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十五.安っぽくはない貴石
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「やれやれ。とんだお邪魔が入りましたね、すみません」
軽くこうべを垂れるバートン。メイズは同様に頭を下げ返した。
「いえ。ここのご主人のお子さんでしょう? 早めに挨拶できてよかったです。彼に嫌われたらここにいられなくなるかも」
「マイキーは利口な子ですから、気に入らないという程度のことで、親の力を借りたりはしませんよ。さあ、では改めて出発と参りましょう」
歩き出してすぐに、バートンは話を大元に戻してきた。
「そうそう、私がどういうつながりで、ここで働いているかをお話しするんでした。元は一介の学生で、研究課題のために土地の一部を借りて、花を育てていたんです」
「花、ですか」
「はい。本来なら学校の近くにある専用の農地で行うのですが、折悪しくその年は水害に見舞われまして。使い物にならないということで、ショーラック農場を紹介していただいたんです。そのご縁で今もこうして」
「つまり、今も花を育てるのがお仕事ですか」
「ええ。他の作業も手伝っていますが、メインは花です。もちろん、今の季節はほとんど花以外になります」
「それでそんな立派な体格に?」
足下に注意を払いながら、前を行くバートンに聞いた。「ああ」と笑うような声がした。
「いえ、これは違いますよ。ルエガーさんの活躍を見ている内に、私もちょっとやってみようかなと思い立ったまでです」
「何と、そうでしたか。ルエガーさんと試合をしたことはおありになるんで?」
ショーラック農場に関わる男はおしなべてレスリングをやっているのはあるまいな。メイズはともかくバートンの力量を測っておきたいと思った。
「とんでもない。練習でしかやったことありませんよ。実は私はまだ公式の試合すら未経験でして。まあ、万が一、家畜泥棒でも現れたときには、役に立てるかなと思ってやっていますが……どうやら私にはこっちの方がまだ才能がありそうです」
不意に立ち止まったバートン。何ごとかと思ったメイズの目前で、彼はパンチを繰り出す仕種をした。素早く、なめらかな動きだった。バートンは白い息を吐きながら今度は苦笑を浮かべる。
「殴るのには邪魔な筋肉を付けてしまったあとにボクシングの方が向いているんじゃないかと思い始めましてね。今は筋肉を減らそうかどうしようか迷っているんですよ。どちらがいいと思います?」
「……今ので充分に早いように見えましたから。レスリングを磨いて、両方とも使えるようになるのが理想的では。あくまでも泥棒を相手にするのならってことですけど」
そう評価すると、相手は気をよくしたらしく、足取りが弾んだものになった。
そうして山道を歩くこと十分、さらに道を外れて木々の間を行くこと十分ほどで、川辺に出た。川幅は広いところでも三メートルあまり。流量はそれなりにあるが急と言うほどの勢いはなく、どちらかと言えば穏やかな方だろう。水は澄み、底がよく見通せるくらいに浅い。
「ここなんてどうです?」
「うん、申し分ない」
メイズは芝居込みで辺りを見渡し、満足げなところをアピールした。
「早速、見てみるとしよう」
見上げるほどの高さの崖があり、その岩肌に露出した地層はきれいな縞を作っていたが、さすがに化石がもろに見えているなんてことはないようだ。崖はざっと済ませて、メイズにとって本命の川底に取り掛かる。
「何かお手伝いできることがあれば言ってください」
「どうも。今は大丈夫です」
まさか貴重な石を探しているとは言えないので、手伝ってもらう訳に行かない。
流れが縦に渦巻いて、川底の砂地にくぼみができている。その周辺に狙いを定めた。潮干狩りに使えそうな熊手を右手に、竹製のざるを左手にそれぞれ構えると、様子を見ながら軽く掘ってみる。巻き上がった砂で水が濁るが、流されて時期に元通りになった。
「オリエンタルムードのある道具ですねえ」
見守るバートンが言う。その目は、珍しい物をみて興味津々であることを主張していた。
「これはドイル教授一推しの道具でして、教授の知り合いのアジア人からいくつかもらったとか。それを分けていただいたんですが、確かに使い勝手がいいんです」
答ながらもざるで砂を濾してみると、きらきら光る粒がいくつかあった。もちろんくず石が多いが、水晶も少し混じっていた。
(割と簡単に水晶が見付かるな。これはもう少し調べてみないといけないか。――おっ)
手が止まる。鮮やかなやや濃いめの水色を視界に捉えた。周りの砂をどけてみると、涙型をしたラピスラズリらしき石が表れた。サイズは親指の爪ほどある。
「バートンさん。この辺では珍しくないのかな?」
「えっ。何ですって?」
川のせせらぎが案外うるさい音になっているようだ。聞き返してきた相手にメイズは同じ台詞を重ねた。今度は石そのものをバートンの方へ向けながら。
「それって化石じゃないですよね? 宝石?」
「多分、ラピスラズリでしょう」
「いや~、珍しいと思いますよ。自分は花を扱っているせいでファッション関連では香水が一番、おしろいが二番目に興味あるのですが、宝石も多少は分かるんです」
続く
軽くこうべを垂れるバートン。メイズは同様に頭を下げ返した。
「いえ。ここのご主人のお子さんでしょう? 早めに挨拶できてよかったです。彼に嫌われたらここにいられなくなるかも」
「マイキーは利口な子ですから、気に入らないという程度のことで、親の力を借りたりはしませんよ。さあ、では改めて出発と参りましょう」
歩き出してすぐに、バートンは話を大元に戻してきた。
「そうそう、私がどういうつながりで、ここで働いているかをお話しするんでした。元は一介の学生で、研究課題のために土地の一部を借りて、花を育てていたんです」
「花、ですか」
「はい。本来なら学校の近くにある専用の農地で行うのですが、折悪しくその年は水害に見舞われまして。使い物にならないということで、ショーラック農場を紹介していただいたんです。そのご縁で今もこうして」
「つまり、今も花を育てるのがお仕事ですか」
「ええ。他の作業も手伝っていますが、メインは花です。もちろん、今の季節はほとんど花以外になります」
「それでそんな立派な体格に?」
足下に注意を払いながら、前を行くバートンに聞いた。「ああ」と笑うような声がした。
「いえ、これは違いますよ。ルエガーさんの活躍を見ている内に、私もちょっとやってみようかなと思い立ったまでです」
「何と、そうでしたか。ルエガーさんと試合をしたことはおありになるんで?」
ショーラック農場に関わる男はおしなべてレスリングをやっているのはあるまいな。メイズはともかくバートンの力量を測っておきたいと思った。
「とんでもない。練習でしかやったことありませんよ。実は私はまだ公式の試合すら未経験でして。まあ、万が一、家畜泥棒でも現れたときには、役に立てるかなと思ってやっていますが……どうやら私にはこっちの方がまだ才能がありそうです」
不意に立ち止まったバートン。何ごとかと思ったメイズの目前で、彼はパンチを繰り出す仕種をした。素早く、なめらかな動きだった。バートンは白い息を吐きながら今度は苦笑を浮かべる。
「殴るのには邪魔な筋肉を付けてしまったあとにボクシングの方が向いているんじゃないかと思い始めましてね。今は筋肉を減らそうかどうしようか迷っているんですよ。どちらがいいと思います?」
「……今ので充分に早いように見えましたから。レスリングを磨いて、両方とも使えるようになるのが理想的では。あくまでも泥棒を相手にするのならってことですけど」
そう評価すると、相手は気をよくしたらしく、足取りが弾んだものになった。
そうして山道を歩くこと十分、さらに道を外れて木々の間を行くこと十分ほどで、川辺に出た。川幅は広いところでも三メートルあまり。流量はそれなりにあるが急と言うほどの勢いはなく、どちらかと言えば穏やかな方だろう。水は澄み、底がよく見通せるくらいに浅い。
「ここなんてどうです?」
「うん、申し分ない」
メイズは芝居込みで辺りを見渡し、満足げなところをアピールした。
「早速、見てみるとしよう」
見上げるほどの高さの崖があり、その岩肌に露出した地層はきれいな縞を作っていたが、さすがに化石がもろに見えているなんてことはないようだ。崖はざっと済ませて、メイズにとって本命の川底に取り掛かる。
「何かお手伝いできることがあれば言ってください」
「どうも。今は大丈夫です」
まさか貴重な石を探しているとは言えないので、手伝ってもらう訳に行かない。
流れが縦に渦巻いて、川底の砂地にくぼみができている。その周辺に狙いを定めた。潮干狩りに使えそうな熊手を右手に、竹製のざるを左手にそれぞれ構えると、様子を見ながら軽く掘ってみる。巻き上がった砂で水が濁るが、流されて時期に元通りになった。
「オリエンタルムードのある道具ですねえ」
見守るバートンが言う。その目は、珍しい物をみて興味津々であることを主張していた。
「これはドイル教授一推しの道具でして、教授の知り合いのアジア人からいくつかもらったとか。それを分けていただいたんですが、確かに使い勝手がいいんです」
答ながらもざるで砂を濾してみると、きらきら光る粒がいくつかあった。もちろんくず石が多いが、水晶も少し混じっていた。
(割と簡単に水晶が見付かるな。これはもう少し調べてみないといけないか。――おっ)
手が止まる。鮮やかなやや濃いめの水色を視界に捉えた。周りの砂をどけてみると、涙型をしたラピスラズリらしき石が表れた。サイズは親指の爪ほどある。
「バートンさん。この辺では珍しくないのかな?」
「えっ。何ですって?」
川のせせらぎが案外うるさい音になっているようだ。聞き返してきた相手にメイズは同じ台詞を重ねた。今度は石そのものをバートンの方へ向けながら。
「それって化石じゃないですよね? 宝石?」
「多分、ラピスラズリでしょう」
「いや~、珍しいと思いますよ。自分は花を扱っているせいでファッション関連では香水が一番、おしろいが二番目に興味あるのですが、宝石も多少は分かるんです」
続く
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