7 / 9
7.
しおりを挟む
「分かりません。離婚後、娘とはたまに会うだけで、そういう話は出なかったし……」
「そうですか。まあ、仮に意識していないとしても、周りの友達がそういう目で見るかもしれない。それが嫌だったということはあり得るでしょうね。……二人は、何をして時間を潰したんでしょう?」
「え?」
「たとえばですよ、夜九時から翌朝の六時まで一緒にいたとすれば、九時間ある。おしゃべりや買い物だけで費やせるものじゃない。簡易テントを持ち出してるくらいだから、仮眠を取ることもあったでしょうが、それでもまだ時間は余る気がします。子供だから、映画館のレイトショーを観る訳にもいかない。何かあると思うんですよ。共通の趣味とか」
「趣味ですか……真麻は演劇に興味を持っていたが、中学には演劇部がなかったこともあって、まだ自らやろうという感じではなかったなあ。他には、スポーツはハンドボールが好きで……勉強は理科が好きだった。あと、料理を覚えようとしていたっけ」
「多岐に渡っていますね。色々なことに興味が向いている。のめり込んでいたようなものは、まだなかったと?」
「うーん、残念ながら、思い当たる節がないですな」
「了解しました。保志朝郎君の側から、探ってみることにします」
事前にアポイントメントを取る段階で用件を伝え、OKをもらっていたにもかかわらず、実際に会ってみると、保志新次郎はまだ難色を示していた。
「蒸し返されるのは、本意ではないんだ」
お茶を出した女性が下がると、開口一番、相手は流に向かってそう告げた。
場所は保志新次郎自身の弁護士事務所。防音はしっかりしているから、言いたいことを言えるのだろう。
「迷惑だとまでは言わないが、今さらというのが正直な感想だ。盛川さんからの依頼と聞いていなければ、断っていましたよ、ええ」
「時間を割いてくださり、ありがとうございます」
流は礼を述べると、腕時計をちらりと見やった。相手は職業柄、スケジュールが詰まっていることを匂わせている。すぐにでも用件に入りたい。
「先日の電話の際にお伝えしましたが、ご子息の朝郎君は、夜遊びをするような子ではないと、私も踏んでいます。新次郎さん、あなたも父親として、そう信じておられることでしょう」
「それはもちろん。でも、当時は、いくら主張しても受け入れられず、言葉を費やすことに疲れてしまって、沈黙を選んだ」
嫌な経験を思い起こしたのか、新次郎は目線を下げ、小さくため息をついた。
「今になって調べ直し、真実を世間に知ってもらおうとも思っていなかった。とにかく、蒸し返したくなかったんだ。だが、あなた方の話を聞いて、多少は気持ちが動いた。それは認める。だからこそ、こうして協力をしている」
「感謝しています」
「冷たい親だと思われたくない。そんな気持ちもあった。やるからには徹底してやってもらいたい」
新次郎が面を起こし、流をじっと見つめてきた。感情が露わになっていた。彼はお茶を一口飲むと、また話し出した。
「流さんが言っていた趣味のことだが、私も妻も子供には自由にさせていたので、正確には分かっていない。欲しがる物があれば、ほとんど買い与えていた。小学六年生から中学一年生に掛けては、ラジコンカー、スマートフォン、ゲーム機、バスケットシューズ、図鑑……それこそ何でも買った。全てが趣味と言えるかどうかは微妙だが、あの子が関心を持っていたのは間違いあるまい。私は子供に対して、途中で投げ出すようならはじめから好きになるな、よく見極めてからのめり込め、みたいなことを言った覚えがある。だから朝郎も、色々な方面にアンテナを広げて、そこから一つを選び取ろうとしていたのかもしれないな」
「なるほど。ところで、バスケットシューズというのは? 失礼ですが、朝郎君の身長では……」
「そうですか。まあ、仮に意識していないとしても、周りの友達がそういう目で見るかもしれない。それが嫌だったということはあり得るでしょうね。……二人は、何をして時間を潰したんでしょう?」
「え?」
「たとえばですよ、夜九時から翌朝の六時まで一緒にいたとすれば、九時間ある。おしゃべりや買い物だけで費やせるものじゃない。簡易テントを持ち出してるくらいだから、仮眠を取ることもあったでしょうが、それでもまだ時間は余る気がします。子供だから、映画館のレイトショーを観る訳にもいかない。何かあると思うんですよ。共通の趣味とか」
「趣味ですか……真麻は演劇に興味を持っていたが、中学には演劇部がなかったこともあって、まだ自らやろうという感じではなかったなあ。他には、スポーツはハンドボールが好きで……勉強は理科が好きだった。あと、料理を覚えようとしていたっけ」
「多岐に渡っていますね。色々なことに興味が向いている。のめり込んでいたようなものは、まだなかったと?」
「うーん、残念ながら、思い当たる節がないですな」
「了解しました。保志朝郎君の側から、探ってみることにします」
事前にアポイントメントを取る段階で用件を伝え、OKをもらっていたにもかかわらず、実際に会ってみると、保志新次郎はまだ難色を示していた。
「蒸し返されるのは、本意ではないんだ」
お茶を出した女性が下がると、開口一番、相手は流に向かってそう告げた。
場所は保志新次郎自身の弁護士事務所。防音はしっかりしているから、言いたいことを言えるのだろう。
「迷惑だとまでは言わないが、今さらというのが正直な感想だ。盛川さんからの依頼と聞いていなければ、断っていましたよ、ええ」
「時間を割いてくださり、ありがとうございます」
流は礼を述べると、腕時計をちらりと見やった。相手は職業柄、スケジュールが詰まっていることを匂わせている。すぐにでも用件に入りたい。
「先日の電話の際にお伝えしましたが、ご子息の朝郎君は、夜遊びをするような子ではないと、私も踏んでいます。新次郎さん、あなたも父親として、そう信じておられることでしょう」
「それはもちろん。でも、当時は、いくら主張しても受け入れられず、言葉を費やすことに疲れてしまって、沈黙を選んだ」
嫌な経験を思い起こしたのか、新次郎は目線を下げ、小さくため息をついた。
「今になって調べ直し、真実を世間に知ってもらおうとも思っていなかった。とにかく、蒸し返したくなかったんだ。だが、あなた方の話を聞いて、多少は気持ちが動いた。それは認める。だからこそ、こうして協力をしている」
「感謝しています」
「冷たい親だと思われたくない。そんな気持ちもあった。やるからには徹底してやってもらいたい」
新次郎が面を起こし、流をじっと見つめてきた。感情が露わになっていた。彼はお茶を一口飲むと、また話し出した。
「流さんが言っていた趣味のことだが、私も妻も子供には自由にさせていたので、正確には分かっていない。欲しがる物があれば、ほとんど買い与えていた。小学六年生から中学一年生に掛けては、ラジコンカー、スマートフォン、ゲーム機、バスケットシューズ、図鑑……それこそ何でも買った。全てが趣味と言えるかどうかは微妙だが、あの子が関心を持っていたのは間違いあるまい。私は子供に対して、途中で投げ出すようならはじめから好きになるな、よく見極めてからのめり込め、みたいなことを言った覚えがある。だから朝郎も、色々な方面にアンテナを広げて、そこから一つを選び取ろうとしていたのかもしれないな」
「なるほど。ところで、バスケットシューズというのは? 失礼ですが、朝郎君の身長では……」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
江戸の検屍ばか
崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる