劇場型彼女

崎田毅駿

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7.先輩達の賭け

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「残念でした。つっこみ待ちだったのに、誰も聞いてくれなくて」
「うう、そんなにつまんないしゃべり方してたか、俺」
 腕時計で時間を確かめる仕種のあと、がっくりと肩を落とす部長。他の先輩方――佐久間さんを含めた全員が、一斉に手を叩いて盛り上がる。
「じゃあ今日のデザートとソフトドリンク代は、部長持ちってことで、よろしく~」
 え? え? 何が進行していたんだ?
 きょとんとする僕ら一年生部員。新入部員歓迎の場なので、元々一年生は今回、一切の支払いはしなくていいと言われていたのだが、それでも気になる。
「あの~、どうかしたんですか」
 代表する形で僕が、俯いたままの石切部長に尋ねる。部長の落ち込みっぷりが結構深そうだったから、恐る恐る……。
 と、部長が不意に面を起こした。がばっ、と擬音が実際に聞こえた気がする。
「君ら、聞いてくれるのが遅い~」
「はい?」
「ずっと前振りしていたのに、肝心の制限時間内には関心を示してくれないなんて、ひどい」
 妙なイントネーションでむくれる石切さん。やっぱり、少し酔っているのかな。
「前振りって、これで部もしばらく安泰だ的な話を、ずっと繰り返されていたことでしょうか」
 この質問は杉原さんから。対する石切部長、大きな動作で首を縦に振り、「遅い」とまた口っぽく答える。
「ほれ、ちゃんと説明しないと」
 安馬さんがそばまでやって来て、部長の肩をぽんと叩く。反対側の肩を佐久間さんが再びぽんとやり、まるでコント芝居の一場面のようになった。
「だな」
 部長はコップの水をぐいと煽り、一気に空にする。それから座り直してあぐらを組み、口元を腕で拭った。あ、なお、テーブル席じゃなくて畳の上だからね。
「種を明かそう。これも君ら新入部員を試すイベントの一環であり、かつ、わたくし部長めと、他の部員との間における賭けなのだ」
「詳しく聞かせてください」
 両膝に手を置き、身を乗り出す杉原さん。切り替えが早い。浜名さんも目を、獲物を見付けた猫っぽいそれにして、興味津々の様子だ。
「俺、いや僕の思惑としてはだな。君らのうちの一人でいいから、興味を持って反応して欲しかったんだ。『さっきからしつこいぐらいに新入部員が会ったことを喜んでますけど、過去に何かあったんですか』みたいな感じで」
「それは……何と言いますか、結構ハードルが高いような」
「いや、前の前の部長はこれで成功した。うう、俺の演技が下手ってことになってしまう」
 自分で言って勝手に落ち込む石切先輩。話が進まないのに呆れたのか、傍で見守っていた佐久間さんが手短に言ってくれた。
「私達もまだいない、昔の話になるんだけど、一時的に消滅していたのよね、ミステリー研究会」
 部員の数が足りなくて活動停止、消滅に追い込まれるのはさほど珍しくはあるまい。特に数多くの部やサークルが作られては消える大学だと、日常茶飯事という印象がある。
「佐久間さん、物事は正確に表現しなくちゃいけない」
 石切部長が復活した。
「名目上は存続していたが、事実上乗っ取られていた、だろ」
 少なからず、ぎょっとした。“乗っ取られていた”とは穏やかじゃない。
「面白そうです。かつてのミステリー研究会に何が起きたのか、聞かせてください」
 杉原さんと浜名さんが声を揃える。僕が追随したのは言うまでもない。
「話すのはかまわないけど、ほんと、遅いよ、君ら……」
 石切部長は「話すのはかまわない」と言いながら、どうも乗り気でないのは明々白々だった。賭けに負けておごらされるのが相当堪えているんだろうなー。
「だいたい演技下手、しゃべりの下手な俺が話しても、つまんなく聞こえかねない。それは本意でない」
 部長は強く言い切ると、背筋を伸ばして場を見渡した。
「よし、決めた。おーい、中村なかむらセンセ!」
 石切先輩が名を呼んだのは、中村和生かずきさん。部長はセンセと付けたが、もちろん大学の先生ではなく、三年生部員だ。僕と杉原さんが初めてミステリ研を訪ねた折には不在だったが、初対面は今日より前に済ませている。ミス研の中で賞への投稿に最も熱心なのがこの先輩で、規模は大きくはない短編賞だけれども入選してアンソロジーに採られたことが何度かある。
「何ですか、部長殿」
 コップを持って、スムーズな足取りでやって来た中村先輩。
「語り口調のうまい君に頼みたい。例の話を、彼ら彼女らに聞かせてやってくれまいか」
 部長は手を拝み合わせた。台詞とポーズがいまいち噛み合ってない。
 中村先輩は小さくため息をついた。
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