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十一.調査のための下準備
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メイズの独り言めいた問い掛けに、アランは暫時きょとんとしたが、じきに飲み込んだ。如才なく答える。
「はは、そういう意味でしたか。不審に思われるのも無理はない。ただ、言っておきますが、妻もこのパーティには賛成してくれているのですよ」
アランの微笑にメイズもつられた。
「出産祝いではないが、妻にはクリスマスプレゼントとしてグレイフルさんのところからいくつか買うと約束しているのでね」
「見本をお持ちしましたから、早くご覧いただいて、気分をよくしていただきたいですわ」
「あれ? 奥様は調子がすぐれないと?」
メイズが尋ねると、アランは鼻で息をした。
「冬というのがあまりよくないのかな。今ひとつ上向きません。ああ、そんな訳で彼女からあなたへのご挨拶も遅れています。申し訳ない」
「いえ、いいんです」
仮に引き合わされたとして、挨拶で何と語ればいいのだろう。産婆を助けたくだりを話せないのなら、メイズがこの農場を訪れるきっかけが説明できない。挨拶するのは子供が無事に生まれたあとの方がいい。
メイズはアランのそばまで行き、耳元近くで尋ねた。
「それでアランさん。今後のことでご相談があるのですが、お時間はよろしいでしょうか」
「いいともいいとも。今は休暇中なのだから、時間は腐るほどありますよ。皆さんに聞かれちゃまずい内容?」
「まずくはありませんが、滞在中のお金のこととかですから……」
「何だ、滞在費なら持ちますよ」
声を潜めるメイズだが、アランが好対照なまでに声を張るので結局他の三人にも筒抜けになってしまう。
「しかし」
「あなたは間接的に私の妻や子供の命の恩人、かもしれない。そのような人を無碍に扱えるものかということです。幸いにして、今の私にはご恩に答える余力があるのだし、気にせずにいてください。ははは」
笑いながら背をばんばんと叩いてくるアラン。大きな農場の若き経営者らしいといえばらしいのか。
「そ、それでは何もかもお言葉に甘えることにします。もう一つ、私の仕事について相談が」
「何でもどうぞ」
「この一帯でいくつかの地点で土を掘り返して、土壌や地層、化石が早々に出ればそれも含めて調査を行いたいのです。ただ、現時点ではどの地点を掘り返すかがまだ定まっておりません。まずは予備調査を行う必要があるのですが、そのために放牧地と言えばいいのでしょうか、屋外の敷地を見て回ることを許可していただきたいのです」
「なるほど。話は分かりました。ただ、冬場でも家畜に散歩させる必要があるし、どこもかしこもオーケーという訳にはさすがにいきません。そもそも掘り返されては困る場所もありますしね。穴ぼこに家畜が足を取られでもしたら大変だ」
「無論、その点は予備調査後に改めて可否の判断をお願いします。それと調べると言っても敷地をくまなくではありません。化石の出やすい、有望な地形というのはだいたい定説が固まっていますから。農地のど真ん中をもぐらみたいに掘り返すようなことは絶対にないとお約束します。斜面に近い場所が中心になるでしょう」
「ふむ」
メイズが付け焼き刃の知識プラスはったりをかませて弁じ立てると、アランは思案げにうなずいた。腕組みをしてその場で小さな円を描くように歩き回り、やがて足を止めるとおもむろに言った。
「了解した。メイズさんの話、基本的に受け入れます」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるメイズに、アランは「いや、いいんですよ」と応じ、話を続けた。
「それよりも予備調査は我が敷地内だけにとどまらないのでしょう?」
「え、ええ。まあ、当然そうなります。周辺も調べないといけない。むしろそちらの方がメインです」
ショーラック農場に目的を絞ってきたと受け取られぬよう、メイズは肯定した。アランは分かっていると言いたげにまた首を縦に振った。
「でもそれを行うには、メイズさん一人ではこの土地に不案内だし、大変でしょう。そこで私の方から一人、この辺りに詳しい案内役を付けるというのはどうかな」
「案内役、ですか」
メイズは頭の中でせわしなく算段を図った。
案内と言えば聞こえはいいが、見張り役と言えるかもしれない。仮にアランが百パーセントの親切心から案内を付けることを言ってくれたのだとしても、メイズにとっては秘密の行動がやりにくくなる。
一方で、この申し出を断れば不審を招く恐れが皆無とは言えまい。普通に考えればありがたい話なのだ。
(難しいところだが、ここは受けるべきだ)
そう判断した。
「願ってもない話です、アランさん。実は体力的にも人手は多い方がいい。案内の方のその方面もサポートしてもらえたら大助かりですよ」
「ははは。ならば体力自慢の男を一人、よこすとしましょう」
アランは頭の中で人選しているのか、斜め上に顔を向け、軽く目を瞑った。
(さっきすれ違った巨漢のルエガー氏ではないだろうな)
メイズはそんなことを想像した。
続く
「はは、そういう意味でしたか。不審に思われるのも無理はない。ただ、言っておきますが、妻もこのパーティには賛成してくれているのですよ」
アランの微笑にメイズもつられた。
「出産祝いではないが、妻にはクリスマスプレゼントとしてグレイフルさんのところからいくつか買うと約束しているのでね」
「見本をお持ちしましたから、早くご覧いただいて、気分をよくしていただきたいですわ」
「あれ? 奥様は調子がすぐれないと?」
メイズが尋ねると、アランは鼻で息をした。
「冬というのがあまりよくないのかな。今ひとつ上向きません。ああ、そんな訳で彼女からあなたへのご挨拶も遅れています。申し訳ない」
「いえ、いいんです」
仮に引き合わされたとして、挨拶で何と語ればいいのだろう。産婆を助けたくだりを話せないのなら、メイズがこの農場を訪れるきっかけが説明できない。挨拶するのは子供が無事に生まれたあとの方がいい。
メイズはアランのそばまで行き、耳元近くで尋ねた。
「それでアランさん。今後のことでご相談があるのですが、お時間はよろしいでしょうか」
「いいともいいとも。今は休暇中なのだから、時間は腐るほどありますよ。皆さんに聞かれちゃまずい内容?」
「まずくはありませんが、滞在中のお金のこととかですから……」
「何だ、滞在費なら持ちますよ」
声を潜めるメイズだが、アランが好対照なまでに声を張るので結局他の三人にも筒抜けになってしまう。
「しかし」
「あなたは間接的に私の妻や子供の命の恩人、かもしれない。そのような人を無碍に扱えるものかということです。幸いにして、今の私にはご恩に答える余力があるのだし、気にせずにいてください。ははは」
笑いながら背をばんばんと叩いてくるアラン。大きな農場の若き経営者らしいといえばらしいのか。
「そ、それでは何もかもお言葉に甘えることにします。もう一つ、私の仕事について相談が」
「何でもどうぞ」
「この一帯でいくつかの地点で土を掘り返して、土壌や地層、化石が早々に出ればそれも含めて調査を行いたいのです。ただ、現時点ではどの地点を掘り返すかがまだ定まっておりません。まずは予備調査を行う必要があるのですが、そのために放牧地と言えばいいのでしょうか、屋外の敷地を見て回ることを許可していただきたいのです」
「なるほど。話は分かりました。ただ、冬場でも家畜に散歩させる必要があるし、どこもかしこもオーケーという訳にはさすがにいきません。そもそも掘り返されては困る場所もありますしね。穴ぼこに家畜が足を取られでもしたら大変だ」
「無論、その点は予備調査後に改めて可否の判断をお願いします。それと調べると言っても敷地をくまなくではありません。化石の出やすい、有望な地形というのはだいたい定説が固まっていますから。農地のど真ん中をもぐらみたいに掘り返すようなことは絶対にないとお約束します。斜面に近い場所が中心になるでしょう」
「ふむ」
メイズが付け焼き刃の知識プラスはったりをかませて弁じ立てると、アランは思案げにうなずいた。腕組みをしてその場で小さな円を描くように歩き回り、やがて足を止めるとおもむろに言った。
「了解した。メイズさんの話、基本的に受け入れます」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるメイズに、アランは「いや、いいんですよ」と応じ、話を続けた。
「それよりも予備調査は我が敷地内だけにとどまらないのでしょう?」
「え、ええ。まあ、当然そうなります。周辺も調べないといけない。むしろそちらの方がメインです」
ショーラック農場に目的を絞ってきたと受け取られぬよう、メイズは肯定した。アランは分かっていると言いたげにまた首を縦に振った。
「でもそれを行うには、メイズさん一人ではこの土地に不案内だし、大変でしょう。そこで私の方から一人、この辺りに詳しい案内役を付けるというのはどうかな」
「案内役、ですか」
メイズは頭の中でせわしなく算段を図った。
案内と言えば聞こえはいいが、見張り役と言えるかもしれない。仮にアランが百パーセントの親切心から案内を付けることを言ってくれたのだとしても、メイズにとっては秘密の行動がやりにくくなる。
一方で、この申し出を断れば不審を招く恐れが皆無とは言えまい。普通に考えればありがたい話なのだ。
(難しいところだが、ここは受けるべきだ)
そう判断した。
「願ってもない話です、アランさん。実は体力的にも人手は多い方がいい。案内の方のその方面もサポートしてもらえたら大助かりですよ」
「ははは。ならば体力自慢の男を一人、よこすとしましょう」
アランは頭の中で人選しているのか、斜め上に顔を向け、軽く目を瞑った。
(さっきすれ違った巨漢のルエガー氏ではないだろうな)
メイズはそんなことを想像した。
続く
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