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6.迎えは無効
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俺の質問に、ビッシェは意外そうに目を見開いた。
「え、え? 何かな」
「花を取るときに音が出るよう仕掛けがしてあるのは確かだけど、それが聞こえるの?」
「ビッシェさんの言う音との同じかどうか分かりませんが。ぎゃ、みたいな」
「それそれ、そういう音。普通、この世界に元からいる者にしか聞こえないんだけれど……何者?」
当初に比べて徐々に砕けた言い方になっていくビッシェ。それだけ俺に対して心を開いてくれてるかっていうと、そうでもないようだが。
「何か、こっちの世界に来た途端、視力がよくなりましたから、それと同じじゃないでしょうかね。聴力もアップしてるのかも」
「……異なる世界からこちらに来た者には、それまでになかった何らかの力が発現する場合があります」
また急に堅い調子に戻って、ビッシェは言った。チャールストンの方にも目を向ける。
「分かり易く言えば、魔法みたいなものです。仕組みは分かっていませんが、結構、確度は高い」
何と反応していいのか、困ってしまう。
視力が回復して普通レベルに戻ったのと、耳の聞こえがちょっとよくなったのが魔法って言われても、がっかりだ。
「マッシブ・チャールストンさん、あなたはどうですか? 変化を何か感じていませんか」
ビッシェの問い掛けに、路傍の小岩に腰を下ろしていたチャールストンは、大儀そうに顔を上げた。
「例えば手から稲妻が出るようになったとして、それを真っ正直に告白すると思うのかな、おぬしは?」
「……警戒する気持ちは理解できます。あなたにとっていざというときの切り札になるかもしれませんものね」
「大人しく連れて行かれるつもりは、変わっておらんよ。訳の分からん世界を当てもなく、確証もなく逃げ回るのはしんどい」
「手から出るのが食料だったらよかったでしょうね。稲妻なら、仮に出たとしても、その剣が使えなくなるでしょうから」
「なるほどな。そのときは剣先から雷撃を撃てるように練習するとしよう。――ところでまだか、迎えは」
チャールストンの指が、さっきから膝頭を叩いている。
確かに遅い。いや、どれくらいの時間で駆け付けるものなのかもちろん知らないけれども、花の叫び声を聞いてビッシェが飛んできたのなら、十分と経っていない地点から来たことになる。迎えとやらがビッシェ一人の身軽さにはスピードで劣るとしても、三倍も四倍も掛かるものなのだろうか。
ビッシェにも遅れている感覚はあるらしく、再び連絡を取る仕種を始めた。まさにそのときだった。
俺にはそれが、でっかい亀のように見えた。リクガメのフォルムを持つ車が、大きな道路を野を越え山声押して近付いてくる。距離が縮まるにつれ、甲羅に当たる部分がぐるぐる回っているようだと分かった。ふと、あんな横幅のある物体が、この花畑の間を縫うような細い道に入って来られるのかと、疑問が浮かぶ。
「……おかしいですね。必要があれば、浮いてこられるんですが。故障したのかもしれない」
ビッシェも訝しんではいるようだが、特段騒ぐほどのことでもないらしい。それにしても、あの車が宙に浮く? まるっきり怪獣映画だな。
「とりあえず、道路に出るとしましょう。さあ、きりきり歩いてください」
その単語選択は合っているのか間違っているのか、微妙な線だと思うぞ。内心、苦笑いをしながら、俺はビッシェに続いて歩き出した。最後尾がチャールストンだ。その彼が口を開いた。
「あー、ビッシェ殿」
「『殿』はやめてください。『さん』で充分です。でなければ、職名の飛衛士で」
「ではビッシェ飛衛士。あのような移動に便利な物があるのは驚きだが、ちと、速すぎやしないか」
「いえ、あれくらいが普通です」
「そうなのか……あそこの曲がり角、とても曲がれるとは思えないが」
チャールストンが腕を伸ばす気配を背中で感じる。俺にもどこを示そうとしているのかすぐに分かった。
緩やかとは言いづらいカーブが、ちょうど正面に見える。曲がり損なうと、花畑に一直線だろう。
「……言われてみれば」
つづく
「え、え? 何かな」
「花を取るときに音が出るよう仕掛けがしてあるのは確かだけど、それが聞こえるの?」
「ビッシェさんの言う音との同じかどうか分かりませんが。ぎゃ、みたいな」
「それそれ、そういう音。普通、この世界に元からいる者にしか聞こえないんだけれど……何者?」
当初に比べて徐々に砕けた言い方になっていくビッシェ。それだけ俺に対して心を開いてくれてるかっていうと、そうでもないようだが。
「何か、こっちの世界に来た途端、視力がよくなりましたから、それと同じじゃないでしょうかね。聴力もアップしてるのかも」
「……異なる世界からこちらに来た者には、それまでになかった何らかの力が発現する場合があります」
また急に堅い調子に戻って、ビッシェは言った。チャールストンの方にも目を向ける。
「分かり易く言えば、魔法みたいなものです。仕組みは分かっていませんが、結構、確度は高い」
何と反応していいのか、困ってしまう。
視力が回復して普通レベルに戻ったのと、耳の聞こえがちょっとよくなったのが魔法って言われても、がっかりだ。
「マッシブ・チャールストンさん、あなたはどうですか? 変化を何か感じていませんか」
ビッシェの問い掛けに、路傍の小岩に腰を下ろしていたチャールストンは、大儀そうに顔を上げた。
「例えば手から稲妻が出るようになったとして、それを真っ正直に告白すると思うのかな、おぬしは?」
「……警戒する気持ちは理解できます。あなたにとっていざというときの切り札になるかもしれませんものね」
「大人しく連れて行かれるつもりは、変わっておらんよ。訳の分からん世界を当てもなく、確証もなく逃げ回るのはしんどい」
「手から出るのが食料だったらよかったでしょうね。稲妻なら、仮に出たとしても、その剣が使えなくなるでしょうから」
「なるほどな。そのときは剣先から雷撃を撃てるように練習するとしよう。――ところでまだか、迎えは」
チャールストンの指が、さっきから膝頭を叩いている。
確かに遅い。いや、どれくらいの時間で駆け付けるものなのかもちろん知らないけれども、花の叫び声を聞いてビッシェが飛んできたのなら、十分と経っていない地点から来たことになる。迎えとやらがビッシェ一人の身軽さにはスピードで劣るとしても、三倍も四倍も掛かるものなのだろうか。
ビッシェにも遅れている感覚はあるらしく、再び連絡を取る仕種を始めた。まさにそのときだった。
俺にはそれが、でっかい亀のように見えた。リクガメのフォルムを持つ車が、大きな道路を野を越え山声押して近付いてくる。距離が縮まるにつれ、甲羅に当たる部分がぐるぐる回っているようだと分かった。ふと、あんな横幅のある物体が、この花畑の間を縫うような細い道に入って来られるのかと、疑問が浮かぶ。
「……おかしいですね。必要があれば、浮いてこられるんですが。故障したのかもしれない」
ビッシェも訝しんではいるようだが、特段騒ぐほどのことでもないらしい。それにしても、あの車が宙に浮く? まるっきり怪獣映画だな。
「とりあえず、道路に出るとしましょう。さあ、きりきり歩いてください」
その単語選択は合っているのか間違っているのか、微妙な線だと思うぞ。内心、苦笑いをしながら、俺はビッシェに続いて歩き出した。最後尾がチャールストンだ。その彼が口を開いた。
「あー、ビッシェ殿」
「『殿』はやめてください。『さん』で充分です。でなければ、職名の飛衛士で」
「ではビッシェ飛衛士。あのような移動に便利な物があるのは驚きだが、ちと、速すぎやしないか」
「いえ、あれくらいが普通です」
「そうなのか……あそこの曲がり角、とても曲がれるとは思えないが」
チャールストンが腕を伸ばす気配を背中で感じる。俺にもどこを示そうとしているのかすぐに分かった。
緩やかとは言いづらいカーブが、ちょうど正面に見える。曲がり損なうと、花畑に一直線だろう。
「……言われてみれば」
つづく
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