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3話
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エリオットの看病のおかげで、前ほどとはいかないものの体力を取り戻した。
まだ少しふらつくものの、手足をゆっくりと動かしたり、彼が作ってくれた籠から出て短い時間なら森の中で歩いたりできるようになってきた。あの冷たい地面で衰弱していたときのことを思うと、信じられないほどの回復ぶりだ。
エリオットは、僕が動けるようになるたびに静かに微笑んでくれる。その微笑みがどれだけ僕を勇気づけてくれたことか。
言葉は通じなくても、エリオットの優しい視線からは気遣いと励ましが伝わってきて、それが僕の支えになっていた。
ある朝、エリオットがいつものように食事を運んでくれたとき、僕は少しでもお礼が言えたらと思い、かすれた声で「ありがとう」と言ってみた。
彼は不思議そうな表情で首を傾げていたが、なんとなく雰囲気を感じ取ってくれたらしく次の瞬間には柔らかな笑顔で頷いてくれた。
その反応に僕の胸は暖かくなり、もっと早く感謝を伝えるべきだったと改めて思った。
僕が彼の補助なしで歩けるようになると、エリオットは外出の準備を始めているのに気がついた。
まさか、僕をここに残して一人で出かけてしまうのだろうか?
胸がぎゅっと締めつけられるような不安が押し寄せる。
僕は彼に訴えかけるように必死に視線を送ったが、エリオットはただ静かにこちらを見つめ、小さく微笑んでみせただけだった。
何も言わずにそばを離れて行こうとする彼の背中を見つめていると、どうしようもない寂しさがこみ上げてくる。
――どうにかして、彼と一緒にいたい。
そう思った僕は、ふと視界の端にあったエリオットの荷物に目を留めた。
この中にそっと潜り込めば、気づかれずに連れて行ってもらえるかもしれない。
思いついたが早いか、僕は小さく丸まって、エリオットの荷物の中に忍び込んだ。
このまま見つからずに、一緒にエリオットの住む所へ連れて行ってもらえますように。
心の中でそう祈りながら、彼の荷物の中で息を潜めた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
荷物の中で身を縮めていると、やがて動きが止まり、エリオットがどこかに到着したらしいのがわかった。慎重に荷物の隙間から外をのぞいてみると、そこには見たことのない部屋が広がっていた。
埃っぽい空気の中、古びた家具が置かれていて、どこか物寂しげな雰囲気が漂っている。その中央には、ひとりの女性が横たわっていた。
彼女は痩せ細っていて、顔には疲れた表情が浮かんでいる。
エリオットは彼女のそばに跪き、そっとその手を握りしめている。
彼の表情は今までに見たことのないほど悲しみに満ちていて、彼女を見つめる目には深い哀しみが宿っていた。彼にとって、この女性がどれだけ大切な存在なのか、それだけは強く感じ取れた。
僕はただ静かにその様子を見守っていた。エリオットの悲しむ姿を見ていると、僕もなぜだか胸が締めつけられるような気がする。
彼がこんなに大切に思う人なら、僕も何とかして力になりたい……そんな気持ちが自然と湧き上がってきた。
彼が部屋を出て行ったので、そっと彼女に近づいてみる。
よくみると、彼女の周囲にうっすらと黒いもやのようなものが漂っているのが目に入った。
それはどこか不穏な気配を放っていて、まるで彼女を苦しめているかのように見える。
僕には確信はなかったけれど、このもやが彼女の体に負担をかけているのではないかと感じた。
どうにかして、このもやを取り払えないだろうか。
なぜだか理由はわからないけれど、僕は本能的に彼女が苦しんでいる原因が、このもやであるような気がしてならなかった。
気がつくと、僕は自然と手を伸ばし、黒いもやに触れようとしていた。
指先がもやに触れると、ほんの少しだけもやが薄れた気がする。
その瞬間、部屋のドアが開いてエリオットが入ってくる。
水の入った瓶とコップを手にしたエリオットがこちらに気づき、驚いた顔で僕を見つめた。彼の目には驚きと、どこか戸惑いが浮かんでいる。
でも僕は、その視線にもかまわず、彼女を楽にするためにもやを少しでも取り払おうと手を伸ばした。
エリオットの不安そうな視線を感じながら、彼の大切な人を助けたいという想いだけが、僕を突き動かしていた。
まだ少しふらつくものの、手足をゆっくりと動かしたり、彼が作ってくれた籠から出て短い時間なら森の中で歩いたりできるようになってきた。あの冷たい地面で衰弱していたときのことを思うと、信じられないほどの回復ぶりだ。
エリオットは、僕が動けるようになるたびに静かに微笑んでくれる。その微笑みがどれだけ僕を勇気づけてくれたことか。
言葉は通じなくても、エリオットの優しい視線からは気遣いと励ましが伝わってきて、それが僕の支えになっていた。
ある朝、エリオットがいつものように食事を運んでくれたとき、僕は少しでもお礼が言えたらと思い、かすれた声で「ありがとう」と言ってみた。
彼は不思議そうな表情で首を傾げていたが、なんとなく雰囲気を感じ取ってくれたらしく次の瞬間には柔らかな笑顔で頷いてくれた。
その反応に僕の胸は暖かくなり、もっと早く感謝を伝えるべきだったと改めて思った。
僕が彼の補助なしで歩けるようになると、エリオットは外出の準備を始めているのに気がついた。
まさか、僕をここに残して一人で出かけてしまうのだろうか?
胸がぎゅっと締めつけられるような不安が押し寄せる。
僕は彼に訴えかけるように必死に視線を送ったが、エリオットはただ静かにこちらを見つめ、小さく微笑んでみせただけだった。
何も言わずにそばを離れて行こうとする彼の背中を見つめていると、どうしようもない寂しさがこみ上げてくる。
――どうにかして、彼と一緒にいたい。
そう思った僕は、ふと視界の端にあったエリオットの荷物に目を留めた。
この中にそっと潜り込めば、気づかれずに連れて行ってもらえるかもしれない。
思いついたが早いか、僕は小さく丸まって、エリオットの荷物の中に忍び込んだ。
このまま見つからずに、一緒にエリオットの住む所へ連れて行ってもらえますように。
心の中でそう祈りながら、彼の荷物の中で息を潜めた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
荷物の中で身を縮めていると、やがて動きが止まり、エリオットがどこかに到着したらしいのがわかった。慎重に荷物の隙間から外をのぞいてみると、そこには見たことのない部屋が広がっていた。
埃っぽい空気の中、古びた家具が置かれていて、どこか物寂しげな雰囲気が漂っている。その中央には、ひとりの女性が横たわっていた。
彼女は痩せ細っていて、顔には疲れた表情が浮かんでいる。
エリオットは彼女のそばに跪き、そっとその手を握りしめている。
彼の表情は今までに見たことのないほど悲しみに満ちていて、彼女を見つめる目には深い哀しみが宿っていた。彼にとって、この女性がどれだけ大切な存在なのか、それだけは強く感じ取れた。
僕はただ静かにその様子を見守っていた。エリオットの悲しむ姿を見ていると、僕もなぜだか胸が締めつけられるような気がする。
彼がこんなに大切に思う人なら、僕も何とかして力になりたい……そんな気持ちが自然と湧き上がってきた。
彼が部屋を出て行ったので、そっと彼女に近づいてみる。
よくみると、彼女の周囲にうっすらと黒いもやのようなものが漂っているのが目に入った。
それはどこか不穏な気配を放っていて、まるで彼女を苦しめているかのように見える。
僕には確信はなかったけれど、このもやが彼女の体に負担をかけているのではないかと感じた。
どうにかして、このもやを取り払えないだろうか。
なぜだか理由はわからないけれど、僕は本能的に彼女が苦しんでいる原因が、このもやであるような気がしてならなかった。
気がつくと、僕は自然と手を伸ばし、黒いもやに触れようとしていた。
指先がもやに触れると、ほんの少しだけもやが薄れた気がする。
その瞬間、部屋のドアが開いてエリオットが入ってくる。
水の入った瓶とコップを手にしたエリオットがこちらに気づき、驚いた顔で僕を見つめた。彼の目には驚きと、どこか戸惑いが浮かんでいる。
でも僕は、その視線にもかまわず、彼女を楽にするためにもやを少しでも取り払おうと手を伸ばした。
エリオットの不安そうな視線を感じながら、彼の大切な人を助けたいという想いだけが、僕を突き動かしていた。
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