上 下
5 / 10

4話

しおりを挟む

 エリオットの家に勝手に住み着いてから数日が過ぎた。
 エリオットは、仕事を終え家に戻っても疲れを見せず、病床に伏せた女性──たぶん彼の母親を献身的に世話していた。
 彼は母親のそばに静かに座り、そっとその手を握りしめると、まるで何かを祈るように静かに語りかけている。
 彼の姿にはどこか切なさが漂っていて、彼がどれほど母親を大切に思っているかが伝わってきた。

 僕はエリオットの邪魔をしないよう、部屋の隅から静かにその様子を見守っていた。
 彼の母親が安らかな表情を浮かべると、エリオットもほっとしたように微笑んでいる。
 でも、その笑顔の奥には、ふとした瞬間に深い悲しみが潜んでいるようにも見えた。

 ある日、エリオットが部屋を離れた隙に、僕は再び母親のそばに寄ってみた。
 彼女の周りには相変わらず薄暗いもやが漂っていて、もやの中心部っぽい心臓付近から不穏な気配を放っている。
 それはまるで彼女を覆い尽くすかのようで、どこか苦しそうな雰囲気を醸し出していた。

「……ここが、エリオットの大切な人を苦しめている原因なのかもしれない……」

 僕には確かなことはわからないけれど、そう感じずにはいられなかった。
 このもやを取り払うことで、彼女が少しでも楽になれるのだとしたら、どうにかして助けたい……。
 エリオットが僕を救ってくれたように、僕も彼の大切な人のために何か役に立ちたいという気持ちが自然と湧き上がってきた。

 僕はそっと手を伸ばし、もやに触れた。指先がもやに触れると、わずかに薄れたように見える。そのとたん、じわりと体が重くなっていくのを感じた。
 まるで何かが僕の体に吸い込まれていくかのような感覚で、思わず息を呑む。
 それでも、少しでも彼女の負担を軽くしたい一心で、僕はその動作を無意識のうちに繰り返していた。



 もやを払おうとするたび、思考が鈍く体がだるくなっていくような感覚が続く。
 けれども、彼女の顔色が少しずつ良くなっているように見えるたび、僕は嬉しくなった。
 エリオットは最初僕を止めようとしていたが、何度もこっそり繰り返しているうちに何も言わずただ不安そうに見守ってくれるようになった。
 働かなくなった頭で彼のために少しでも力になれたらという思いだけが僕を突き動かしていた。

 毎日できるだけもやに触れる。もやに触れるたびに視界が少しずつ暗くなるけれど、彼女の苦しそうな表情が少なくなってきた気がする。それを励みに僕は夢中で手を伸ばし続けた。

 ここ数日仕事が立て込んでいるのかエリオットはあまりこの部屋に顔を出さない。
 彼が無理していないか少し心配だったけれど、この状況は彼女を早く治してあげたい僕には好都合でもあった。いつもだったらある程度で止められてしまうもや触れが心置きなくできるのだ。
 早く元気になってほしくていつも以上に思いをこめて触れると、僕の周りがキラキラした気がした。その反動かさらにだるさで瞼が重くなる。
 あともう少しできっとよくなる気がする。あともう少し。

 数日ぶりにエリオットが部屋に入ってきて、驚いた表情で僕を見つめた。
 彼はすぐに僕のそばに駆け寄り、心配そうな目で僕を見つめながら、必死に何かを伝えてくれている。でも、僕にはその言葉が理解できなかった。

 エリオットは僕の肩をそっと支え、困惑と戸惑いが入り混じった表情で見つめてくる。もしかしたら、僕がこれ以上彼女のそばにいることを心配しているのかもしれない。
 僕はもう少しでよくなるよと伝えたくてエリオットに笑顔を向けた。



 エリオットの温かな手が、僕の頭を優しく撫でてくれる。その手から伝わる優しさが、僕の中で「どうしても助けたい」という気持ちを強くしていく。
 もやを払うごとに体がどんどん重くなっていくのがわかるけれど、それでも彼女が楽になるなら、それでいいと思えた。

 今日もエリオットの母親は最初の頃とはまるで違う穏やかな表情で眠りについている。もやが薄れたおかげか、彼女の顔色もだいぶ良くなったように見えた。
 彼女の安らかな姿を見届けた瞬間、少し気が抜けたからか、どっと疲れが押し寄せ、全身がずしりと重くなった。

 エリオットが僕をじっと見つめている。その目には、感謝とともに、どこか切なさが混じっているように感じた。
 早くエリオットの憂いが晴れるといいな……その想いを抱えながら、僕は静かに目を閉じた。



 数日後、エリオットの母親が時折目を覚ますようになった。
 やっぱり言葉はわからなかったけれど、優しく語りかけてくれる声が心地よくて思わず目を閉じる。体のだるさが少し癒やされた気がした。

 彼女は起きている時エリオットに似た優しい笑顔で僕を撫でてくれるようになった。
 まだベットから出ることはできなそうだったけれど、エリオットと会話をできる喜びに満ちた表情はとても幸せそうだった。
 エリオットから辛そうな表情は消え、僕に向けてくれる笑顔が前以上に素敵なものになった気がした。
 僕は初めてこの場所が僕の居場所になったらいいなと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

騎士団長を咥えたドラゴンを団長の息子は追いかける!!

ミクリ21
BL
騎士団長がドラゴンに咥えられて、連れ拐われた! そして、団長の息子がそれを追いかけたーーー!! 「父上返せーーー!!」

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

俺の妹は転生者〜勇者になりたくない俺が世界最強勇者になっていた。逆ハーレム(男×男)も出来ていた〜

七彩 陽
BL
 主人公オリヴァーの妹ノエルは五歳の時に前世の記憶を思い出す。  この世界はノエルの知り得る世界ではなかったが、ピンク髪で光魔法が使えるオリヴァーのことを、きっとこの世界の『主人公』だ。『勇者』になるべきだと主張した。  そして一番の問題はノエルがBL好きだということ。ノエルはオリヴァーと幼馴染(男)の関係を恋愛関係だと勘違い。勘違いは勘違いを生みノエルの頭の中はどんどんバラの世界に……。ノエルの餌食になった幼馴染や訳あり王子達をも巻き込みながらいざ、冒険の旅へと出発!     ノエルの絵は周囲に誤解を生むし、転生者ならではの知識……はあまり活かされないが、何故かノエルの言うことは全て現実に……。  友情から始まった恋。終始BLの危機が待ち受けているオリヴァー。はたしてその貞操は守られるのか!?  オリヴァーの冒険、そして逆ハーレムの行く末はいかに……異世界転生に巻き込まれた、コメディ&BL満載成り上がりファンタジーどうぞ宜しくお願いします。 ※初めの方は冒険メインなところが多いですが、第5章辺りからBL一気にきます。最後はBLてんこ盛りです※

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

俺がイケメン皇子に溺愛されるまでの物語 ~ただし勘違い中~

空兎
BL
大国の第一皇子と結婚する予定だった姉ちゃんが失踪したせいで俺が身代わりに嫁ぐ羽目になった。ええええっ、俺自国でハーレム作るつもりだったのに何でこんな目に!?しかもなんかよくわからんが皇子にめっちゃ嫌われているんですけど!?このままだと自国の存続が危なそうなので仕方なしにチートスキル使いながらラザール帝国で自分の有用性アピールして人間関係を築いているんだけどその度に皇子が不機嫌になります。なにこれめんどい。

処理中です...