上 下
3 / 19

キャットたん

しおりを挟む
「たこ焼き。ああ、これね」
 その食べ物がたこ焼きという名称であることを今思い出したみたいに、目を見開いて爪楊枝で差し示す。容器を見ると、さっき吐き出したと思しき一個だけ、他と違って削り節が踊らずにぺったり付いていた。地面に落とさなかったのは、あれだけ騒ぎ立てた割には上品と言えなくもない。
 そこへアレッサが割って入ってきた。
「お尋ねするが、ここにいる者達は皆、熱さで吐き出したことは分かっているのであろうか?」
「それは多分、分かっていると思います」
 質問の意図が不明だったけれども、結月は率直に答えた。
「ならばよい。まずくて吐き出したと思われていないのであれば」
「……あなたはもう食べたんですね?」
「もちろん。実は購入時に、店の主から熱さに注意するように説明されたのだ。私はその警告を忠実に守ったのだが」
 言葉を区切り、相棒?に目をくれるアレッサ。
「アッシャーは聞かずに、いきなり口の中に入れて、このざまである」
「言うな、アレッサ。寒さが強いであろう。熱くてちょうどよいと思ったのだ」
 小柄な方はアッシャーという名前らしい。アレッサ相手に話す日本語は、さっきまでとは違って、ざっくばらんな感じがする上に、片言ではない。
 結月は何だかいいなと、微笑した。
「とにかくこのあとはお気を付けて。こんなに時間が経ったら、さすがにもう冷めているかもしれませんけど」
「サメテイル? 鮫の……尾っぽ?」
 “冷める”を知らないらしいアッシャーは、日本語と英語を組み合わせた妙な解釈をした。
 結月が苦笑いを堪えて説明しようとするのをアレッサが制し、彼自らがお国の言葉でアッシャーに説明する。何語だかさっぱり分からない中、“さめる”と“ひえる”だけ日本語としてはっきり聞き取れた。
(冷めると冷えるはまた少し違う気がするんだけど、まあいいか)
 安藤のいるところへぼちぼち戻ろうと、結月は後ずさり気味に外国人二人の成り行きを見守る。アッシャーとアレッサは、まだ結月がそばで聞いているものと思い込んでいるのか、日本語でやり取りを続けていた。
「分かった。でも念のため、おまえが食べることを望む」
「まったく、猫舌なんだから」
「“ネコジタ”とは何だ?」
 まだ聞いていたい気もしたが、これ以上列を離れていると横入りと誤解される確率が高まる。結月は「あの、じゃ、戻ります」と声を掛けて、そのままきびすを返した。
「えらく話し込んでいましたね」
「うん。見た目と違って楽しい人達だった。面白いし」
 列に戻って振り返ると、ちょうどたこ焼き一つを飲み込んだところらしいアレッサが黙ってお辞儀をするのが見えた。一方、アッシャーは今まさにたこ焼きを口に入れたばかりだったようで。
「あひーっ!」
 再び、叫んだ。

 さらに十分ほど待たされて、結月と安藤もようやく店へ通された。思った以上に広い。出入り口近くのテーブルに案内された結月は、先に入った外国人二人組を何逃げなく探してみたものの、見付からなかった。
「太い柱の向こうにまだスペースがありますから。そっちなんでしょう」
 結月の行動の意味を読んだ様子で、安藤が言った。
「そうなんですか」
「あの二人を見て、創作意欲を刺激されたとかですか」
「まあ、多少は。あの見た目で凄い猫舌なんてギャップがかわいい」
「ここのお茶漬けも割と熱いから、ふーふー冷ましてからになるんだろうなあ。おっと、先生、意欲がわくのはいいですが、今は先に注文を決めなくちゃ」
 メニューを開く。豊富な品数から二人とも一つに絞りきれず、ミニサイズの茶漬け二種類が味わえるというお好みハーフセットで海鮮茶漬けとネバとろ茶漬け、しらす茶漬けと親子鮭茶漬けをそれぞれ組み合わせてオーダー。ご飯の蒸らし待ちで少し時間が掛かると言われた。打ち合わせするのにちょうどいい。
「予めお伝えしたように、優先すべき事柄は二つ。夏に向けて怖い系の話をこしらえる。新塚にいづか先生とキャラクター相互出演。もちろんそれぞれ別々に」
「ホラーは単行本、新塚先生とのコラボレーションは雑誌掲載の短い物でしたね。締め切りが早いのは……」
「建前上の締め切りは後者の方が先ですね。その上、ほとんど延ばせないと思ってください。人様のキャラクターを借りて動かすとなると、書き上げたあとのチェックで大きな変更を迫られる余地がありますので、余裕を大幅に見ておかなくてはいけない」
「分かりました。それで新塚先生はどのキャラクターを貸してくださるんでしょうか」
 緊張を覚えつつ聞いた結月。新塚千春ちはると言えば、ライトノベル界隈では大御所の域に達したトップクラスの小説家で、知略系現代ファンタジーと日常の謎系キャラミステリを両輪として活躍している。いくら結月の『思い思われふるものか』が人気を博したと言っても、新塚の域にはまだまだ遠く及ばない。
「機嫌がよかったのか、なんて言ったら失礼に当たるかな。気前よく、どれでも好きなキャラクターを選んでいいとの言葉をもらっています」
「えっ」
 驚きが有り余って絶句してしまった結月。目の前の編集者はにこりとするだけで、続きを何も言ってくれない。
「あ、あの、それは本当なのでしょうか」
「こんな重大なことで嘘なんかつきますか。よりどりみどりです。よかったじゃありませんか。三人か四人、希望するキャラクターがいると言ってましたよね、ゆー先生?」
「言いましたが……困った」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...