが一変し、凄まじい勢いで暴れ始めた。
その様子にそこが弱点だと悟った他の者たちも一斉に攻撃を始める。
「ギャアアアアアァァァァァ!!!」
チュリの放った矢が深々と刺さった時、魔狂いは断末魔の叫びをあげ、その場に倒れた。
魔狂いの体から黒い霧が霧散していくのを見たチュリが額の汗を拭い言った。
「お疲れ様、終わったよ」
その言葉に一斉に息を吐いた。
馬の傍から戻ってきたフェンリルの頭を撫ぜ、魔狂いの死体に近付いていったチュリがしゃがんで何かごそごそとしているのを横目にイーサンはリアムに言った。
「よくチュリのあの言葉で理解できたものだな」
「ああ、分かり易かったからな」
「分かりやすくはないだろう!?」
「そうか? チュリ殿は要するに攻撃している内にそいつが庇おうとする場所が分かるからそこを狙うって事を言っていただろう?」
「……いや、お前以外は分かるまいて」
「そうか?」
目の前で首を傾げるリアムにイーサンは呆れたため息を吐いた。
そうこうしていると魔狂いの傍で何かしていたチュリが死体から引き抜いたのであろう矢と石を手に戻ってきた。
「魔石はどうするんだい? 持ってくかい?」
「……魔石!?」
声を張り上げたイーサンに驚くチュリと彼の声に一斉にチュリを見る面々。
チュリの掌の上には赤子の拳大の大きさの黒い石が乗っている。
チュリに断ってそれを焚火の近くに持って行くと黒ではなく赤い石だと言う事が分かった。
イーサンによる点検が終わり、魔石を手渡されたライアンはそれをマジマジと見つめている。
そんな彼らの様子にチュリは首を傾げた。
「そんなに珍しい物なのかい?」
「当たり前じゃないか!魔石はどの鉱山からも採掘されない正体不明の鉱物と言われているのだぞ!? 偶にオークションに出される事があれども出所は不明。豊富な魔力を内包しており、古の魔法道具を動かすには不可欠な物だ。」
「定期的に交換せにゃ動かないらしいね」
「その通り。古の魔法道具は国の防衛などでも使われている。だからどの国も魔石の採掘場所を特定するのに必死なのだが、オークション出品者の情報は守秘義務により保護されている。過去に国の圧力を使い無理に聞き出した者もいたがそう言った所では二度と魔石が卸される事はなくなったと聞く」
「ほうほう」
「魔石は魔の森で採れるのかい?」
「偶にね」
「魔獣を倒せば出てくるのかい?」
「いんや、出てこないよ。魔石は魔狂いからしか取れないのさ。この魔狂いは生まれたばかりだからこの大きさだけど、もっと長い時間を過ごした魔狂いの魔石はその時間に比例して大きくなるよ」
「なるほど、魔狂いを倒せば……」
「普通はもっと森の深部にいるんだけどねぇ。……人間の気配につられたか?」
「……チュリ、君が魔石をオークションに卸しているのかい?」
魔狂いが出てきた理由を考え込むチュリにイーサンが鋭い目で詰問する。
その場にいる全員の視線がチュリに集まるが、チュリは全く意に介さずそれを笑い飛ばした。
「あっはははは! まさか! あたしにはお貴族様のオークションに出す伝手なんかないよ! 魔石だってこの近くの村じゃ金なんてないから換金できないしねぇ。持ってても邪魔にしかならないからいつもその辺に捨ててるよ。 多分誰かが拾って出しているんじゃないかい?」
「捨てっ……!? 今度から魔石を得たら捨てずにとっておいてくれまいか。必ずそれを買いに行くから」
「お、おう。考えとくよ」
ガシッとチュリの両肩を掴んだイーサンがチュリに念を押す。
それに引き気味な顔をしながらチュリは頷いた。
イーサンのあんな必死な顔など初めて見たな。
魔の森は本当に様々な驚きを与えてくれる。
魔石を掌の上で転がしながら二人の様子に、改めて魔の森の規格外を感じたライアンはしみじみと頷いた。
そのままチュリを捕まえて商談を始めるイーサンとそれを呆れた顔で見ているリアム。
仮眠の支度を始めるカイルとアメリア。
完全に目が覚めたからとそのまま見張りにつくテオ。
森の端からゆっくりと空が白み始めていた。
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