福水盆に帰らず

崎田毅駿

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福水盆に帰らず 1

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 管理者を兼ねた寮母の牛島うしじまから承諾を得て、女子棟に入った男二人は、慣れた様子で廊下を進んだ。さほど歩くことなく、目的の部屋の前に辿り着く。
 桜井剛彰さくらいごうしょうは、一〇一号室のドアを景気よくノックした。中からの返事を待つ間を惜しんだか、ノブに触れ、回そうとする。
「だめだよ」
 その手首を、別の手が掴む。烏有神威うゆうかむいは、桜井の顔を切れ長の目で見据えながら云った。
「一応、レディの部屋なんだから。そうでなくても、いきなり開けるのは失礼極まりない」
「一応ってのは、失礼じゃないのか。いくら一ノ瀬いちのせだって、聞いたら怒るぞ」
 それでもノブから手を離した桜井。宙に浮いた左手は所在なげに、開いたり閉じたりを二度、繰り返した。それがおもむろにぎゅっと握られる。
「だいたい、俺達は親友だろ。いちいち気にしても――」
「返事がないな。いるはずなのに」
 桜井の話を無視する形で烏有は呟くと、今度は彼自身がノックをした。控え目で軽やかな音が響く。
「一ノ瀬君? 眠っているのか」
「起きてるよ~」
 扉越しに、声がくぐもって届いた。続いてドアが開く。手の甲にガムテープ数枚を着けた一ノ瀬和葉かずはが、頬被り姿で現れた。知らない人が見れば、部屋に侵入した泥棒だ。
「使い方が間違ってる」
 烏有が指摘し、手を伸ばす。赤い布を取り上げると、三角巾状に畳み、改めて一ノ瀬の頭に被せた。最後に布の両端を結び合わせる。
「ありがとー。泥棒から赤ずきんに、かれーなるへんし~ん」
「分かっていてやっていたのか」
「分かってなかったよん」
「準備、進んでいるか?」
 桜井が部屋に首を突っ込み、中を覗き込む。段ボール箱や旅行用の大型鞄がいくつかあった。他には、薄いノートパソコンとそれよりさらに小さい携帯端末が一つずつ。そして最も目立つのが、本の山。
「いやあ、古い物をひっくり返すと、色々な発見があって、面白くて面白くて。こんなことしてる場合じゃないと、はっと気付いて、困ったにゃーって、頭を掻いていたところ」
 猫の前足みたいな手つきをして、両頬の辺りに持ってくる一ノ瀬。猫っぽい目つきと相まって、想像をたくましくすれば、左右三本ずつの髭や猫耳も見えて来よう。
「何が面白いんだか。てきぱきとやらなきゃ、夜になっちまう。ぐずぐずしてたら、俺達も牛島のおばさんから睨まれるんだぞ」
「荷造りできた分から運び出すとしよう。一ノ瀬君は、面白がっていないで、どんどん箱に詰めていって」
「分かったにゃ」
 作業に取り掛かる三人。今日から夏期休暇に入った学園の寮内は、既に九割方が帰省しており、図体の大きな男が荷物を持って廊下を行き来してもさほど邪魔にならないし、奇異の目で見られることもない。
 五分と掛からず、ある分だけ軽トラックに積み終えた男二人は、部屋に引き返すと、残る荷造りを手伝い始めた。
「なあ、これ、全部読んだのか」
 本を重ね、高さを調整しながら桜井が聞く。一ノ瀬はガムテープと格闘しながら答えた。
「読んだよん。読まなきゃ本じゃない」
「ちょっとぐらい、処分した方がいいんじゃねえか。重いだろ」
「まだ身に付いてないから、手放すに手放せられられない……あれ? 手放すに手放されない……手放せれない……手放せられない」
「意味は通じたから、いいよ」
 烏有が手を休めることなく、苦笑の息を漏らす。桜井がさらに聞いた。
「てことは、身に付いたやつは処分してるのか。処分してこれか?」
「だいぶ減ったんだけど、ミーの記憶領域はあんまり大した容量じゃないか、それとも有効に利用できてないみたい」
「充分だよ」
「ところでさあ、しゅうさんはまだ来ないのかなあ? あのベッド、あげる約束してるんだ」
 カッターナイフで壁際を差し示す。組立式のパイプベッドがあった。既に分解してあるが、梱包はまだ。
「周なら、遅れるってさ。何か手続きをし忘れていたと云っていた」
「そっかあ。じゃあ、あのままにして待つしかない」
「なあ、ほんとにいらないのか。越した先でも使えるだろ」
 桜井の問いに、一ノ瀬はわざわざ立ち上がると、ベッドの脇に立ち、その黒いパイプをぽんぽんと叩いた。
「ゆったりと包んでくれるいい奴だったけど、ミーには大きすぎたね。新しく、かわいい奴を買うつもりさっ」
「周にはぴったりか」
 烏有が周の姿を思い浮かべる風に、上目遣いをした。対照的に桜井は腕組みをし、うんうんと頷く。
「西洋人はでかいもんなあ」
「オランダの成人男性は平均身長が一九〇ぐらいあるとか、聞いたな」
「周はドイツだぜ」
 烏有の知識披露に、桜井が突っ込む。
「近隣だから、参考にはなるだろう」
 云い返した烏有が荷物を持ち、立ち上がろうとした。ドアの方に向いた彼の目が、若干、見開かれる。女性が一人、立っていた。細面で、すらりとしている。長い黒髪に赤系統のメッシュがアクセントを効かせていた。
「しゅうっていう名前で、ドイツの人なの?」
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