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僕、天川陽貴(あまかわはるき)は目覚めると知らない場所にいた。
 薄暗い室内。一瞬病院かと思ったが、それにしては何か違和感がある。
 情報を得ようと見回してみると部屋には家具らしきものは一切なく、唯一床に黄色いふもふしたカーペット?が敷いてあるようだった。
 部屋全体に花のような香りが漂っている。
 室内は薄暗いのに、ところどころぼんやりと光が浮かんでいた。電気ではなさそうな不思議な光だ。見つめているとなぜか落ち着く。
 幻想的な風景にこれは夢か?と思い、頬をつねってみると痛かった。どうやら現実らしい。
 ここは一体どこなんだろう……。

 周りを見回してヒントがないことを確認した僕は、今度は自分の体を見下ろしてみる。
 なんだかやけに白くて細くて、しかも透き通るような腕が目に入ってきた。
 ふわりとしたクリーム色の布を身にまとい、腰まで届く長い髪が視界にちらちらと入ってくる。これは明らかに日本人ではないだろう。というか、僕の体では絶対ない。
 いったいどうなってるんだ……?
 現実味のない状況によくわからない汗が出てくる。

 自分とは釣り合わないお人形のような綺麗な体を何度か試しに動かしてみるとやはり僕の意思通り動いていた。
 謎の部屋と謎の体。僕の身に一体何が起こっているのだろうか?
 誰かに相談したくても、周りには誰もいない。
 そして、この部屋にはドアも窓も存在しなかった。これは閉じ込められているのではなかろうか?

 不安になってきてもう一度周りを見回す。けれどここがどこなのかさっぱり見当がつかない。
 立ち上がって不思議な雰囲気の部屋の壁に近づく。触れてみると壁はなんだか柔らかく、まるで花びらのような質感だった。
 床のカーペット?も触ってみると特殊な触り心地で柔らかく、手に黄色い粉のようなものがつく。ちょっとベタベタするような、そう、花の花粉に似ている気がする。

 まさか花の蕾の中だとでもいうのだろうか。でも、だとしたら人間が入るほどの花なんて明らかに大きすぎる。
 この部屋は僕の借りている都内の安部屋と同じくらいのサイズ感がある。
 家具がないから広く感じるだけかも知れないけれど。
 答えの出ない疑問ばかり浮かんできて苦笑いしか出てこない。とにかく冷静に、現象を把握しないといけないのに。

 一通りいろいろ調べてみて何もできないことを悟り、することもなくなったので元いた場所に座り込む。
 もしかしてこれは俗にいう異世界転生というものなのではないだろうか?
 考え抜いた結果、もう何か不思議な力が働いているとしか思えない。説明がつかないのだ。
 よく物語に出てくる女神様とかがいる気配全くしないんだけど。
 もし異世界ならスキルとか使えたり……と期待してそっと手を前に出しポーズを取ってみる。

「ステータスオープン!」

 そんな予感はしていたが、何もおきなかった。ただ恥ずかしい。
 普通こういう時なんというか説明とかあるもんじゃないのか。チートはないにしても、チュートリアルとか。サポートキャラがいて説明してくれるとか。異世界転生ならそんな待遇があったっていいはずなのに。
 僕が起きたことにまだ気づいていないのかもしれない。
 花びらのような壁を叩いてアピールしてみる。

「起きました。あの、ここから出してもらえませんか?」

 少し待ってみたけれど、全く反応はない。
 時間が経つごとに不安が増えていく。諦められなくて何度も壁を叩いて叫んでみたが、やはり何の反応もなかった。
 壁に耳をあてると、遠くで虫の鳴き声や鳥の囀りが聞こえる。
 ここは自然に囲まれた所なのかもしれない。それだけはわかった。

 何もない部屋で無駄に体力を使うわけにもいかず、横になって目を閉じる。
 明日になったら、きっと誰かが気づいてくれる。そう祈って。

 そんな奇妙な生活が始まってから、何日かが過ぎていた。
 不思議なことに、僕の体は水分や食べ物をとらなくても衰弱することはなかった。
 ただ、この辺には僕以外の誰もいないみたいで、孤独感に苛まれる。
 どうにかして外に出て人と話したいと思う日々が続いた。

 ある日の夜、突然ものすごい嵐がやってきた。
 花びらみたいな壁が激しく揺れ始め、外からは強風と雷のような音が響いてくる。
 怖くて服の布にくるまって身を縮めていたんだけど、ふと見ると壁に隙間ができていた。
 嵐も止んだようで、月の光が差し込んでいる。
 もしかして、ここから外に出られる……?

 恐る恐る隙間から顔を出してみると、そこには広大な森が広がっていた。
 夜の森は不思議な雰囲気で、光る花やふわふわと漂う光の粒が舞っている。
 きっとこの森を出れば人間に会えるかもしれないという期待が、僕の足を外へと踏み出させた。

 幻想的な森を走り抜け、やっと森の外れっぽい所に近づいたときのこと。
 突然、目の前に大きな影が現れた。
 よく見ると、それは見上げるほど巨大な……人間だった。
 無精髭を生やしたちょっと怖そうなおじさん。腰に剣をさし、大きなリュックを背負っていてみるからに冒険者って感じだ。
 あまりの大きさにびっくりしたが、異世界ならこんなこともあるのだろうと無理矢理納得することにする。
 もう何でもいい。やっと話せる人がいたのだ。
 心臓が高鳴りながら「こんにちは!」と元気よく声をかけてみた。
 けれど、僕が小さすぎるせいかどうやら声は届いていないようだった。

 それでも「やっと人に会えたのだから」と、何とかして伝えようとおじさんに近づく。
 すると、その瞬間、巨大なおじさんが突然乱暴に僕を掴みあげた。

「え、ちょっと待って……!」

 まるで雑草でも引っこ抜くような雑な扱いにやっと様子がおかしいことに気がつく。
 おじさんは僕を値踏みするかのようにこちらをみている。不躾な視線に鳥肌が止まらない。
 同じ人間なのだから、いくらサイズが違おうともこんな扱いされるとは思わなかった。得体の知れない恐怖に体が震える。

 おじさんは無表情で僕を見つめると、突然、僕の背中から何かをむしり取った。
 ブチリと何かがちぎれる音と同時にとんでもない激痛が背中を襲った。
 まるで背中を切りつけられたような痛みに、ショックで気絶しそうだった。痛すぎて声も出ない。
 痛みと恐怖で硬直した僕を見て、おじさんは不気味に笑った。

 僕を掴んでいないもう片方の手に何か透明な板のようなものが乗っている。
 それをみた途端、謎の喪失感と絶望が僕を襲った。涙が溢れてくる。

「いやだ!離して!」

 必死に叫んで暴れておじさんを止めようとしたが、全く歯が立たない。
 板をポケットにしまったおじさんは今度は大きなハサミを取り出した。
 僕の長い金髪を掴み上げ強引に引っ張る。
 殺されてしまうのではないかという恐怖で、涙が頬を伝った。
 
 こんなことならあの部屋から出なければよかった。人に会いたいだなんて思わなければ。
 後悔ばかりが浮かんできて涙が止まらない。

「いやだ!誰か、誰か助けて!!」

 必死で叫ぶも誰もいるはずがなく、強引に掴み上げられた髪の毛がばっさり切り取られた。髪を切られただけで痛くはないはずなのに、体から力がごっそり抜けていく。
 
 目を開けていることもできなくなり抵抗などできないままされるがままになった。
 顔にビンを押し当てられ、体を叩かれる。
 生理的な涙がさらに流れ、それは何度も繰り返された。
 痛みで麻痺した体はもう何をされているのかもよくわからない。
 
 しばらくすると興味を失ったかのように僕の体は地面に投げ捨てられた。
 幻想的だった森とは違う、不気味な森に投げ出され、おじさんが遠ざかっていく気配を感じる。

「こんな最期で、死ぬのかな……」

 近くでオオカミの遠吠えのようなものが聞こえた。

 また何か近づいてくる気配がする。
 逃げる力など残っているわけがない。

(食べられるなら……これ以上痛くないといいな)
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