つむいでつなぐ

崎田毅駿

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1.怪我人いっぱい、死者も出た

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 平日の昼前だというのに病院の待合は意外と混雑していた。それまでは見知らぬ人と人との間は一つか二つ、空席を挟んでいられたのが、今では徐々に埋まり始めている。
「この間ね、親戚の集まりがあったんだけど」
 昔から仲のよい友達の関係にある源《みなもと》からそんな風に切り出され、不知火《しらぬい》は調べ物の手を止め、辞書を太ももの上で伏せた。何か自分にとって興味深い話をしてくれるのだという予感がある。
「まだ小さな、小学生低学年辺りの子が二人で会話してるのが聞こえて来て。何となく耳を傾けていたら『怪我人いっぱい、死者も出た』と言ってるのよ」
「穏やかではありませんね。大人がしていても剣呑なやり取りです」
「でしょう? 私もええっ?となっちゃって、その子達のいる場所に近付こうとにじり寄ったわ。あ、部屋は畳の間ね。大きな温泉旅館の大広間」
「了解しました」
「一体何の話をしているのかしらと意識を集中すると、時間が経つにつれておぼろげに分かってきた。片方の子がもう片方の子に、旅行したときの土産話というか自慢話というか、そういうのをしてるみたいなの」
「ふうん。そのような旅のお話で、怪我人だの死者だのはやはり不自然だと思いますが、旅先で事故の発生に第三者的に遭遇したということでしょうか」
「そう思うでしょ、不知火さんでも」
「はい」
「ところがよくよく聞いてみると、子供達の舌足らずな言い方プラス私の早とちりが原因の聞き間違いでした。さあ、何を聞き違えたんでしょうか、考えてみて」
「……手掛かりが少なすぎますね」
 不知火は一応首を傾げてみせてから、源の顔を見つめた。けど、同じようなシチュエーションは実はこれまでにも何度も経験している。源の方も簡単にはヒントを出してくれそうにない。両手で頬杖をつき、にやにやにこにこして見つめ返すばかりである。
「想像を逞しくすると、一つ、駄洒落が浮かんでいるのですが、そこからが全然進めません」
「どんな駄洒落? 言ってみて」
「そこだけ単独で言っても、意味が通じない……」
「いいから。ミステリには有名な聞き違いがあってね。『丸は三角』だっていうの」
 源は子供の頃から小説を書くのが好きかつ得意で、殊に推理小説には一家言持っているタイプである。
「『丸は三角』でしたら私も昔から承知しています。パズルや言葉遊びが発祥だと思っていましたけど、ミステリにもあるのですか」
「うん。まあ、ミステリとパズルは似ているところあるものね」
「念のために確認しますが、『丸は三角』というのは、『丸』という漢字の画数が三画だという意味で合っています?」
「合ってる。同じネタだね。私から横道に反らしておいてなんだけど、そんなことよりも思い浮かんだ駄洒落っていうのを聞かせてよ。恥ずかしがらずに」
「はい、まあ恥ずかしいわけではないのでかまいません。『死者も出た』は『シシャモ出た』と音が同じになるなと、ふと閃いただけです」

 つづく
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