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関わり合う三つの出来事

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 話す内に自信が揺らぎ、探り探り、説明を終えた結月。
(王子様が知らなくても、お付きの人が知らないはずない気もする。アレッサさん、優秀そうだからなおさら)
 そして結月の思った通り、アレッサは承知していた。
「その点ならもちろん分かっています。いくつかの方策があるので心配無用」
「た、たとえば?」
「我が国の国籍を取得し、日本国籍を放棄してもらう。これが一番分かり易い」
「はあ。分かり易くても、嫌がる人は多そう……」
「国籍をどうしても変えたくない場合は、実際には入籍しないという手もある。事実婚と呼ぶのでしたかな。ただし、もし仮に裁判沙汰になると簡単には割り切れないケースも出て来るようなので、おすすめはしない」
 異国にまで来て、正式な妻にはなれない……その仕打ちは、第二夫人が不憫な気がしたが、敢えて言葉にしてさざ波を立てるまでには至らない。それぞれの国によってそれぞれの事情があることを汲まなくては。
 ただ、この条件ではとてもじゃないけど姉は応じまい、と結月は思った。
(仮にアッシャー王子に好意を抱いたとしたって、第二夫人でいいなんて言う人じゃないよなあ。好奇心旺盛だから、外国の国籍になることには関心を持つかも。だけど、それにしたって日本の国籍を捨てるなんてのはあり得ないでしょ)
 腹違いとは言え付き合いの長い姉のキャラクターを思い起こしていると、そんな結論が導き出された。一度約束したことを翻すのはまったくもって本意ではないけれども、アッシャーと姉とを引き合わせる橋渡し役、降りたくなってきた。
「あの、今さらなんですが」
 ダメ元で持ち掛けてみる結月。
「はい、何か」
「さっきまでは気分が高揚して、先走ってしまいました。今のお話を聞いて、姉の性格を考えると、多分、第二夫人のお話を受けることはありません」
「え。それは……困ったな」
 アレッサが一瞬、目つきを険しくしたので結月は軽く身震いを覚えた。
 だけどそれは本当にほんの短い間だけで、すぐさま元通りになると、彼は王子へ身体ごと向き直った。
「話は理解できてますか?」
「ああ、無論」
「どうします? 正直な感想を申せば、この分だと婚姻話に応じる日本人女性はそうそういない気がしてきた」
「……日本人女性全般に言えるかどうかは知らぬが、確かに難しそうではある。リサーチ不足だぞ」
「それは王子がまず日本ありきで、行ってみたいと仰ったから。どこまで本気で婚約者を探すのかも計りかねましたしね」
「あの短期間でここまでしゃべれるようになった僕の語学的努力を見て、本気度が分からないんですか、先生は」
「では問いましょう。事前にリサーチを万全に進めていた場合、婚約者探しの地としては日本は下位にランクづけられるでしょうから、恐らくこうして来ること自体、かなわなかった。それでもよかったので?」
「……それは困る」
 やり込められ、俯いたアッシャー。口を尖らせ不満そうだ。けれども若いせいか、そもそもの性格故か、切り替えが早い。
「なに、国同士仲よくするのに、国民同士の結婚は必ずしも必須条件ではあるまい。トモダチから始めても、充分のはず。――であろう、結月さん?」
「はい? え、ええ、そうですね」
 いきなり話を振られて、声がうわずった結月だが、どうにか返答できた。王子とお付きの者のやり取りを目の当たりにするだけでも取材になるなあ、とメモを再開していたのだが、これでまた中断だ。
「だからあなたのお姉さんと会う機会は、やっぱり作ってください。結月さんのお姉さんというだけで気になるし、トモダチになりたい」
「――分かりました。喜んで」
 約束を破らずに済んだこともあって、自然と笑顔になる。
「ちなみに、私とアッシャーさん達も、もう友達ですか?」
「私はそう思っているが、改めて聞いてくるところをみると違うのかな? もちろん、安藤さんも含めて」
 異国の王子のこの返事に、結月も安藤も心からの笑顔になれた。
「いえ、違いません」

             *           *

 結月達とアッシャー達の間で、約束が結ばれたときから遡ることおよそ四時間。
 米国はニューヨークにある小さなレストランにて。
「しつこい!」
 吉井柚希は席を立ち、男を見下ろした。
 突然のことにそのアラブ系米国人の男は、見上げる姿勢のまま固まっている。
「な、なに?」
「嫌だって言ってるでしょうが。あなたの目は節穴じゃないにしても、耳の方は破れ障子のぼろぼろかい?」
「しょ、しょーじ?」
 このたとえは適切ではなかったかと心中、ちょっとだけ反省する吉井。だが、表面上は変わらない。
「元々、来る前に約束したはずだよね? お付き合いはお断りする、どうしてもと言うから一度だけ食事を同席して、それでおしまい、と」
「あれは誘うための方便で、来たからには、改めてアプローチするのは当然……」
「約束を破っといて、図々しいんだ。あなた、見た目がいいからって常に同じやり方が通用すると思ってる。ちょっとは下手したてに出ることも覚えれば、ましになるかもねっ」
 啖呵を切ったところで、店の人がすっと近寄ってきた。
「お客様」
 アラブ系男性を怒鳴りつける直前、声を掛けた店員だ。ちょうど他のお客がいなくなったのを見計らい、「これから一騒動起こすけれども五分間、我慢してちょうだいね」と断りを入れておいた。店員は女なのだが、吉井の目配せが聞いたのか、あっさりOKしてくれたのだが。
「え、何? もう五分経った?」
「まだ三分足らずです。でも、駐車場の方から音がして……きっと、新しくお客様が入って来られるので……」
「あ、そう。分かった。ごめんなさいね。切り上げるわ」
 詫びてから、吉井はすぐ近くの椅子に座り、肩をすぼめている女の子に触れた。
奈生子なおこちゃん、行きましょう」
「だ、大丈夫でしょうか」
 腰を上げつつも、不安げな視線をちらっと、アラブ系男性に向ける奈生子。
 吉井は、奈生子がアラブ系男性のお願いを聞いて一度だけディナーに付き合うという場に、護衛役として密かに着いて来たのだ。おかしなことになりそうだったらこうして口を挟むと決めていた。
「大丈夫よ。えっと、カリムさん、だっけ。あなたも紳士なら別れ際くらい、約束をきちんと守る。その方が格好いいわよ。でなきゃ、あなたのルーツに関わる恥になりかねない」
「う」
 短く呻き、黙り込むカリム。
 その様子を見届けた吉井は、奈生子の手を強めに引いた。
「これでいいわ。行きましょう」
「はい。あ、あのお代」
 財布を探る奈生子を見て、嘆息する吉井。
 払わなくていいんじゃない?と思ったが、声には出さなかった。奈生子には奈生子の流儀があるんだろうし、カリムとの約束ができていたのかもしれない。
 学生の奈生子とは取材旅行の途中でたまたま知り合って、こうして仲よくなったが、プライベートに口出しするラインはわきまえているつもりだ。
 そして、ふと、自分自身に置き換えてみる。次に男性と付き合うとしたら、アラブ系以外にしておこうかなと考えた。

             *           *

 同じく、今度は日時を進めることおよそ二日。
「王様?」
 シャンドリテ王国は朝食の時刻を迎えていた。
「いかがなさいましたか。顔色が優れないようですが……」
「何でもない。年甲斐もなく、一度に頬張りすぎた」
 現国王のライジー・サンドロームはそう言ったが、周りの者は誰もが心の内で、首を傾げる思いだったに違いない。まだ食事は始まったばかりで、王が言うほど食べていないことは明白。テーブルにはスープと野菜が並べられただけだ。王が話す度に動く豊かな口ひげも、今朝はいささか元気が足りないような。
 毒味役兼ボディガードのナシンは、持ち場をそっと離れた。食堂の出入り口まで行くと、すぐ外に立つ見張りの者に侍医を呼ぶよう、言い付けた。
「さて、どう言えば素直に診察を受けてくださるやら」
 ナシンが深い息をつき、独りごちる。算段を決めるべく思索に入ろうとしたそのとき、彼の背後、大テーブルのある方角からどしんという物音と、悲鳴がほぼ同時に届いた。
「王様!?」

(第一章終わり)※一旦〆ます。
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