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4話
しおりを挟むエリオットの家に勝手に住み着いてから数日が過ぎた。
エリオットは、仕事を終え家に戻っても疲れを見せず、病床に伏せた女性──たぶん彼の母親を献身的に世話していた。
彼は母親のそばに静かに座り、そっとその手を握りしめると、まるで何かを祈るように静かに語りかけている。
彼の姿にはどこか切なさが漂っていて、彼がどれほど母親を大切に思っているかが伝わってきた。
僕はエリオットの邪魔をしないよう、部屋の隅から静かにその様子を見守っていた。
彼の母親が安らかな表情を浮かべると、エリオットもほっとしたように微笑んでいる。
でも、その笑顔の奥には、ふとした瞬間に深い悲しみが潜んでいるようにも見えた。
ある日、エリオットが部屋を離れた隙に、僕は再び母親のそばに寄ってみた。
彼女の周りには相変わらず薄暗いもやが漂っていて、もやの中心部っぽい心臓付近から不穏な気配を放っている。
それはまるで彼女を覆い尽くすかのようで、どこか苦しそうな雰囲気を醸し出していた。
「……ここが、エリオットの大切な人を苦しめている原因なのかもしれない……」
僕には確かなことはわからないけれど、そう感じずにはいられなかった。
このもやを取り払うことで、彼女が少しでも楽になれるのだとしたら、どうにかして助けたい……。
エリオットが僕を救ってくれたように、僕も彼の大切な人のために何か役に立ちたいという気持ちが自然と湧き上がってきた。
僕はそっと手を伸ばし、もやに触れた。指先がもやに触れると、わずかに薄れたように見える。そのとたん、じわりと体が重くなっていくのを感じた。
まるで何かが僕の体に吸い込まれていくかのような感覚で、思わず息を呑む。
それでも、少しでも彼女の負担を軽くしたい一心で、僕はその動作を無意識のうちに繰り返していた。
もやを払おうとするたび、思考が鈍く体がだるくなっていくような感覚が続く。
けれども、彼女の顔色が少しずつ良くなっているように見えるたび、僕は嬉しくなった。
エリオットは最初僕を止めようとしていたが、何度もこっそり繰り返しているうちに何も言わずただ不安そうに見守ってくれるようになった。
働かなくなった頭で彼のために少しでも力になれたらという思いだけが僕を突き動かしていた。
毎日できるだけもやに触れる。もやに触れるたびに視界が少しずつ暗くなるけれど、彼女の苦しそうな表情が少なくなってきた気がする。それを励みに僕は夢中で手を伸ばし続けた。
ここ数日仕事が立て込んでいるのかエリオットはあまりこの部屋に顔を出さない。
彼が無理していないか少し心配だったけれど、この状況は彼女を早く治してあげたい僕には好都合でもあった。いつもだったらある程度で止められてしまうもや触れが心置きなくできるのだ。
早く元気になってほしくていつも以上に思いをこめて触れると、僕の周りがキラキラした気がした。その反動かさらにだるさで瞼が重くなる。
あともう少しできっとよくなる気がする。あともう少し。
数日ぶりにエリオットが部屋に入ってきて、驚いた表情で僕を見つめた。
彼はすぐに僕のそばに駆け寄り、心配そうな目で僕を見つめながら、必死に何かを伝えてくれている。でも、僕にはその言葉が理解できなかった。
エリオットは僕の肩をそっと支え、困惑と戸惑いが入り混じった表情で見つめてくる。もしかしたら、僕がこれ以上彼女のそばにいることを心配しているのかもしれない。
僕はもう少しでよくなるよと伝えたくてエリオットに笑顔を向けた。
エリオットの温かな手が、僕の頭を優しく撫でてくれる。その手から伝わる優しさが、僕の中で「どうしても助けたい」という気持ちを強くしていく。
もやを払うごとに体がどんどん重くなっていくのがわかるけれど、それでも彼女が楽になるなら、それでいいと思えた。
今日もエリオットの母親は最初の頃とはまるで違う穏やかな表情で眠りについている。もやが薄れたおかげか、彼女の顔色もだいぶ良くなったように見えた。
彼女の安らかな姿を見届けた瞬間、少し気が抜けたからか、どっと疲れが押し寄せ、全身がずしりと重くなった。
エリオットが僕をじっと見つめている。その目には、感謝とともに、どこか切なさが混じっているように感じた。
早くエリオットの憂いが晴れるといいな……その想いを抱えながら、僕は静かに目を閉じた。
数日後、エリオットの母親が時折目を覚ますようになった。
やっぱり言葉はわからなかったけれど、優しく語りかけてくれる声が心地よくて思わず目を閉じる。体のだるさが少し癒やされた気がした。
彼女は起きている時エリオットに似た優しい笑顔で僕を撫でてくれるようになった。
まだベットから出ることはできなそうだったけれど、エリオットと会話をできる喜びに満ちた表情はとても幸せそうだった。
エリオットから辛そうな表情は消え、僕に向けてくれる笑顔が前以上に素敵なものになった気がした。
僕は初めてこの場所が僕の居場所になったらいいなと思った。
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