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エピソード4:処女懐胎 4

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「まず、スポックさんが話していたお祈りの件です。いつ、お祈りを受けたか、彼女は言ったでしょうか?」
「記憶が定かではありませんが……二ヶ月前ぐらいだと言っていたような気がします」
「その話を聞いてから、スポックさんが亡くなるまでの期間は?」
「一ヶ月半ほど……でしょうか。亡くなったのは先月の十一日です」
「……もしも、その女性のお祈りが原因だとすれば、お祈りをされてから三~四ヶ月で死に至る危険性が高い、と」
「ああ、そうなるでしょう。アベルさんのおっしゃる女性は、いつ、お祈りを……」
 医師からの問いかけに、アベルとフランクは顔色を曇らせた。
「およそ一ヶ月足らずです。ただ、もう一つ気がかりなのは、赤ん坊――先生の言い方に習い、闇の赤子とでも呼びましょうか――の成長速度なんですよ」
「成長速度とは……」
「先ほど、先生は言いましたね。闇の赤子の成長は通常よりも速いと。スポックさんの場合、先生のところに来てから何ヶ月で、闇の赤子が飛び出してきたのでしょう?」
「九週間目でした。内心、恐ろしかった。彼女が初診に訪れた際、妊娠四ヶ月の診断を下しました。都合、七ヶ月に満たない期間で臨月を迎えた訳です。闇の赤子は七ヶ月足らずで成長し、生まれ出て、消えたことに……異常すぎる」
「そうですか……。実は、キーナ――私の知るお嬢さんです――の妊娠状態の進む速さは、先生が診たスポックさん以上のようです」
 アベルは心中、最も危惧する点を吐露した。
 バリアントは眼鏡を直し、固い口調で返してくる。
「つまり、七ヶ月よりも早いと?」
「いや、そこまでは私にも言えません。先ほど触れたように、謎の女に祈られてからまだひと月ほどなのですが、もう生まれる寸前のように見えるのです」
 この辺りの事情は、アニタ=ロビンソンからの受け売りだ。しかし、間違いない情報だろう。
「それは心配だ。すでに担当医が就いていることでしょうが、私も診た方がいいのでは。わずかながら、私は経験しているのだから」
「そうしてもらえると、ありがたいです。よろしいでしょうか?」
「もちろんですとも」
 バリアントの快諾に、アベルとフランクは握手を返した。
「ありがとう、バリアント」
「いえ。それより、他にお手伝いできることは?」
「できれば……スポックさんのご遺体を調べたい。だが、無理でしょうね?」
「う、うむ。それはやはり。私なんかより、警察へ行くべきではないですか。警察にお知り合いがいるようですし」
「承知していますよ。先生にお尋ねしたいのは、スポックさんの血を保管されていないかどうか」
「いや、残念だが、応えられません。亡くなったときに処分してしまった」
「そうでしたか。いや、分かりました。あなたの責任ではありません、そんな申し訳なさそうにしないでください」
 アベルは医師を元気づけると、分からぬようにため息をついた。
(よほどの理由がないと、遺体を掘り起こすのは難しいだろう。魔玉の者と関係あるかどうか、調べる手がかりになると考えたのだが……)

 翌々日、コナン警部が再び現れ、新たな情報をもたらしてくれた。
「いやあ、驚いた。表面化していなかっただけで、デスピナ=スポックに似た例は他にもあった」
 興奮した口ぶりの警部に、フランクはお茶を勧めた。アベルからの指示だ。
「まあ、お茶をどうぞ。落ち着いて話してください」
「あ、ああ」
 熱い紅茶を平気な顔で煽ると、警部はすぐに続きを始める。
「この二日で判明したのが二件。一件目は、マイア=ソントンという娼婦が、今年の五月末に死亡していますな。妊娠の兆しが出たので中絶に行ったが失敗、仕方なく生むことになる。が、難産のため、病院で腹を開いたが、子供なんてどこにもいなかった。その後、腹の傷が癒えるまで入院を余儀なくされた訳だが……三日目の朝、看護婦がベッドの上で血塗れになって死んでいるソントンを発見した。腹の傷は開いていたそうだ」
「死の瞬間は、誰も目撃していなかったんですね?」
 確認をするアベル。
「そうらしい。なお、病院に何者かが侵入した形跡はなく、また当時、病院内に不審な人物が紛れ込んでいた事実も確認されていない」
「デスピナ=スポックの事件と全く同じだ……。警部、その娼婦の生前の話で、何か分かっていませんか?」
「おいおい、無茶を言うなよ。この短期間だぞ。事実を聞き出しただけで精一杯だ。そこまで調べられるはずなかろうが」
「おお、そうだった。すみません。続けてください」
 頭を軽く下げ、右手を差し出すアベル。コナン警部はせき払いをした。
「二件目は、六月半ば。ホリー=コンブス、家事手伝い。死に様はさっき言ったソントンや前のスポックとほとんど同じですな。こちらは事情あって、いくらか背景が分かっている。結婚を控えたコンブスだったが、妊娠しているらしいことが知れると、まず婚約が破談になったらしい。あとは悲劇の底へ一直線。身に覚えのない妊娠で苦しみ続けた挙げ句、中絶はできない、難産で帝王切開したが子供は見当たらない、そして突然の死。やりきれないだろうな」
「彼女についても死の瞬間は、誰も見ていない?」
「そのようだ」
「うーん。やはり、妙な女にお祈りさせてくれと言われたのだろうか……」
「二人の周辺を聞き込んでみりゃ、少しははっきりするかもしれんな。これもやらせる気ですかい? 段々、暇じゃなくなってきたんだがな」
「いや、女の行方を優先だよ。祈らせてくれと言ってきた謎の女。そいつを捕らえない限り、キーナ=ローズの命が危ない。推測でしかないのは承知の上で、大胆に行動する必要がある」
「そうでしたな。しかし、キーナ本人はとても似顔絵のための証言ができる状態でないから、アニタに頼るしかないのが現状だ。果たして、それで見つけ出せるかどうか」
「……囮捜査ができないだろうか?」
 アベルは難しい顔をしたまま、提案した。
「女性を夜や曇りの日に出歩かせ、女が接近してくるのを待つ」
「やる値打ちはあるかもしれん。が、アベルよ。警察にいる女性なんて、ろくなのがおらんぞ」
 コナンの口調には、かなりの偏見が含まれるようだ。
 アベルは思わず、苦笑した。
「謎の女は、別に容姿で相手を選んでいたのではないでしょう」
「いずれにしても、似顔絵が決め手になる」
「そうですね……。一番、確実なのはアニタさんか……」
 アベルの眉間のしわは、ますます深くなっていった。

  ~ ~ ~

<古代の宝石?――里帰り中の女学生が発見
 七日の昼前、S**内を流れるT**川の河原において、紀元前五百年頃の物と思われる丸い玉石が見つかった。詳細はまだ不明であるが、当時の人々の生活様式を推定する上で、非常に貴重な発見とみなされている。
 見つけたのはアニタ=ロビンソンさん(二十・学生)で、大学が休みに入ったため、高名な天文学者である祖父のスティーブン=ロビンソンの下へ帰省していたところ、今回の発見につながった。彼女自身、大学で考古学を専門に学んでおり、「河原に露出して光るこれを見つけたとき、一目でただの石ではないと分かりました」とコメントしている。
 考古学者ギデオン=ゲーサ博士の話 ……>

 ~ ~ ~

 続く
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