劇場型彼女

崎田毅駿

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11.『冷めないボトル事件』承前その2

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「……いやはや。驚いた」
「お、驚いたのはそのときの私です。だって、滅茶苦茶にしょっぱかったんですよ! 暑さ対策には水分の他に塩分も必要だからって、こんなに入れたら身体に悪いって思うぐらいに。嘘だと思うんでしたら、今日の分のペットボトルにも入ってるみたいですから、ちょっと舌を付けてみてください」
「いや、疑いはしないよ。まあ、しょっぱさを確かめる意味で……」
 乙守はペットボトルを開け、手のひらで水を少し受けると、ぺろっとなめてみた。
 か、辛い!
 苦くて痛い感じすら覚える濃い塩味だった。横を向いて思わず、ぺっぺとつばきを飛ばす。
「そ、それで君は、さすがにこのしょっぱさは尋常じゃない、何かの間違いだと判断し、水を捨てて入れ換えた訳か」
「はい……部長が部屋に来るの、一時間目が完全に終わってからだと思ったので、それまでには冷えるだろうと考えたんです。でも、実際は早くに来られて、おかげでばれてしまうなんて」
「――それであのとき、塩分補強がどうのこうのって言ってたのか」
 裏の事情がだんだん飲み込めてきた。だが、まだ全てではない。
「そのときに塩入になっていたことを言ってくれなかったのは分かるが、二回目以降も塩が入ってたんだろ? 何で言ってくれなかったの」
「はあ。次の週の火曜にも、念のためにって味見をしてみたら、やっぱりしょっぱくなってました。部長の意思で塩を入れたのでないことは、最初のときの会話で分かってましたから、これは誰かの悪戯だなって。部室に出入りできるのは、私達部員だけだから、身内が犯人がいることになります。だから、部長に知らせない内に犯人を見付けようと。私だって、この部が好きですから、部の空気が悪くなるのは避けたくて、なるべくことが広がらないようにしたくて……」
 しょんぼりとして、肩を落とす小日向。乙守は元気づけるように言った。
「気持ちは分かる。ありがとう。ただ、当事者の僕に何も知らせないままというのは、無茶だ。解決するにも無理がある」
「ですよね」
「それで、犯人の目星は?」
「情けないんですが、全然だめなんです。乙守部長がペットボトルを持ってくるのは当日の朝早くと言っても、せいぜい八時過ぎですよね? そして一時間目の授業に向かうのが……」
 答を求められたと気付いて、乙守は口を開いた。
「遅くても八時四十分には、部室を出るよ」
「だと思ってました。私はほぼ決まって、八時五十分に来ますから、犯人に与えられた時間は十分しかありません。こんな短いチャンスを捉えて、部室に入り、ペットボトルに濃度の高い塩水を垂らして、すぐさま逃走するなんて、神業です。そりゃあ、どこか近くに身を潜め、部長が部屋を出た直後を狙うとかなら容易に達成できるでしょうけど、このフロアにそんな都合のよい隠れ場所なんて、あります?」
「……ないな」
 廊下の様子を思い浮かべて、乙守もそう結論づけた。
「でも、たとえばの話だが、部室の中に身を潜めることができたら、可能になるぞ」
「そう思って、私、一人のときに徹底的に調べました。元々広くない部屋ですし、人が隠れられるスペースなんて、なかったです」
 自信ありげに“報告”する小日向。思わぬ形で告白する羽目になった衝撃は、すでに乗り越えられたようだ、少なくとも、表面上は。
「ふむ。ならば、僕に心当たりがある」
「え?」
「やっぱり、早く言ってくれればよかったと思うよ、小日向君。恐らく、あいつらの誰かが犯人で間違いない」
 乙守は席を立つと、部室を出て、隣に向かった。
(迂闊だった。ワンダーフォーゲルの連中も、前はこの部屋を使ってたんだから、暗証番号を知ってるんだよな。早いとこ事務課をせっついて、番号変更の設定をしてもらわねば)

――終わり

             *           *

「――以上で終わりっ、だ。どうだった?」
 中村さんがどこかすがすがしい表情になって、言った。実際、疲れただろうと思う。途中で何度か飲み物を飲んでおられたけれども、それでも読み終わってすぐにまた飲んでいる。これだけきついのを目の当たりにすると、朗読が訓練になるというのは半分怪しい。
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