上 下
6 / 17

6.迎えは無効

しおりを挟む
 俺の質問に、ビッシェは意外そうに目を見開いた。
「え、え? 何かな」
「花を取るときに音が出るよう仕掛けがしてあるのは確かだけど、それが聞こえるの?」
「ビッシェさんの言う音との同じかどうか分かりませんが。ぎゃ、みたいな」
「それそれ、そういう音。普通、この世界に元からいる者にしか聞こえないんだけれど……何者?」
 当初に比べて徐々に砕けた言い方になっていくビッシェ。それだけ俺に対して心を開いてくれてるかっていうと、そうでもないようだが。
「何か、こっちの世界に来た途端、視力がよくなりましたから、それと同じじゃないでしょうかね。聴力もアップしてるのかも」
「……異なる世界からこちらに来た者には、それまでになかった何らかの力が発現する場合があります」
 また急に堅い調子に戻って、ビッシェは言った。チャールストンの方にも目を向ける。
「分かり易く言えば、魔法みたいなものです。仕組みは分かっていませんが、結構、確度は高い」
 何と反応していいのか、困ってしまう。
 視力が回復して普通レベルに戻ったのと、耳の聞こえがちょっとよくなったのが魔法って言われても、がっかりだ。
「マッシブ・チャールストンさん、あなたはどうですか? 変化を何か感じていませんか」
 ビッシェの問い掛けに、路傍の小岩に腰を下ろしていたチャールストンは、大儀そうに顔を上げた。
「例えば手から稲妻が出るようになったとして、それを真っ正直に告白すると思うのかな、おぬしは?」
「……警戒する気持ちは理解できます。あなたにとっていざというときの切り札になるかもしれませんものね」
「大人しく連れて行かれるつもりは、変わっておらんよ。訳の分からん世界を当てもなく、確証もなく逃げ回るのはしんどい」
「手から出るのが食料だったらよかったでしょうね。稲妻なら、仮に出たとしても、その剣が使えなくなるでしょうから」
「なるほどな。そのときは剣先から雷撃を撃てるように練習するとしよう。――ところでまだか、迎えは」
 チャールストンの指が、さっきから膝頭を叩いている。
 確かに遅い。いや、どれくらいの時間で駆け付けるものなのかもちろん知らないけれども、花の叫び声を聞いてビッシェが飛んできたのなら、十分と経っていない地点から来たことになる。迎えとやらがビッシェ一人の身軽さにはスピードで劣るとしても、三倍も四倍も掛かるものなのだろうか。
 ビッシェにも遅れている感覚はあるらしく、再び連絡を取る仕種を始めた。まさにそのときだった。
 俺にはそれが、でっかい亀のように見えた。リクガメのフォルムを持つ車が、大きな道路を野を越え山声押して近付いてくる。距離が縮まるにつれ、甲羅に当たる部分がぐるぐる回っているようだと分かった。ふと、あんな横幅のある物体が、この花畑の間を縫うような細い道に入って来られるのかと、疑問が浮かぶ。
「……おかしいですね。必要があれば、浮いてこられるんですが。故障したのかもしれない」
 ビッシェも訝しんではいるようだが、特段騒ぐほどのことでもないらしい。それにしても、あの車が宙に浮く? まるっきり怪獣映画だな。
「とりあえず、道路に出るとしましょう。さあ、きりきり歩いてください」
 その単語選択は合っているのか間違っているのか、微妙な線だと思うぞ。内心、苦笑いをしながら、俺はビッシェに続いて歩き出した。最後尾がチャールストンだ。その彼が口を開いた。
「あー、ビッシェ殿」
「『殿』はやめてください。『さん』で充分です。でなければ、職名の飛衛士ひえいしで」
「ではビッシェ飛衛士。あのような移動に便利な物があるのは驚きだが、ちと、速すぎやしないか」
「いえ、あれくらいが普通です」
「そうなのか……あそこの曲がり角、とても曲がれるとは思えないが」
 チャールストンが腕を伸ばす気配を背中で感じる。俺にもどこを示そうとしているのかすぐに分かった。
 緩やかとは言いづらいカーブが、ちょうど正面に見える。曲がり損なうと、花畑に一直線だろう。
「……言われてみれば」

 つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

ミガワレル

崎田毅駿
ミステリー
松坂進は父の要請を受け入れ、大学受験に失敗した双子の弟・正のために、代わりに受験することを約束する。このことは母・美沙子も知らない、三人だけの秘密であった。 受験当日の午後、美沙子は思い掛けない知らせに愕然となった。試験を終えた帰り道、正が車にはねられて亡くなったという。 後日、松坂は会社に警察の訪問を受ける。一体、何の用件で……不安に駆られる松坂が聞かされたのは、予想外の出来事だった。

ホシは誰だか知っている、が

崎田毅駿
ライト文芸
 京極はかつて大学で研究職を勤めていた。専門はいわゆる超能力。幸運な偶然により、北川という心を読める能力を持つ少年と知り合った京極は、研究と解明の躍進を期した。だがその矢先、北川少年ととても仲のいい少女が、鉄道を狙った有毒ガス散布テロに巻き込まれ、意識不明の長い眠りに就いてしまう。これにより研究はストップし、京極も職を辞する道を選んだ。  いくらかの年月を経て、またも偶然に再会した京極と北川。保険の調査員として職を得ていた京極は、ある案件で北川の力――超能力――を借りようと思い立つ。それは殺人の容疑を掛けられた友人を窮地から救うため、他の容疑者達の心を読むことで真犯人が誰なのかだけでも特定しようという狙いからだった。

つむいでつなぐ

崎田毅駿
ライト文芸
 物語はある病院の待合ロビーから始まる。言葉遊び的な話題でおしゃべりをしていた不知火と源に、後ろの席にいた子が話し掛けてきて……。

マスクなしでも会いましょう

崎田毅駿
キャラ文芸
お店をやっていると、様々なタイプのお客さんが来る。最近になってよく利用してくれるようになった男性は、見た目とは裏腹にうっかり屋さんなのか、短期間で二度も忘れ物をしていった。今度は眼鏡。その縁にはなぜか女性と思われる名前が刻まれていて。

劇場型彼女

崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。 杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。 つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜

撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。 そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!? どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか? それは生後半年の頃に遡る。 『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。 おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。 なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。 しかも若い。え? どうなってんだ? 体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!? 神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。 何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。 何故ならそこで、俺は殺されたからだ。 ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。 でも、それなら魔族の問題はどうするんだ? それも解決してやろうではないか! 小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。 今回は初めての0歳児スタートです。 小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。 今度こそ、殺されずに生き残れるのか!? とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。 今回も癒しをお届けできればと思います。

処理中です...