十二階段

崎田毅駿

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告白

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「改めて言うほどのことじゃないのでは? 男子全員の名前を把握しているだけでも、クラスメートが有力容疑者になるのは物の道理ってやつでしょ」
「もう一つ、条件がある。柏原さんが桧森から聞いたんだが、ここにいながらにして、遠く離れた郵便局の消印の押された郵便物を出すことは可能だってさ」
 僕は簡単に説明をした。昨晩、改めて調べ直し、そのサービス名が郵頼だということも分かった。
「その方法で差出人が消印に細工したとして、何か変わる?」
「差出人は何のためにそんな手間を掛けたかを考えてみればいい」
「決まってる。アリバイ作りだろ」
「差出人は、柏原さんに対してアリバイ作りをしている。ということは、差出人は柏原さんと顔見知りで、現時点で彼女としょっちゅう会う立場にいるはず。そうでないとアリバイ作りが意味をなさない」
「えっと、つまり、クラスメートの中で、現在、柏原さんの周辺にいる者が差出人てこと?」
「そうなる。僕かおまえ、二人しかいない」
 コピー機の音が静かになった。たまっていた用紙を再び集めて、出川の鞄に入れる。
「水掛け論になるが、僕は僕がやっていないことを知っている。だから残る一人に対して、確認をしなければならない」
「やだなあ。僕を疑うの?」
 コピー元の資料をかき集め、揃える出川。
「そりゃまあ、今の話を聞いていたら、この流れになるのも分かるけど、でもおかしいよ」
「何がおかしいって?」
「バイクの僕を転倒させたのは誰なのか、とか」
「多分、差出人とは全くの無関係だ。どこかの誰かがいたずらでブロックを置いたか、廃材か建築資材でも運んでいたトラックが何らかのアクシデントであの現場にブロックを落としたか。とにかく人為的なものだとしても、出川を狙ったんじゃなく、誰でもいいから転ばせたかった愉快犯だと思う。要するに、二つの事件が重なったのは偶然だ」
「そんな。じゃあ、三通目の内容は? 詳しく話してくれてないけど、何か犯人につながる条件とか証拠とか、なかったの?」
「何で急に“差出人”から“犯人”に変えたのか分からないが、小四のときの柏原さんの義理の親父さんが殺された事件、あれが頭をよぎったのか」
「あ、ああ。おかしくないだろ。二通目で、すでに言及されてたんだから」
「確かに。二通目では十八あった署名が、三通目では一つになっていた。僕の名前だけに」
「それじゃあ」
 表情を明るくする出川。僕はやや俯きがちになって、首を横に振った。
「いや、おかしいだろ。僕が犯人なら、自分の名前を書くと思うか? 裏を掻いて敢えて自分の名前を出すのも、リスクが大きすぎる。何しろ、事件は脅迫だけに留まらない。殺人も絡んでくるんだ」
「それはそうかもしれないけど。脅迫と言ったって、何の要求もしてないんだし、殺人は小さな子供の頃の話。柏原さんにも負い目があるから警察に通報されることはないという理屈だって成り立つ」
「……おかしいな。僕はさっき脅迫という言葉は出しだけれども、要求がなかったなんてことは喋ってない」
「え」
「おまえは今、犯人しか知り得ないことをぽろっと喋ったんだ。これが秘密の暴露ってやつかな」
「……録音でもしていたというのか」
「ああ、一応している」
 僕は自分のショルダーバッグの外ポケットを指差した。
「認めてくれるのなら、僕や柏原さんからはこれ以上何もしない。ただ、話を聞かせて欲しい」
「……どんな?」
「差出人の書いた内容は、僕が柏原さんの義父を刺したことを知っていて、なおかつ本当に殺したのは差出人自身だと思われた。実際はどうだったのかを聞きたい」
「……分かったよ。大崎が授業を休んでいいのなら、どこか別の場所で話そう。人が増えてきた」

 キャンパス内の公園的スペースに移動した。柏原さん――小仲さんと再会してから二度目に会った場所だ。朝一の授業が始まり、今は他に誰もいない。僕らはベンチに、少し距離を取って横並びに座った。
「僕はあの事件の寒い日、君をつけていた」
「つけて?」
 見られていたのだろうなとは想像できていたが、まさか尾行とは。
「うん。君がその前の前の日ぐらいから、名前を呼ばれて尋常じゃない目付きで振り返ったり、妙にハイテンションになったり、かと思えば塞ぎ込んだ様子を見せたりと、明らかにおかしかったから」
「そう見えていたのか」
「これは何かあるんじゃないかと思って、あとをつけた。そうしたら、小仲さんがいた家に向かうから、何となく嫌な予感を覚えたよ。君が小仲さんと仲がよかったのは、みんながよく知っていたしね。でもまさか、刃物で刺すとは思わなかった。君は大して動揺した様子もなく、さっと立ち去った。ちょうど雪が降り出すのと同じだったよ。僕は迷ったが、とりあえず刺されたおじさん――柏原さんの義父の様子を見に走った。すると、おじさんは息があって、助かりそうだった。だけどこのまま生還されたら、大崎、君が捕まってしまうかもしれない。だから聞いたんだ、『このこと、警察に言わないでくれますか』って」
「ええ?」
「それを約束してくれたら助けを呼ぼうと考えたんだ。子供だよね、考え方が。今思い出しても、めちゃくちゃ恥ずかしいし危なっかしい。おじさんは痛みで苦しいのか、なかなか返事しなかった。その内雪がうっすら積もり出して、僕もいつまでもこうしていられないと思った。そのとき、おじさんが口を開いたんだ。『誰が、こんなことを、黙ってやるものか』って。僕は焦りもあって、すぐさま決断した。刺さったままだった刃物を抜き、おじさんを刺した。三度か四度か、数えちゃいなかったけど。おじさんが死んだのを確かめてから、足元をぐちゃぐちゃに踏み荒らして、誰も通り掛からないタイミングを見計らい、門を出た」
「……」
「他に聞きたいことは」
 唖然としていた僕だったけれども、出川の声で我に返った。反射的に応える。
「理由だ」
「おじさんにとどめを刺したのは、今言ったままだ。このままだと君が捕まる恐れがあると思った」
「じゃあ、今になって何でこんなことをした? 柏原さんに妙なメッセージを送り付けるなんて」
「え、分からないんだ」
 心底意外そうに目を丸くし、口もオーの字の形になる出川。僕は歯がみして言葉を継いだ。
「まさか、何年かぶりに柏原さんと再会して、舞い上がったのか? これは運命だとか思って。それで彼女に、今の君があるのは、自分が義理の父親を殺したおかげと知ってもらいたくて、徐々にエスカレートしていった」
「そんな風に思われていたのか」
 出川は僕から視線を外すと、前を向いた。
「違うって言うのか。でも、おまえの初恋の相手ってのは柏原さん、いや、小仲さんのことなんだろ? 告白するチャンスだと捉えて――」
「いいよ、もう。やっぱり、僕は感情表現が苦手みたいだ。好きだっていう感情が、うまく伝わらない」
「いいことあるか。小仲さんが初恋の相手と考えるしか、辻褄が合わない」
「……僕も感情表現が相当下手だけど、君の方も少し変わっていると思う」
 出川は僕の方をちらと一瞥し、また前を向いた。
「僕の初恋の相手は君だよ、大崎」
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