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二十四.天気と足跡
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アランがバートン捜索に割いた人数はわずか二人だった。しかもその内の一人は子供、そう、マイキーだった。
「仕方がありませんよ」
捜索隊の今一人、サイガが肩をすくめた。
「年末のこの寒さ厳しい時季、人手は少ない。やるべきことをこなすための必要最小限の人数しかいないと言える。元々、探すのは自分一人だった。マイキーは勉強を教えてもらえないんだったら、僕も手伝うと言ってね」
メイズがサイガ達と合流したのは、農場の建物を基準にすれば裏手に当たる畑だった。そちらにバートンが育てている花畑があると聞いたから向かったところ、ちょうど二人と出くわした格好である。
「部屋なんかはもう調べられたんですよね?」
「ええ。言うまでもありませんが、姿は見当たらなかった。続いて、農具を置いてある倉庫に向かい、調べましたがやはり空振りだった」
「ああ、私が木の棒やら道具やらを頼んだから。道具などに手を付けたあとはなかったんでしょうか」
「その質問は厳しいな」
苦笑し、歩みを止めると腰を自ら叩くサイガ。花畑までは距離があって、結構歩かねばならない。
「失礼。デスクワークが多いせいか、腰にすぐ来てしまう。その点、メイズさんは自然と鍛えられているみたいでうらやましい」
「いえいえ、見掛け倒しで。それよりも、私の質問が厳しいとは?」
再び歩き出したが、さっきよりもゆっくりとしたペースになっていた。
「おや、お忘れかな。私はさっき到着したばかりと言ってもいいくらいだ。倉庫の状態が元はどうだったかなんて、知る由もありません。そもそも普段からあまり倉庫には近寄らないし」
「そうでしたか」
メイズがうなずくと同時ぐらいに、前方から高い声が届く。
「二人とも何してるのさ! ぐずぐすしてると置いてっちゃうぞ!」
小さな身体を突っ張らせて声を張り上げるマイキーの姿が、五〇メートルほど先に視認できた。
「置いて行ってくれていい……とは言えないか」
サイガは言葉を濁した。
「ちょっと待つんだ、マイキー! もしかしたら不審者が侵入している可能性、なきにしもあらずなんだからなっ」
「分かってるよ! でも足跡がなかったから平気なんじゃない?」
聞き咎めたメイズは「足跡?」と、おうむ返しのつぶやきを目の前のサイガに向けた。
「子供らしい単純な推理なんだ。説明はあとで」
気合いを入れるように背筋を伸ばすと、サイガは早足になって歩き始めた。メイズも着いていく。文句を垂れつつ待っていたマイキーに追い付くと、サイガは「頼むから単独行動は慎んでくれたまえ、行儀のよい、しつけの行き届いたお坊ちゃま。下手すると君のお父上に顔向けできなくなる」とあてこすりを交えて注意した。
「だから、足跡が」
「そのことだが、今日は土の湿り具合が甘い。いつもに比べれば、足跡が残りにくいとは思わないか?」
「それはそうだよ。雨が降った訳じゃないもんね。だけどほら」
マイキーは土の露出した手近な箇所に足を延ばし、足踏みの動作をした。当然、靴の跡が残る。
「ね。最初の頃よりは湿ってきているし、これくらいすれば足跡は付くよ。子供の僕よりも体重のある大人ならなおさら」
「今のは君が意識していたからだ。振り返ってごらん。歩いて来た道に、足跡はほとんど残っていない」
「それは所々、草が生えているからで」
「だったら侵入者がいたとしても、足跡は残らない可能性が高いと思わないか?」
「それは……そうだけど」
マイキーが言い淀んで勝負あり。サイガはマイキーを守る風に肩を抱いて引き寄せると、「おまえは我々の間にいるんだ」と強い調子で命じた。
素直に従ったマイキー。歩き出すと、彼の頭越しにメイズはサイガに聞いた。
「言われてみて気が付いたんですが、確かに地面が湿っぽいですね。でも雨じゃないってことは」
「いえ、実は自分も建物の奥の部屋にいて、見てないんだが、雪かあられでも降ったようだ。今になって湿ってきているのは、溶けたせいでしょう」
「……これだけ湿っていれば、確かに足跡が残ってもおかしくはない」
「だよね!」
マイキーが甲高い声で叫び、前を行くサイガは耳を押さえた。
「メイズさん、あなたまでそういう……」
「いえ。侵入者がいればそいつは足跡を付けないよう注意を払うだろうから、残さない可能性が高い。参考にはならないってことです。私が気になったのは、バートンさんの足跡はどうなんだろうなと」
「言われてみれば……見当たらない」
周辺をぐるっと見渡すサイガ。
「こっちには行ってないってことか」
「あるいは雪かあられか雹だかが溶ける前に、通り過ぎただけかもしれません」
「なんだ。それなら結局行ってみるしかないってことだな」
「そうなります」
自嘲の笑みを浮かべて返事するメイズ。今度はマイキーから話し掛けてきた。
「襲撃されたのって、メイズさんなんでしょ?」
「う、うん。襲撃っていうかよく分からないんだけどね。相手を見てないから」
「襲ったのが、サイガさんの心配している侵入者と同一人物だとして、どっちに向かったかも分からない?」
「うん、ごめんな。見てない」
「しょうがないよ」
子供から慰めの言葉をもらって、また自嘲の笑みをなさざるを得ないメイズだった。
そのとき、先頭に立つサイガが声を大きくした。
「バートンの花畑が見えたぞ。おかしい、あれは足だ」
言うが早いか、腰の痛みはどこへやら、一気に駆け出した。
続く
「仕方がありませんよ」
捜索隊の今一人、サイガが肩をすくめた。
「年末のこの寒さ厳しい時季、人手は少ない。やるべきことをこなすための必要最小限の人数しかいないと言える。元々、探すのは自分一人だった。マイキーは勉強を教えてもらえないんだったら、僕も手伝うと言ってね」
メイズがサイガ達と合流したのは、農場の建物を基準にすれば裏手に当たる畑だった。そちらにバートンが育てている花畑があると聞いたから向かったところ、ちょうど二人と出くわした格好である。
「部屋なんかはもう調べられたんですよね?」
「ええ。言うまでもありませんが、姿は見当たらなかった。続いて、農具を置いてある倉庫に向かい、調べましたがやはり空振りだった」
「ああ、私が木の棒やら道具やらを頼んだから。道具などに手を付けたあとはなかったんでしょうか」
「その質問は厳しいな」
苦笑し、歩みを止めると腰を自ら叩くサイガ。花畑までは距離があって、結構歩かねばならない。
「失礼。デスクワークが多いせいか、腰にすぐ来てしまう。その点、メイズさんは自然と鍛えられているみたいでうらやましい」
「いえいえ、見掛け倒しで。それよりも、私の質問が厳しいとは?」
再び歩き出したが、さっきよりもゆっくりとしたペースになっていた。
「おや、お忘れかな。私はさっき到着したばかりと言ってもいいくらいだ。倉庫の状態が元はどうだったかなんて、知る由もありません。そもそも普段からあまり倉庫には近寄らないし」
「そうでしたか」
メイズがうなずくと同時ぐらいに、前方から高い声が届く。
「二人とも何してるのさ! ぐずぐすしてると置いてっちゃうぞ!」
小さな身体を突っ張らせて声を張り上げるマイキーの姿が、五〇メートルほど先に視認できた。
「置いて行ってくれていい……とは言えないか」
サイガは言葉を濁した。
「ちょっと待つんだ、マイキー! もしかしたら不審者が侵入している可能性、なきにしもあらずなんだからなっ」
「分かってるよ! でも足跡がなかったから平気なんじゃない?」
聞き咎めたメイズは「足跡?」と、おうむ返しのつぶやきを目の前のサイガに向けた。
「子供らしい単純な推理なんだ。説明はあとで」
気合いを入れるように背筋を伸ばすと、サイガは早足になって歩き始めた。メイズも着いていく。文句を垂れつつ待っていたマイキーに追い付くと、サイガは「頼むから単独行動は慎んでくれたまえ、行儀のよい、しつけの行き届いたお坊ちゃま。下手すると君のお父上に顔向けできなくなる」とあてこすりを交えて注意した。
「だから、足跡が」
「そのことだが、今日は土の湿り具合が甘い。いつもに比べれば、足跡が残りにくいとは思わないか?」
「それはそうだよ。雨が降った訳じゃないもんね。だけどほら」
マイキーは土の露出した手近な箇所に足を延ばし、足踏みの動作をした。当然、靴の跡が残る。
「ね。最初の頃よりは湿ってきているし、これくらいすれば足跡は付くよ。子供の僕よりも体重のある大人ならなおさら」
「今のは君が意識していたからだ。振り返ってごらん。歩いて来た道に、足跡はほとんど残っていない」
「それは所々、草が生えているからで」
「だったら侵入者がいたとしても、足跡は残らない可能性が高いと思わないか?」
「それは……そうだけど」
マイキーが言い淀んで勝負あり。サイガはマイキーを守る風に肩を抱いて引き寄せると、「おまえは我々の間にいるんだ」と強い調子で命じた。
素直に従ったマイキー。歩き出すと、彼の頭越しにメイズはサイガに聞いた。
「言われてみて気が付いたんですが、確かに地面が湿っぽいですね。でも雨じゃないってことは」
「いえ、実は自分も建物の奥の部屋にいて、見てないんだが、雪かあられでも降ったようだ。今になって湿ってきているのは、溶けたせいでしょう」
「……これだけ湿っていれば、確かに足跡が残ってもおかしくはない」
「だよね!」
マイキーが甲高い声で叫び、前を行くサイガは耳を押さえた。
「メイズさん、あなたまでそういう……」
「いえ。侵入者がいればそいつは足跡を付けないよう注意を払うだろうから、残さない可能性が高い。参考にはならないってことです。私が気になったのは、バートンさんの足跡はどうなんだろうなと」
「言われてみれば……見当たらない」
周辺をぐるっと見渡すサイガ。
「こっちには行ってないってことか」
「あるいは雪かあられか雹だかが溶ける前に、通り過ぎただけかもしれません」
「なんだ。それなら結局行ってみるしかないってことだな」
「そうなります」
自嘲の笑みを浮かべて返事するメイズ。今度はマイキーから話し掛けてきた。
「襲撃されたのって、メイズさんなんでしょ?」
「う、うん。襲撃っていうかよく分からないんだけどね。相手を見てないから」
「襲ったのが、サイガさんの心配している侵入者と同一人物だとして、どっちに向かったかも分からない?」
「うん、ごめんな。見てない」
「しょうがないよ」
子供から慰めの言葉をもらって、また自嘲の笑みをなさざるを得ないメイズだった。
そのとき、先頭に立つサイガが声を大きくした。
「バートンの花畑が見えたぞ。おかしい、あれは足だ」
言うが早いか、腰の痛みはどこへやら、一気に駆け出した。
続く
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