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そもそもの話
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「返事が一向に聞こえなかったものですから」
澄まし顔のアレッサは、アッシャー王子に同じ台詞を繰り返した。それを聞いた王子は、にやっと微笑むと、大きな仕種で首を縦に振る。
「申し込むのは当然。ただし、恥を掻いた勢い、じゃない。ちゃんとした判断の下、選択した行動である」
「だといいんだが」
アレッサはぼそっと言うと、結月達に聞いてきた。
「この写真の方を呼ぶときも、同じ“ゆー先生”でいいのですか。そんな訳ないと思うのですが」
「ヨシ先生とかヨシさんと呼んでいますね。本名が吉井なので」
安藤が即答する。そこへ今度はアッシャーがやや被せ気味に尋ねた。
「海外取材はいつまでですか。あっ、日本に戻るのはいつと聞いた方が早いか」
安藤は携帯端末をいじって確認してから教えた。
「三日後。だけどその日と翌日は無理だから、少なくとも五日後になるかなあ」
「それくらいは承知しているし、平気だ。幸い、我らはまだ滞在中であるからぜひとも会わせてほしい」
「それはまあ、こちらも次回作の取材で話を伺ったわけだし、イメージの共有という意味でも、二人目の作者たるヨシ先生もあなた達と直に会っておくのはいいことだと思いますが……婚約云々の話となってくると、私は身内でも何でもない。最終的には家族の承諾に掛かってくるんじゃないですか、ね、ゆー先生?」
結月は「そうですね」と受けてから、安藤に代わってアッシャーに伝える。
「会う分には全然問題ないと思います。愉快な性格をしていますから、多分、話も合うんじゃないかしらん。ただ……先ほど私達で話しているのが聞こえたかもしれませんが、姉はお付き合いする男性に対して要求するハードルが高いんです。アッシャーさんは二枚目で王子様というスペックの持ち主なので、いきなり対象外ってことにはならないと思いますけどね」
「では一体何を危惧しておられる?」
アッシャーは気付かなかったようだが、さすがにアレッサは今の結月の話、ちょっと変だと感じ取ったか。“ただ”と接続詞を挟んだ割に、そのあとの内容がさほど問題になっていない。
「それがその、惚れっぽいところもありまして」
「惚れっぽい、結構じゃありませんか。異国の男性からいきなり結婚を申し込まれても戸惑いが先に立って受けたくても断る人が多いと容易に想像が付く。そこを軽々と飛び越えてくるくらい惚れっぽいのであれば、むしろ歓迎するキャラクターではないかと思いますね」
「いえ、懸念があります。姉はひょっとすると、アレッサさんの方に一直線になるかもしれないんですよ」
「何と?」
思っても見ない会話の成り行きに、アレッサも最前のアッシャーに似て、目を見開いていた。
アッシャーはというと、一瞬だけぽかんとして、あとはぷははと盛大に吹き出した。
「アレッサ。第三王子を差し置いて、先に婚約者を決めるか?」
「……別にアッシャー王子より先に婚約者がいてはならないという決まりはありません。年齢の順番でいれば、自分の方が早くても何ら不思議じゃない。――そんなことよりも、結月さん」
「はい」
「あなたのお姉さんが、私の方を好きになる可能性が、本当にあると思っている?」
「あると思います。何しろ最近の姉が好む異性のタイプは、王子のような細くて小柄な人よりも、アレッサさんのような芯の通ったがっしりした体格で、太い首と幅のある顎の持ち主がお気に入りのようでしたから」
それというのも、自分達の小説の中に登場させたあるキャラクターをいたく気に入ってしまったせい。以来、異性に対する好みが若干変化したのだ。尤も、これくらいの小さな変化は日常茶飯事であるのだが。
「ややこしい事態を招かぬよう、私は同席しない方がよさそうだ。それともマスクでも付けていれば事足りるだろうか」
俯き、ぶつぶつ言うアレッサ。早くも真剣に悩んでいる様子だ。
「とりあえず、連絡先の交換をしよう。アレッサ、専用のあれ、出して」
「あ、はいはい」
王子の言を受け、アレッサは懐から携帯端末を五つ、取り出した。テーブル上にずらっと並べ、指差し確認する要領で一つずつ見ていき、やがて真ん中の物を選び取る。多分、婚約者捜し専用のスマートフォンなのだろう。
「この旅で初めて使います。まさかアッシャー王子が本気で見初める人がいるとは思っていなかった」
「それも性別を間違えたのがきっかけ」
安藤が混ぜっ返す。結月は冷や冷やしたが、アッシャー王子は気にしていないようだ。
「何なら直にヨシ先生の番号を伝えて差し上げるのは……無理か」
「無理っていうか無茶でしょ、安藤さん。いくら何でも。それよりも、女性と見間違えられたことに驚いてつい失念していましたが、一夫多妻がどうも引っ掛かるんですよね」
「それは、ヨシ先生が嫌うっていう意味?」
「違います。いや、もちろんその心配もありますが、今私が言いたいのはもっと根本的な……」
話しながら携帯端末を操作する結月。ネット検索をして欲しい情報を見つけ出した。
「あ、あった。――やっぱり」
画面に表示された解説を一読し、それから安藤やアッシャー達にも見せる。
「あー、我々はあまり漢字が多いと理解するのに非常に時間を要するので、言葉で語ってくれると助かるのですが」
「そうでしたね。かいつまんで言うと、日本は重婚が認められておらず、また国際結婚はそれぞれの国の法律に従うもの。なので、アッシャーさんが日本人女性を第二夫人として迎えることは認められない、となると思うのですが」
澄まし顔のアレッサは、アッシャー王子に同じ台詞を繰り返した。それを聞いた王子は、にやっと微笑むと、大きな仕種で首を縦に振る。
「申し込むのは当然。ただし、恥を掻いた勢い、じゃない。ちゃんとした判断の下、選択した行動である」
「だといいんだが」
アレッサはぼそっと言うと、結月達に聞いてきた。
「この写真の方を呼ぶときも、同じ“ゆー先生”でいいのですか。そんな訳ないと思うのですが」
「ヨシ先生とかヨシさんと呼んでいますね。本名が吉井なので」
安藤が即答する。そこへ今度はアッシャーがやや被せ気味に尋ねた。
「海外取材はいつまでですか。あっ、日本に戻るのはいつと聞いた方が早いか」
安藤は携帯端末をいじって確認してから教えた。
「三日後。だけどその日と翌日は無理だから、少なくとも五日後になるかなあ」
「それくらいは承知しているし、平気だ。幸い、我らはまだ滞在中であるからぜひとも会わせてほしい」
「それはまあ、こちらも次回作の取材で話を伺ったわけだし、イメージの共有という意味でも、二人目の作者たるヨシ先生もあなた達と直に会っておくのはいいことだと思いますが……婚約云々の話となってくると、私は身内でも何でもない。最終的には家族の承諾に掛かってくるんじゃないですか、ね、ゆー先生?」
結月は「そうですね」と受けてから、安藤に代わってアッシャーに伝える。
「会う分には全然問題ないと思います。愉快な性格をしていますから、多分、話も合うんじゃないかしらん。ただ……先ほど私達で話しているのが聞こえたかもしれませんが、姉はお付き合いする男性に対して要求するハードルが高いんです。アッシャーさんは二枚目で王子様というスペックの持ち主なので、いきなり対象外ってことにはならないと思いますけどね」
「では一体何を危惧しておられる?」
アッシャーは気付かなかったようだが、さすがにアレッサは今の結月の話、ちょっと変だと感じ取ったか。“ただ”と接続詞を挟んだ割に、そのあとの内容がさほど問題になっていない。
「それがその、惚れっぽいところもありまして」
「惚れっぽい、結構じゃありませんか。異国の男性からいきなり結婚を申し込まれても戸惑いが先に立って受けたくても断る人が多いと容易に想像が付く。そこを軽々と飛び越えてくるくらい惚れっぽいのであれば、むしろ歓迎するキャラクターではないかと思いますね」
「いえ、懸念があります。姉はひょっとすると、アレッサさんの方に一直線になるかもしれないんですよ」
「何と?」
思っても見ない会話の成り行きに、アレッサも最前のアッシャーに似て、目を見開いていた。
アッシャーはというと、一瞬だけぽかんとして、あとはぷははと盛大に吹き出した。
「アレッサ。第三王子を差し置いて、先に婚約者を決めるか?」
「……別にアッシャー王子より先に婚約者がいてはならないという決まりはありません。年齢の順番でいれば、自分の方が早くても何ら不思議じゃない。――そんなことよりも、結月さん」
「はい」
「あなたのお姉さんが、私の方を好きになる可能性が、本当にあると思っている?」
「あると思います。何しろ最近の姉が好む異性のタイプは、王子のような細くて小柄な人よりも、アレッサさんのような芯の通ったがっしりした体格で、太い首と幅のある顎の持ち主がお気に入りのようでしたから」
それというのも、自分達の小説の中に登場させたあるキャラクターをいたく気に入ってしまったせい。以来、異性に対する好みが若干変化したのだ。尤も、これくらいの小さな変化は日常茶飯事であるのだが。
「ややこしい事態を招かぬよう、私は同席しない方がよさそうだ。それともマスクでも付けていれば事足りるだろうか」
俯き、ぶつぶつ言うアレッサ。早くも真剣に悩んでいる様子だ。
「とりあえず、連絡先の交換をしよう。アレッサ、専用のあれ、出して」
「あ、はいはい」
王子の言を受け、アレッサは懐から携帯端末を五つ、取り出した。テーブル上にずらっと並べ、指差し確認する要領で一つずつ見ていき、やがて真ん中の物を選び取る。多分、婚約者捜し専用のスマートフォンなのだろう。
「この旅で初めて使います。まさかアッシャー王子が本気で見初める人がいるとは思っていなかった」
「それも性別を間違えたのがきっかけ」
安藤が混ぜっ返す。結月は冷や冷やしたが、アッシャー王子は気にしていないようだ。
「何なら直にヨシ先生の番号を伝えて差し上げるのは……無理か」
「無理っていうか無茶でしょ、安藤さん。いくら何でも。それよりも、女性と見間違えられたことに驚いてつい失念していましたが、一夫多妻がどうも引っ掛かるんですよね」
「それは、ヨシ先生が嫌うっていう意味?」
「違います。いや、もちろんその心配もありますが、今私が言いたいのはもっと根本的な……」
話しながら携帯端末を操作する結月。ネット検索をして欲しい情報を見つけ出した。
「あ、あった。――やっぱり」
画面に表示された解説を一読し、それから安藤やアッシャー達にも見せる。
「あー、我々はあまり漢字が多いと理解するのに非常に時間を要するので、言葉で語ってくれると助かるのですが」
「そうでしたね。かいつまんで言うと、日本は重婚が認められておらず、また国際結婚はそれぞれの国の法律に従うもの。なので、アッシャーさんが日本人女性を第二夫人として迎えることは認められない、となると思うのですが」
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