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それっぽいのが多過ぎる
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「暇だろうが仕事を抱えていようが、邪魔するぞ。――おや、あきらちゃん。高校生が探偵のアルバイトは関心せんと何度言ったら」
「私はAV部門のお手伝いをするだけで、本格的な尾行とか乱闘はしないと何度言った分かってくれるんですか」
「高校生がAV部門を手伝うのも問題ありだ」
ここ最近のお約束になっているやり取りを経て、五所川原刑事は栄尾口の前まで来た。机の縁に手をついた刑事は、定位置に座った探偵を見下ろす格好で話し始める。
「今、暇か」
「手は空いてます」
「じゃあ聞いてもらおうか。殺人事件だ。被害者はアダルトビデオを掴んで死んでいた。ダイイングメッセージかもしれない」
「何とも珍しい。どういうタイトルですか」
「『SMっぽいのが大好き』だ」
「あ、それ、超有名だった作品ですね?」
刑事の来訪で距離を置いていた大前田あきらが、磁石に吸い寄せられる砂鉄のようにわしゃわしゃと戻って来た。
「知ってるのかい」
「そりゃもう。少し前からAV監督のMのプチブームと言っていいでしょ。M監督の代表作っていうか出世作の一つって位置づけだから、うちでもすぐに売れて在庫がなくなったって聞いてる」
「なるほど。君が言っているのはAV女優Kが主演した作品だね。濃い脇毛と丁寧なしゃべり口調のKは際立って個性が強くて、たくさんのテレビ番組に出演したから、一般にも割と名前が浸透したはずだ」
「でしょ。――五所川原刑事さん、単純に、Kって名字の人が事件の関係者にいないの? 下の名前でもいいし、あ、監督と同じ名字Mや名前Tについても検討すべきかも」
「ああ、そう興奮してつばを飛ばさなくていい。あきらちゃんに答える前に――栄尾口、おまえさんは分かっていて言ってるみたいだが?」
「分かって言っていますよ。五所川原さんが正確に発言してくれたとの仮定に立って」
にや、と笑い、目配せをする栄尾口。刑事は対照的に肩をすくめた。
「案外、人が悪いのな。あきらちゃん、ようく聞いてくれよ。私が言ったのは『SMっぽいのが大好き』だ」
「うん」
「君が言っているM監督によるK主演の作品は『SMぽいの好き』だろ? 小さな“っ”と“が大”がない」
「は?」
「紛らわしいが、そういうのがあるんだよ」
顎が外れたかってぐらいに大きく口を開けてぽかんとなる大前田に、栄尾口は淡々と説明する。
「恐らく、大ヒットした『SMぽいの好き』にあやかって作られた後発作品なんだろうな。自分もまだ青少年の頃だったから、リアルタイムでは知らない。けど、ネットの中古AV販売サイトに行って、“SMぽい”辺りで検索してみれば、似たようなタイトルのAVがたくさん作られていたと分かるよ」
「……ほんとだ」
大前田が言った。彼女自身のスマホを操作したのではない。フィルタが掛けられているはずだ。事務所にあるノートパソコンを勝手にかつ、素早くいじって確認したのである。
「あ、ついでに引用符付きで『SMっぽいのが大好き』の検索をしてくれないか。私も知らない作品だから、表紙だけでも見ておきたい」
「しなくていい」
五所川原が言った。
「わざわざ今調べなくても、現場にあった物の写真がある」
「あ、そうですね」
「ちなみにだが、引用符付きで検索しても情報はほとんどないぞ。AV女優Mの『SMぽいが大好き』ってのがヒットするが、これは掲載サイトが文字データを誤って入力した結果のようだ」
警察でも初っぱなに着手するのは、シンプルな検索らしい。
続く
「私はAV部門のお手伝いをするだけで、本格的な尾行とか乱闘はしないと何度言った分かってくれるんですか」
「高校生がAV部門を手伝うのも問題ありだ」
ここ最近のお約束になっているやり取りを経て、五所川原刑事は栄尾口の前まで来た。机の縁に手をついた刑事は、定位置に座った探偵を見下ろす格好で話し始める。
「今、暇か」
「手は空いてます」
「じゃあ聞いてもらおうか。殺人事件だ。被害者はアダルトビデオを掴んで死んでいた。ダイイングメッセージかもしれない」
「何とも珍しい。どういうタイトルですか」
「『SMっぽいのが大好き』だ」
「あ、それ、超有名だった作品ですね?」
刑事の来訪で距離を置いていた大前田あきらが、磁石に吸い寄せられる砂鉄のようにわしゃわしゃと戻って来た。
「知ってるのかい」
「そりゃもう。少し前からAV監督のMのプチブームと言っていいでしょ。M監督の代表作っていうか出世作の一つって位置づけだから、うちでもすぐに売れて在庫がなくなったって聞いてる」
「なるほど。君が言っているのはAV女優Kが主演した作品だね。濃い脇毛と丁寧なしゃべり口調のKは際立って個性が強くて、たくさんのテレビ番組に出演したから、一般にも割と名前が浸透したはずだ」
「でしょ。――五所川原刑事さん、単純に、Kって名字の人が事件の関係者にいないの? 下の名前でもいいし、あ、監督と同じ名字Mや名前Tについても検討すべきかも」
「ああ、そう興奮してつばを飛ばさなくていい。あきらちゃんに答える前に――栄尾口、おまえさんは分かっていて言ってるみたいだが?」
「分かって言っていますよ。五所川原さんが正確に発言してくれたとの仮定に立って」
にや、と笑い、目配せをする栄尾口。刑事は対照的に肩をすくめた。
「案外、人が悪いのな。あきらちゃん、ようく聞いてくれよ。私が言ったのは『SMっぽいのが大好き』だ」
「うん」
「君が言っているM監督によるK主演の作品は『SMぽいの好き』だろ? 小さな“っ”と“が大”がない」
「は?」
「紛らわしいが、そういうのがあるんだよ」
顎が外れたかってぐらいに大きく口を開けてぽかんとなる大前田に、栄尾口は淡々と説明する。
「恐らく、大ヒットした『SMぽいの好き』にあやかって作られた後発作品なんだろうな。自分もまだ青少年の頃だったから、リアルタイムでは知らない。けど、ネットの中古AV販売サイトに行って、“SMぽい”辺りで検索してみれば、似たようなタイトルのAVがたくさん作られていたと分かるよ」
「……ほんとだ」
大前田が言った。彼女自身のスマホを操作したのではない。フィルタが掛けられているはずだ。事務所にあるノートパソコンを勝手にかつ、素早くいじって確認したのである。
「あ、ついでに引用符付きで『SMっぽいのが大好き』の検索をしてくれないか。私も知らない作品だから、表紙だけでも見ておきたい」
「しなくていい」
五所川原が言った。
「わざわざ今調べなくても、現場にあった物の写真がある」
「あ、そうですね」
「ちなみにだが、引用符付きで検索しても情報はほとんどないぞ。AV女優Mの『SMぽいが大好き』ってのがヒットするが、これは掲載サイトが文字データを誤って入力した結果のようだ」
警察でも初っぱなに着手するのは、シンプルな検索らしい。
続く
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