【完結済】アイテムボックスからドロップされた俺が魔王様と幸せになるまで。

第2話: 私に交渉する変な生き物（魔王様視点）

　目の前の不思議な生き物が皿の上に座り、俺に視線を向けている。青い瞳は澄んでいて、どこか妙な落ち着きすら感じさせる。が、それにしてもこの状況がどうにも理解できない。

「お前たち、これは一体何だ？」

　俺が問いかけると、厨房にいた獣人の一人が、緊張した様子で答えた。

「魔王様、これはアイテムボックスから取り出した生き物で…どうやって食べるか分からず、まず皿に乗せてみました…！」

「ふむ、アイテムボックスが自らの意思で取り出したというのか？」

　俺はさらに問い詰めた。アイテムボックスが「食材」でないものを出したのは初めてのことで、こんな変わった生き物が現れるとは予想外だった。

　見た目も服装もどこか異質だ。何を考えているのかもまるで分からない。

　そのとき、皿の上の生き物が俺の方に向かって口を開いた。

「あの…俺、ここに来た理由がよくわからないんですけど」

　喋った…？俺は一瞬耳を疑った。まさか、言葉を話すとは。
　アイテムボックスから取り出されたのだから、道具や動物の一種だと思っていたが、話ができるとなれば。
　俺は一歩彼に近づき、目を細めて観察した。

「お前、何者だ？この世界に、どうして現れた？」

「何者か？あー、えっと…俺は、普通の高校生の人間です。今種族的なの聞いたんですよね？獣人の人たちも不思議な対応だったし、ここってもしかして人間がいないんですか？」

「にんげん、だと？」

　俺は眉をひそめた。人間など、この世界には存在しない。
　過去に滅びたという記録はあるが、伝承上の話だ。それがどうして今ここにいるのか、到底理解できない。

「人間だと言うならば、お前は何を求めてこの地に来た？」

「だから俺、ここに来たくて来たわけじゃないんですよ！気づいたら、このテーブルの上に乗ってて…！」

　俺はさらに困惑しながらも、視線を逸らさずに彼を見つめた。テーブルの上に突然現れた謎の生き物…いや、人間という存在。

　異次元アイテムボックスが何かの間違いでこいつを呼び出したのだろうか？

　いや、そもそも間違いで「人間」が出てくることなどあり得るのか。


「よくわからんな…だが、俺の城にいる以上は、勝手な行動は許さない」

　念のため釘を刺しておく。正体も目的も不明なまま放置するには危険すぎる。
　俺がそう言い終えた瞬間、目の前の人間がむっとした表情を浮かべ、胸を張って口を開いた。

「いやいや、俺だってこんなところで勝手なことする気はないですけど！そもそも、どうして俺がこんなところに…」

　どうやら勝手に喋り出す生き物らしい。俺が口を挟む隙もない。いちいち口答えしてくるこの態度に、少々苛立ちを覚えながらも、彼の話を聞くことにする。

「俺の名前は中村陽太。陽太って呼んでください。で、俺、日本から来たんですけど、あなたは誰ですか？ここで何をしているんです？」

　まさか名乗ってくるとは思わなかったが、俺は少しの間を置いて冷ややかに返事をした。

「俺の名はダルク・ファルシアス。この魔王城の主であり、この世界を統べる者だ」

「やっぱり…魔王様、なんですね」

　陽太と名乗る人間は一瞬表情をこわばらせたが、すぐに納得したように小さく頷いている。

　異次元アイテムボックスがなぜこんなものを引き出したのか理解に苦しむが、ここにいる以上は仕方ない。
　だが、彼を見ていると、なぜか少し微笑ましさを感じてしまう。

「そうだ。俺がこの城の魔王であり、お前にとっては支配者だ。ここにいる以上、俺の命令に従え」

「支配者って…そんな権力持たれても、俺にはよくわからないし…」

　困惑しながらも、陽太は一歩も引かない態度を見せている。まるで俺がただの「話の通じる上司」か何かであるかのような態度だ。
　普通の魔族であれば俺の威圧感に怯むものだが、この人間にはそんな気配は一切ない。
　それどころか、時折反抗的な表情まで浮かべている始末だ。

「まあいい。お前が本当に危険な存在でないと証明できるなら、当面は保護してやろう。だが、無駄な動きは許さない。俺の監視下において、しばらく行動を制限する」

「…えっ、俺ここに住むんですか？」

「当然だ。この世界に突然現れた存在が野放しになれば、問題が生じるのは火を見るより明らかだからな」

　陽太はあからさまに顔をしかめたが、俺は意に介さずに言い放った。
　いかなる存在であろうと、この城の規律には従わせる。
　だが、陽太は一瞬口ごもると、少しだけ眉を下げて苦笑した。

「まあ…ここが安全なら、ひとまずそれでいいですけど」

　陽太のその表情を見た瞬間、なぜか俺の心に微妙な感情がよぎった。今まで抱いたことのない、説明し難い感覚。
　目の前の陽太という存在は、まるで光のように鮮やかで、俺が今まで知っているどの生物とも違っている。

　なんだ、この気持ちは…

　初めて見る人間という存在が俺の中に奇妙な興味を芽生えさせるのを感じつつ、俺は陽太に視線を向けたまま、少しだけ唇を引き締めた。

「いいか、陽太。ここにいる限り、俺の目が届く範囲から出るな。それができないなら、この城から出ていくことも許さない」

「はいはい、わかりました。でも、なんでそこまで警戒するんです？俺、そんな危険なことしませんから」

　陽太のその軽い口調に、俺は少しだけ苛立ちを覚えた。

　彼の自由すぎる態度が、どうにも俺の落ち着きを奪っていくようで、理解に苦しむ。
　ここで深入りするのは無意味だと判断し、俺は無言で立ち去ろうとする。

「じゃあ、しばらくよろしくお願いしますね、ダルクさん」

　俺の名前をあっさり呼ぶその姿に、思わず足を止める。
　
　だが振り返らず、言葉を飲み込むようにその場を後にした。