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17.隊長さん、体調を崩す
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「隊長さん」
俺は思い切って役職名を呼んだ。声が震えないようにするだけで、かなり努力を要する。
「――気安く俺を呼ぶおまえは何だ」
ラウビックが振り向いた。彼だけでなく、ビッシェも同様で、「何を言い出すんだ、何をするつもりなんだ」とでも問いたげに目を見開いている。
「ご無礼をお許しください。どこまでお聞き及びか存じ上げませんが、僕はこの度の騒ぎの端緒となった一人で、吉村と言います」
「おお、おまえが吉村か。聞いておるぞ。また変わったなりをしておる」
そういえば寝間着姿の上に、破けたままだった。が、今は気にしない。
「何でも、伝説の剣を持っていると聞いたぞ。見せてみよ」
「はい。ここに」
布に包まれた状態のエクスカリナーの剣を前に持ってきて、献上のポーズを取る。
「充分にお気を付けください。こちらの方々にはたいそう危険な代物のようですので」
「分かっておるわ」
口癖なのか、さっき聞いたばかりのフレーズが飛び出した。
「このラウビックに恐れる物なぞない。たとえ伝説の剣であってもな」
言い切り、柄の辺りに右手を伸ばしてきた。ラウビック隊長がいよいよ剣に触れたその瞬間を見計らい、俺は捧げ持つ手をほんの少しだけ引く。
すると、包んでいた布がはらりと解け、エクスカリナーの刀身が露わになった。
途端にラウビックは威勢を失い、「う」と短く呻いて、後じさった。だが、至近距離だったためか、剣の威光?は痛烈で、ラウビックは足をもつれさせ、尻餅をついてしまう。軽い地響きがした。
「あれ? 何で? 剣の力のせいで、布が早々に劣化してしまったのか」
「……えーいっ、何を呑気なことを……」
吐き気に襲われでもしたかのように、手で口を押さえるラウビック。それ以上喋るのが気持ち悪いという風に、四つん這いになってこちらには背を向けた。
「な何なんだそいつは。目を瞑っても気分が悪い。し、仕舞え、早く」
「はあ。しかし、適切な布が」
「鞘はないのか、鞘は。ビッシェよ、何とかしろ!」
「私にもどうすることも」
やや離れた位置にいたビッシェは、花畑の中に避難していた。
エリザはというと、チェスタートンが首根っこを掴まえる形で、彼自身の身体の後ろに持ってきて、可能な限り守っている。
よし、全て手筈通りに行ったみたいだ。
先程、チャールストンに耳打ちをして頼んだのは二点。
一つはエクスカリナーの剣を包む布を、薄皮を残すくらいのところで切ってもらう。指で触れたら布が取れるくらいに。それでいて切れ目が目立たぬようにという注文に、チャールストンは見事に応えてくれた。これいより、ラウビック隊長を大人しくさせようという魂胆は、見事にはまった。
ただ、強風が吹いていたら、計画は台無しになる恐れがあったので、結構無謀な策でもある。冷や汗ものだった。
チャールストンに頼んだ二点目は、言うまでもなく、エリザをエクスカリナーの剣から守ること。この場では彼にしか頼めない。ビッシェなら前もって伝えなくても逃げる術があるだろう。対してエリザは拘束されているため、まともに剣の威力を浴びかねない。それはいくら何でも気の毒だと思ったまで。
問題はラウビック隊長の怒りを買うことだったけれども、剣の威力は思った以上にあったし、彼自身の口から「恐れる物はない」という言質を取ったのだから、あとは自己責任というやつだ。うん、そういう理屈で押し切ろう。
そのラウビックは今、腰が抜け、膝の笑いが止まらなくなったみたいな状態に陥っていた。要するに、立てなくなっていた。一言も声を発さず、脂汗をひたひたと垂らしている。エクスカリナー、恐るべし。
結局、最初に出て来た二人の若い男が担架を持ってきて、ラウビック隊長を乗せ、救急車に運んでいった。二人は小柄な見た目と違って力持ちらしく、ひょい、ぽんといった調子でなかなか手際がよかった。
「何のつもり」
ビッシェが背後から俺に言った。言葉遣いも口調も、これまでになく起こっている。
「やあ、ごめんごめん。大丈夫だった?」
「……」
視線がきつい。目をそらし、言い訳のお喋りを続行。
「いやー、まさかあのタイミングで布が落ちるとは思いも寄らず。隊長さん、エルザをいたぶったから、彼女の身に着けていた布が怒ったのかも」
「……まったく、しょうがない異人さんですこと」
つんとして、横を向いたビッシェ。だけどその刹那、「よくやってくれました」と口が動いたようだった。
つづく
俺は思い切って役職名を呼んだ。声が震えないようにするだけで、かなり努力を要する。
「――気安く俺を呼ぶおまえは何だ」
ラウビックが振り向いた。彼だけでなく、ビッシェも同様で、「何を言い出すんだ、何をするつもりなんだ」とでも問いたげに目を見開いている。
「ご無礼をお許しください。どこまでお聞き及びか存じ上げませんが、僕はこの度の騒ぎの端緒となった一人で、吉村と言います」
「おお、おまえが吉村か。聞いておるぞ。また変わったなりをしておる」
そういえば寝間着姿の上に、破けたままだった。が、今は気にしない。
「何でも、伝説の剣を持っていると聞いたぞ。見せてみよ」
「はい。ここに」
布に包まれた状態のエクスカリナーの剣を前に持ってきて、献上のポーズを取る。
「充分にお気を付けください。こちらの方々にはたいそう危険な代物のようですので」
「分かっておるわ」
口癖なのか、さっき聞いたばかりのフレーズが飛び出した。
「このラウビックに恐れる物なぞない。たとえ伝説の剣であってもな」
言い切り、柄の辺りに右手を伸ばしてきた。ラウビック隊長がいよいよ剣に触れたその瞬間を見計らい、俺は捧げ持つ手をほんの少しだけ引く。
すると、包んでいた布がはらりと解け、エクスカリナーの刀身が露わになった。
途端にラウビックは威勢を失い、「う」と短く呻いて、後じさった。だが、至近距離だったためか、剣の威光?は痛烈で、ラウビックは足をもつれさせ、尻餅をついてしまう。軽い地響きがした。
「あれ? 何で? 剣の力のせいで、布が早々に劣化してしまったのか」
「……えーいっ、何を呑気なことを……」
吐き気に襲われでもしたかのように、手で口を押さえるラウビック。それ以上喋るのが気持ち悪いという風に、四つん這いになってこちらには背を向けた。
「な何なんだそいつは。目を瞑っても気分が悪い。し、仕舞え、早く」
「はあ。しかし、適切な布が」
「鞘はないのか、鞘は。ビッシェよ、何とかしろ!」
「私にもどうすることも」
やや離れた位置にいたビッシェは、花畑の中に避難していた。
エリザはというと、チェスタートンが首根っこを掴まえる形で、彼自身の身体の後ろに持ってきて、可能な限り守っている。
よし、全て手筈通りに行ったみたいだ。
先程、チャールストンに耳打ちをして頼んだのは二点。
一つはエクスカリナーの剣を包む布を、薄皮を残すくらいのところで切ってもらう。指で触れたら布が取れるくらいに。それでいて切れ目が目立たぬようにという注文に、チャールストンは見事に応えてくれた。これいより、ラウビック隊長を大人しくさせようという魂胆は、見事にはまった。
ただ、強風が吹いていたら、計画は台無しになる恐れがあったので、結構無謀な策でもある。冷や汗ものだった。
チャールストンに頼んだ二点目は、言うまでもなく、エリザをエクスカリナーの剣から守ること。この場では彼にしか頼めない。ビッシェなら前もって伝えなくても逃げる術があるだろう。対してエリザは拘束されているため、まともに剣の威力を浴びかねない。それはいくら何でも気の毒だと思ったまで。
問題はラウビック隊長の怒りを買うことだったけれども、剣の威力は思った以上にあったし、彼自身の口から「恐れる物はない」という言質を取ったのだから、あとは自己責任というやつだ。うん、そういう理屈で押し切ろう。
そのラウビックは今、腰が抜け、膝の笑いが止まらなくなったみたいな状態に陥っていた。要するに、立てなくなっていた。一言も声を発さず、脂汗をひたひたと垂らしている。エクスカリナー、恐るべし。
結局、最初に出て来た二人の若い男が担架を持ってきて、ラウビック隊長を乗せ、救急車に運んでいった。二人は小柄な見た目と違って力持ちらしく、ひょい、ぽんといった調子でなかなか手際がよかった。
「何のつもり」
ビッシェが背後から俺に言った。言葉遣いも口調も、これまでになく起こっている。
「やあ、ごめんごめん。大丈夫だった?」
「……」
視線がきつい。目をそらし、言い訳のお喋りを続行。
「いやー、まさかあのタイミングで布が落ちるとは思いも寄らず。隊長さん、エルザをいたぶったから、彼女の身に着けていた布が怒ったのかも」
「……まったく、しょうがない異人さんですこと」
つんとして、横を向いたビッシェ。だけどその刹那、「よくやってくれました」と口が動いたようだった。
つづく
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