7 / 11
7.先輩達の賭け
しおりを挟む
「残念でした。つっこみ待ちだったのに、誰も聞いてくれなくて」
「うう、そんなにつまんないしゃべり方してたか、俺」
腕時計で時間を確かめる仕種のあと、がっくりと肩を落とす部長。他の先輩方――佐久間さんを含めた全員が、一斉に手を叩いて盛り上がる。
「じゃあ今日のデザートとソフトドリンク代は、部長持ちってことで、よろしく~」
え? え? 何が進行していたんだ?
きょとんとする僕ら一年生部員。新入部員歓迎の場なので、元々一年生は今回、一切の支払いはしなくていいと言われていたのだが、それでも気になる。
「あの~、どうかしたんですか」
代表する形で僕が、俯いたままの石切部長に尋ねる。部長の落ち込みっぷりが結構深そうだったから、恐る恐る……。
と、部長が不意に面を起こした。がばっ、と擬音が実際に聞こえた気がする。
「君ら、聞いてくれるのが遅い~」
「はい?」
「ずっと前振りしていたのに、肝心の制限時間内には関心を示してくれないなんて、ひどい」
妙なイントネーションでむくれる石切さん。やっぱり、少し酔っているのかな。
「前振りって、これで部もしばらく安泰だ的な話を、ずっと繰り返されていたことでしょうか」
この質問は杉原さんから。対する石切部長、大きな動作で首を縦に振り、「遅い」とまた口っぽく答える。
「ほれ、ちゃんと説明しないと」
安馬さんがそばまでやって来て、部長の肩をぽんと叩く。反対側の肩を佐久間さんが再びぽんとやり、まるでコント芝居の一場面のようになった。
「だな」
部長はコップの水をぐいと煽り、一気に空にする。それから座り直してあぐらを組み、口元を腕で拭った。あ、なお、テーブル席じゃなくて畳の上だからね。
「種を明かそう。これも君ら新入部員を試すイベントの一環であり、かつ、わたくし部長めと、他の部員との間における賭けなのだ」
「詳しく聞かせてください」
両膝に手を置き、身を乗り出す杉原さん。切り替えが早い。浜名さんも目を、獲物を見付けた猫っぽいそれにして、興味津々の様子だ。
「俺、いや僕の思惑としてはだな。君らのうちの一人でいいから、興味を持って反応して欲しかったんだ。『さっきからしつこいぐらいに新入部員が会ったことを喜んでますけど、過去に何かあったんですか』みたいな感じで」
「それは……何と言いますか、結構ハードルが高いような」
「いや、前の前の部長はこれで成功した。うう、俺の演技が下手ってことになってしまう」
自分で言って勝手に落ち込む石切先輩。話が進まないのに呆れたのか、傍で見守っていた佐久間さんが手短に言ってくれた。
「私達もまだいない、昔の話になるんだけど、一時的に消滅していたのよね、ミステリー研究会」
部員の数が足りなくて活動停止、消滅に追い込まれるのはさほど珍しくはあるまい。特に数多くの部やサークルが作られては消える大学だと、日常茶飯事という印象がある。
「佐久間さん、物事は正確に表現しなくちゃいけない」
石切部長が復活した。
「名目上は存続していたが、事実上乗っ取られていた、だろ」
少なからず、ぎょっとした。“乗っ取られていた”とは穏やかじゃない。
「面白そうです。かつてのミステリー研究会に何が起きたのか、聞かせてください」
杉原さんと浜名さんが声を揃える。僕が追随したのは言うまでもない。
「話すのはかまわないけど、ほんと、遅いよ、君ら……」
石切部長は「話すのはかまわない」と言いながら、どうも乗り気でないのは明々白々だった。賭けに負けておごらされるのが相当堪えているんだろうなー。
「だいたい演技下手、しゃべりの下手な俺が話しても、つまんなく聞こえかねない。それは本意でない」
部長は強く言い切ると、背筋を伸ばして場を見渡した。
「よし、決めた。おーい、中村センセ!」
石切先輩が名を呼んだのは、中村和生さん。部長はセンセと付けたが、もちろん大学の先生ではなく、三年生部員だ。僕と杉原さんが初めてミステリ研を訪ねた折には不在だったが、初対面は今日より前に済ませている。ミス研の中で賞への投稿に最も熱心なのがこの先輩で、規模は大きくはない短編賞だけれども入選してアンソロジーに採られたことが何度かある。
「何ですか、部長殿」
コップを持って、スムーズな足取りでやって来た中村先輩。
「語り口調のうまい君に頼みたい。例の話を、彼ら彼女らに聞かせてやってくれまいか」
部長は手を拝み合わせた。台詞とポーズがいまいち噛み合ってない。
中村先輩は小さくため息をついた。
「うう、そんなにつまんないしゃべり方してたか、俺」
腕時計で時間を確かめる仕種のあと、がっくりと肩を落とす部長。他の先輩方――佐久間さんを含めた全員が、一斉に手を叩いて盛り上がる。
「じゃあ今日のデザートとソフトドリンク代は、部長持ちってことで、よろしく~」
え? え? 何が進行していたんだ?
きょとんとする僕ら一年生部員。新入部員歓迎の場なので、元々一年生は今回、一切の支払いはしなくていいと言われていたのだが、それでも気になる。
「あの~、どうかしたんですか」
代表する形で僕が、俯いたままの石切部長に尋ねる。部長の落ち込みっぷりが結構深そうだったから、恐る恐る……。
と、部長が不意に面を起こした。がばっ、と擬音が実際に聞こえた気がする。
「君ら、聞いてくれるのが遅い~」
「はい?」
「ずっと前振りしていたのに、肝心の制限時間内には関心を示してくれないなんて、ひどい」
妙なイントネーションでむくれる石切さん。やっぱり、少し酔っているのかな。
「前振りって、これで部もしばらく安泰だ的な話を、ずっと繰り返されていたことでしょうか」
この質問は杉原さんから。対する石切部長、大きな動作で首を縦に振り、「遅い」とまた口っぽく答える。
「ほれ、ちゃんと説明しないと」
安馬さんがそばまでやって来て、部長の肩をぽんと叩く。反対側の肩を佐久間さんが再びぽんとやり、まるでコント芝居の一場面のようになった。
「だな」
部長はコップの水をぐいと煽り、一気に空にする。それから座り直してあぐらを組み、口元を腕で拭った。あ、なお、テーブル席じゃなくて畳の上だからね。
「種を明かそう。これも君ら新入部員を試すイベントの一環であり、かつ、わたくし部長めと、他の部員との間における賭けなのだ」
「詳しく聞かせてください」
両膝に手を置き、身を乗り出す杉原さん。切り替えが早い。浜名さんも目を、獲物を見付けた猫っぽいそれにして、興味津々の様子だ。
「俺、いや僕の思惑としてはだな。君らのうちの一人でいいから、興味を持って反応して欲しかったんだ。『さっきからしつこいぐらいに新入部員が会ったことを喜んでますけど、過去に何かあったんですか』みたいな感じで」
「それは……何と言いますか、結構ハードルが高いような」
「いや、前の前の部長はこれで成功した。うう、俺の演技が下手ってことになってしまう」
自分で言って勝手に落ち込む石切先輩。話が進まないのに呆れたのか、傍で見守っていた佐久間さんが手短に言ってくれた。
「私達もまだいない、昔の話になるんだけど、一時的に消滅していたのよね、ミステリー研究会」
部員の数が足りなくて活動停止、消滅に追い込まれるのはさほど珍しくはあるまい。特に数多くの部やサークルが作られては消える大学だと、日常茶飯事という印象がある。
「佐久間さん、物事は正確に表現しなくちゃいけない」
石切部長が復活した。
「名目上は存続していたが、事実上乗っ取られていた、だろ」
少なからず、ぎょっとした。“乗っ取られていた”とは穏やかじゃない。
「面白そうです。かつてのミステリー研究会に何が起きたのか、聞かせてください」
杉原さんと浜名さんが声を揃える。僕が追随したのは言うまでもない。
「話すのはかまわないけど、ほんと、遅いよ、君ら……」
石切部長は「話すのはかまわない」と言いながら、どうも乗り気でないのは明々白々だった。賭けに負けておごらされるのが相当堪えているんだろうなー。
「だいたい演技下手、しゃべりの下手な俺が話しても、つまんなく聞こえかねない。それは本意でない」
部長は強く言い切ると、背筋を伸ばして場を見渡した。
「よし、決めた。おーい、中村センセ!」
石切先輩が名を呼んだのは、中村和生さん。部長はセンセと付けたが、もちろん大学の先生ではなく、三年生部員だ。僕と杉原さんが初めてミステリ研を訪ねた折には不在だったが、初対面は今日より前に済ませている。ミス研の中で賞への投稿に最も熱心なのがこの先輩で、規模は大きくはない短編賞だけれども入選してアンソロジーに採られたことが何度かある。
「何ですか、部長殿」
コップを持って、スムーズな足取りでやって来た中村先輩。
「語り口調のうまい君に頼みたい。例の話を、彼ら彼女らに聞かせてやってくれまいか」
部長は手を拝み合わせた。台詞とポーズがいまいち噛み合ってない。
中村先輩は小さくため息をついた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
誘拐×殺人
崎田毅駿
ミステリー
安生寺家の小学生になる長男・琢馬が誘拐された。自宅郵便受けに投函されていた手紙には、身代金の要求を示唆するとともに、警察に通報した場合は人質の安全を保証できないことも記されていた。これを受けて安生寺家の主であり、父親でもある安生寺洋は、警察には報せないという決断を、邸宅内にいた者全員の前で宣言する。主の決定に疑問も上がったが、子供の命にはかえられないと全員が承知した。
誘拐犯からの連絡を待つ、何とも言えない張り詰めた時間が流れる。その静かなる緊張を破ったのは、犯人からの連絡ではなく、悲鳴だった。
広い邸内で、人が殺されていたのである。状況から判断して、安生寺宅に留まっている者の中に殺人犯がいることは間違いない。こんなときに、誰が、何のために?
十二階段
崎田毅駿
ミステリー
小学四年生の夏休み。近所の幼馴染みの女の子が、パトカーに乗って連れて行かれるのを見た僕は、殺人者になることにした。
そして十年以上の時が流れて。
※「過去を知る手紙?」の回で、“畑中”となっていた箇所は“小仲”の誤りでした。お詫びして訂正します。すみませんでした。通常は誤字脱字の訂正があってもお知らせしませんでしたが、今回は目に余るミスでしたのでここにお知らせします。
※本サイト主催の第5回ホラー・ミステリー小説大賞にて、奨励賞をいただきました。応援、ありがとうございます。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
それでもミステリと言うナガレ
崎田毅駿
ミステリー
流連也《ながれれんや》は子供の頃に憧れた名探偵を目指し、開業する。だが、たいした実績も知名度もなく、警察に伝がある訳でもない彼の所に依頼はゼロ。二ヶ月ほどしてようやく届いた依頼は家出人捜し。実際には徘徊老人を見付けることだった。憧れ、脳裏に描いた名探偵像とはだいぶ違うけれども、流は真摯に当たり、依頼を解決。それと同時に、あることを知って、ますます名探偵への憧憬を強くする。
他人からすればミステリではないこともあるかもしれない。けれども、“僕”流にとってはそれでもミステリなんだ――本作は、そんなお話の集まり。
殺意転貸
崎田毅駿
ミステリー
船旅の朝、目覚めた川尻は、昨日着ていた服のポケットに覚えのないメモ書きを見付ける。そこには自分の名前と、自分の恋人の名前、さらにはこれまた覚えのない人名二つが日時と共に記されていた。前夜、船のバーでしこたま飲んで酔ったため、記憶が飛んでいる。必死になって思い出そうと努め、ようやく断片的に記憶が蘇り始めた。バーで知り合った男と、交換殺人の約束を交わしたのだ。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる