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 正直に言えば、反省なんてまったくしていなかった。すべてはポーズ。万が一の可能性に賭けて、いい子になったふりをしていただけだった。
 しかしその努力が実ることはなく、今朝になっていきなり今日で最後だと知らされた。ああ、最後じゃなくて、最期か。俺は死刑になるんだからな。
 いつか訪れる日だと分かっていたので、暇さえあれば対策を考えていた。狂ったように暴れるという選択肢も計画の一つとして頭にあったのだが、ギリギリのところで踏みとどまった。何故って、ひと月ほど前に刑務官による情報漏洩――刑務所内で隠し撮りした動画をネットにアップした――がニュースとして報じられたからだ。引き締めが掛かって、現在の各刑務所はそんな動画流出は起こりにくくなっているとは思うが、もしやということもある。
 “信者”からカリスマと崇め奉られた俺が、刑の執行が決まったことを知らされて、一暴れしたとしよう。その様子を隠し撮りされ、ネット上に動画が流れ出ることがないとは言えまい。世間の奴らが動画を見て、俺をどう判断するか。大半は最後の悪あがき、仮面が取れたと見なすに違いない。そんな風に見られるのは、プライドが許さなかった。
 ここは刑を受け入れつつも、反抗の意を示すのが最善の手であろう。死にたくないけどな。それ以上にメンツを気にする質なんだ、俺は。
 だから絞首台の階段の段数を数える余裕があったし、よく言われる十三ではなかったことに軽く驚きもした。上がりきると数歩、前に進まされる。踏み板の上に立たされた。そこで手足を拘束される。足首には紐、両手は後ろ手の状態で手錠を掛けられた。屈辱を感じる間もなく、目隠しの袋を被らされた。その前の時点から目を瞑っていたので、明るさにさしたる変化は感じなかった。
 だが、続いて掛けられた縄は、さすがに嫌な感触を覚えた。特別に固くて痛いって訳ではない。俺の体重を支えるのに充分な頑丈さを持っていることは、容易く想像が付いた。イメージだけで語るなら、ひんやりとした蛇の肌ってところか。そんな想像をしたせいか、俺の首に巻かれたのは本物の蛇なんかじゃないかという妄想にまで発展してしまった。冷静さを保たねば。刑場内の情報が仮に漏洩したとしても、死を目前にした態度は見事なものだったと讃えられたい。俺の虚栄心が俺を落ち着かせる。
「最後に言い遺すことはないか」
 執行の指揮官の声だ。歴史に残る辞世の句でも吐いてやりたいと、これも事前に候補をいくつかこしらえていたのだが、いざその場に立って迫ってくると、頭のスクリーンは真っ白になった。俺が表せる最後の言葉。ロマンティストではない俺がいくら頭を捻っても、気の利いた台詞が出て来るはずもない。
「……未練はない。俺が善行をしたくなるような世界に変わったら、戻って来てやるよ」
 素直に感じたままを吐き捨てる。袋の向こうにいる連中に、しかと伝わったかどうかは定かでない。
 もしも反応が窺えたとしても、俺には認識できなかっただろう。あっと感じたときにはもう足元の踏み板が開き、落ち始めていたのだから。

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