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編集者、ちょいご乱心

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(まったく、分からない人だなー。他は基本的に問題ないのにどうしてそこのアクセント、イントネーションがおかしくなるのと問い質したい)
 そんな気持ちをぐっと抑える結月。
「何かおかしかったですか?」
 安藤の反応で不安を覚えたのだろう、アッシャーが結月達に問い、次いで目でアレッサに問うた。
「間違いとは言いづらいですが、『かってきままなたび』のところが多少、怪しいイントネーションになっていました」
 結月が教えると、アッシャーの鼻の辺りにほんのり朱が差す。それを隠したいかのようにアレッサに向き直り、外国語で二言三言、言葉を交わした。じきにまた向きを戻して、
「『勝手気ままな旅』、これでいい?」
 と言った。どうやら最前のアレッサとのやり取りでは、「おかしかった箇所、正確にはどう言えばよいのだ?」ってな感じの質問をしたものと思われる。
「合っています。その場で直そうとするなんて、頭が下がる思いです」
「頭が下がる……?」
 いけない、またまたアッシャーの知らない日本語表現をしてしまったようだ。これでは会話がなかなか進まない。
「とにかく、お店を出るとしませんか」
 安藤が提案し、アレッサが承知した。元々二人は、店を出るつもりで席を立ち、アッシャーが結月に声を掛けたという経緯のようだった。

 安藤と結月がアッシャー達に対して、話の続きをするのにコーヒーショップはどうですかと持ち掛けると、難しい顔をされた。表情を曇らせ、お互いに見合って、アレッサの方が顎先を小さく横に振った。はっきり言えば拒絶の態度である。
 そのアレッサが答えた。
「折角のご提案ですが、コーヒーはちょっと。私的な場で三大嗜好品を味わうのは月に一度だけと、戒律にあるのです」
「――それは失礼をしました」
 へー、面白い風習があるんだ等と思いつつも、真っ先に頭を下げた。知らないこととは言え、相手に決まり事を破らせるような提案をしたのは申し訳ない。
「いえ。月に一度だけなら飲めるのです。まだ今月はコーヒーを摂取していないですから。ただ、それを今適用するのは難しい……こちらこそ申し訳ない」
「お気遣いをどうも。あの、後学のためにお尋ねします。残る二つの嗜好品が何なのか……」
「コーヒーの他は、アルコール飲料と煙草です。未成年の間はアルコール飲料はそもそも禁じられているため、代わりにチョコレートが入ります。ただし、形骸化が顕著で、今は皆、気にせずに食べている」
 アレッサ自身その風潮をどう考えているのか、淡々と語るだけなので傍目には分からない。だけど隣のアッシャーは苦虫を噛み潰したような顔つきになっている。
(アッシャーさんは快くは思っていない雰囲気。でも、アレッサさんは大人だろうけど、アッシャーさんはまだ成人に達していない、なんて場合もありそう? そもそもこの人達の国の成人年齢っていくつなんだろ?)
 聞きたいことが次から次へと出て来る。再度の質問攻めに出ていいものか、結月が少し躊躇っていると、安藤が口を開く。
「立ち話も何だから、どこか落ち着いて話せる場所へ移動しましょう。食べ物や飲み物と関係ない場所でもいいんだ。お二人が行ってみたい場所というか施設、近くにあります?」
「ならば、カラオケ店に一度入ってみようと計画している」
 アッシャーの言葉で決まった。

 手近なカラオケボックスに入ったけれども、歌はお預けになった。
 成り行きではあったが、一応取材、つまりは仕事の一環になるので、きちんと自己紹介をし、名刺を渡すところから始める。
 日本語を話すのはだいぶ身に付いたが、読む方はまだそこまで達していないのでというアレッサ達に、何者であるのかを話して聞かせた。
「やはり、小説家さんでしたか」
 アレッサが得心したように首を縦に振る。
「え、やはりって?」
「先ほどのお茶漬け屋さんで会話しているのが聞こえましたからね」
 そうだった。耳がいいのだ、この人達。
「ゆづきゆずき……」
 アッシャーが眉間にしわを寄せ、顎に片手を当てて何やら考え込んでいる。
 名前を口にされた結月は「どうかしました?」と聞いてみた。
「この繰り返す名前、日本人は好むようだが、実際に繰り返しの名前を持つ日本人に会ったのは初めてだと思ったのです」
「あ、それは」
 ペンネームですと言おうとしたけれども、アッシャーのしゃべりにはまだ続きがあった。
「日本に来て間もなく、何とかと言う動物園に行ったのだが、動物の名前が同じ音の繰り返しだったなと思い出していました。動物と人とで違うのであるかな?」
「……キンキンとケロンパ?」
 何故かぼける安藤。ネタ的に古くて、結月も詳しくは知らないレベルだ。
「いや。そんな刀で斬り合ってるような名前ではなく、そう、パンダの名前であった」
「あー、シャンシャン総会」
 まだぼけてる。このネタは結月にもよく分かった。
 とにもかくにも、こんなんでもアッシャーには伝わった。思い出そうとしてか難しげだった表情が、破顔一笑、「そう、それである!」と安藤を指差し、手を一つ叩いた。
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