刑事×怪盗の秘密

カルキ酸

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逃走する怪盗はトイレに行きたい

香坂刑事の自覚

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 香坂刑事は、スマートフォンでニュースをチェックする。
 どの会社のトップニュースも「怪盗ナイトウォーカー逮捕」で持ちきりだった。テレビの朝の情報番組でも、区切りの良い時間になると何度も「怪盗ナイトウォーカーが逮捕されました」とアナウンサーが話していた。

 幸いなことに、彼が捕まった場所や、盗まれた宝石についての情報は伝えられても、捕まる際におもらしをしたことは伝えられていなかった。
 バラされなくて良かったな、怪盗。と香坂刑事は思う。

「もー。ナイトウォーカーは捕まって良かったけど、掃除させられた身にもなれって」
 隣のデスクで、安田巡査がうつ伏せのまま呟く。
「今朝は、何人も俺に対して『お掃除、お疲れ様』って冷やかしてくるんスよ」
 安田巡査は、香坂刑事を半目で見る。

「言わせておけ。そのうち皆、忘れるさ」
 香坂刑事は、スマートフォンを胸ポケットに入れ、席を立つ。

「奴の、おしっこを拭いたっていう記憶は俺の中に残り続けるんスよ!」
 安田巡査は、金切り声を出す。隣にいたひいらぎ巡査はゲラゲラと笑った。




 香坂刑事は、怪盗の収容されている留置所に向かった。見張りをしていた警官が敬礼をし、刑事を室内に通す。
 鉄格子越しに、2人きりになる。檻の中では、作業服に着替えさせられた怪盗が、体育座りして、顔を伏せていた。

「災難だったな」
 香坂刑事が声をかけると、怪盗は、少し顔を上げ、横目で刑事を見る。

「えぇ。もう全てがどうでもいい気分です」
 怪盗の目に生気はない。よく見ると、目の周りが赤く腫れている。羞恥心と不甲斐なさのあまり、一晩中泣いていたのだろう。

「窃盗犯を逮捕できたのは嬉しいが、寂しくもあるよ」
 香坂刑事は、鉄格子をそっと掴む。
「もう、会えないんだな」

 必然的に怪盗との秘密の関係が終わることに、香坂刑事は切なさを覚える。
 身体だけの関係だと割り切っていたつもりでも、いつの間にか情が移っていたらしい。

「なぁに、またすぐ会えますよ」
 怪盗は、見上げながら、笑う。

「逃げられるとでも思っているのか」
 刑事は冷たく言う。

「心配しなくとも、香坂刑事の非番の日に脱獄してあげますよ」
 怪盗は、手前に両手を組んで伸びをする。

「・・・そりゃ、どうも」
 複雑な気持ちになりながら、刑事は言った。




 それから数ヶ月、香坂刑事は怪盗を待っていた。
 刑事として、犯罪者の脱獄を願うなど言語道断だが、どうしても思ってしまう。
 非番の日、玄関を見るたびに、ひょっこり彼がドアを開けて入って来そうに思えて、胸が締め付けられる。
 
「そんなわけ、ないのになぁ」

 自嘲して、ソファから腰をあげる。



 キィ・・・

 ドアが開いた音がして、振り向く。目頭が熱くなって、はらりと涙が頬を伝う。

「そんなに私に会いたかったですか?」
 玄関の壁に手をつきながら、彼は笑った。
 すぐに近寄って、強く抱きしめる。

「ただいま刑事」
 怪盗は、刑事の背に手を回す。
「・・・あぁ」
 刑事は、ようやく自分が怪盗を愛していたことに気付いた。この気持ちばかりは、どうしようもない。


 テレビのニュース速報に「怪盗ナイトウォーカー脱獄」のテロップが流れた。
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