くぐり者

崎田毅駿

文字の大きさ
上 下
11 / 26

十一.調査のための下準備

しおりを挟む
 メイズの独り言めいた問い掛けに、アランは暫時きょとんとしたが、じきに飲み込んだ。如才なく答える。
「はは、そういう意味でしたか。不審に思われるのも無理はない。ただ、言っておきますが、妻もこのパーティには賛成してくれているのですよ」
 アランの微笑にメイズもつられた。
「出産祝いではないが、妻にはクリスマスプレゼントとしてグレイフルさんのところからいくつか買うと約束しているのでね」
「見本をお持ちしましたから、早くご覧いただいて、気分をよくしていただきたいですわ」
「あれ? 奥様は調子がすぐれないと?」
 メイズが尋ねると、アランは鼻で息をした。
「冬というのがあまりよくないのかな。今ひとつ上向きません。ああ、そんな訳で彼女からあなたへのご挨拶も遅れています。申し訳ない」
「いえ、いいんです」
 仮に引き合わされたとして、挨拶で何と語ればいいのだろう。産婆を助けたくだりを話せないのなら、メイズがこの農場を訪れるきっかけが説明できない。挨拶するのは子供が無事に生まれたあとの方がいい。
 メイズはアランのそばまで行き、耳元近くで尋ねた。
「それでアランさん。今後のことでご相談があるのですが、お時間はよろしいでしょうか」
「いいともいいとも。今は休暇中なのだから、時間は腐るほどありますよ。皆さんに聞かれちゃまずい内容?」
「まずくはありませんが、滞在中のお金のこととかですから……」
「何だ、滞在費なら持ちますよ」
 声を潜めるメイズだが、アランが好対照なまでに声を張るので結局他の三人にも筒抜けになってしまう。
「しかし」
「あなたは間接的に私の妻や子供の命の恩人、かもしれない。そのような人を無碍に扱えるものかということです。幸いにして、今の私にはご恩に答える余力があるのだし、気にせずにいてください。ははは」
 笑いながら背をばんばんと叩いてくるアラン。大きな農場の若き経営者らしいといえばらしいのか。
「そ、それでは何もかもお言葉に甘えることにします。もう一つ、私の仕事について相談が」
「何でもどうぞ」
「この一帯でいくつかの地点で土を掘り返して、土壌や地層、化石が早々に出ればそれも含めて調査を行いたいのです。ただ、現時点ではどの地点を掘り返すかがまだ定まっておりません。まずは予備調査を行う必要があるのですが、そのために放牧地と言えばいいのでしょうか、屋外の敷地を見て回ることを許可していただきたいのです」
「なるほど。話は分かりました。ただ、冬場でも家畜に散歩させる必要があるし、どこもかしこもオーケーという訳にはさすがにいきません。そもそも掘り返されては困る場所もありますしね。穴ぼこに家畜が足を取られでもしたら大変だ」
「無論、その点は予備調査後に改めて可否の判断をお願いします。それと調べると言っても敷地をくまなくではありません。化石の出やすい、有望な地形というのはだいたい定説が固まっていますから。農地のど真ん中をもぐらみたいに掘り返すようなことは絶対にないとお約束します。斜面に近い場所が中心になるでしょう」
「ふむ」
 メイズが付け焼き刃の知識プラスはったりをかませて弁じ立てると、アランは思案げにうなずいた。腕組みをしてその場で小さな円を描くように歩き回り、やがて足を止めるとおもむろに言った。
「了解した。メイズさんの話、基本的に受け入れます」
「ありがとうございます」
 深く頭を下げるメイズに、アランは「いや、いいんですよ」と応じ、話を続けた。
「それよりも予備調査は我が敷地内だけにとどまらないのでしょう?」
「え、ええ。まあ、当然そうなります。周辺も調べないといけない。むしろそちらの方がメインです」
 ショーラック農場に目的を絞ってきたと受け取られぬよう、メイズは肯定した。アランは分かっていると言いたげにまた首を縦に振った。
「でもそれを行うには、メイズさん一人ではこの土地に不案内だし、大変でしょう。そこで私の方から一人、この辺りに詳しい案内役を付けるというのはどうかな」
「案内役、ですか」
 メイズは頭の中でせわしなく算段を図った。
 案内と言えば聞こえはいいが、見張り役と言えるかもしれない。仮にアランが百パーセントの親切心から案内を付けることを言ってくれたのだとしても、メイズにとっては秘密の行動がやりにくくなる。
 一方で、この申し出を断れば不審を招く恐れが皆無とは言えまい。普通に考えればありがたい話なのだ。
(難しいところだが、ここは受けるべきだ)
 そう判断した。
「願ってもない話です、アランさん。実は体力的にも人手は多い方がいい。案内の方のその方面もサポートしてもらえたら大助かりですよ」
「ははは。ならば体力自慢の男を一人、よこすとしましょう」
 アランは頭の中で人選しているのか、斜め上に顔を向け、軽く目を瞑った。
(さっきすれ違った巨漢のルエガー氏ではないだろうな)
 メイズはそんなことを想像した。

 続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし

佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。 貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや…… 脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。 齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された—— ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

江戸の検屍ばか

崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

処理中です...