十二階段

崎田毅駿

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足元には要注意

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 突拍子もない説と一笑に付すのは簡単だった。
 だけれども、現状、どこに真実が転がっているか分からない。すぐにでも確認したい衝動に駆られる。
「出川君に電話してみたら? 根岸君の話をすれば、思い出すかも。その上でその根岸さんが根岸君であるかどうか、考えてもらえば」
「そうするか」
 電話をしようとして、手が止まる。
「今はだめなんだ。あいつ、事故のときに携帯端末を壊して、修理中だった」
「固定電話はないの?」
「下宿だからなあ。あるかもしれないが、聞いてない。しょうがない、このあと寄って、聞いてくる。写真があれば僕も見てみるよ」
 僕はそう言いながら、柏原さんを見ると、彼女は彼女で何やら携帯端末をいじっていた。程なくして、「確認する必要ないかも」と言い出した。
「どうして」
「ふと気になって検索したの。性転換手術を受けられるのは何歳からなのかなって。そうしたら、二十歳からだって」
「あ、そうなんだ……」
「ごめんね、適当な思い付きを言って」
「いや。僕も知らなかったし。まあ、海外での手術の可能性や、手術を受けずに外見だけ見違えるくらいに変化させている可能性なんかも考えたら、きりがない。一応、この線はなしってことで」
 ついさっきまで頭の中で、小中学校のときの根岸に女装をさせた姿を想像していたのだが、しっくり来なかった。こういう表現は今どき通用しなくなりつつあるけど、いわゆる男らしい性格だったしな。
「差出人が誰にせよ、出川君とだけ接触していて、私や大崎君とは面識がないのなら、こんな手紙を送ってくること自体、ちょっとおかしい気もしてきたわ。私が出川君達に相談をしなかったらどうなるんだって話。私が小四のときに大崎君にあのことを持ち掛けたと知っているのなら、出川君じゃなく、大崎君に前もって接触しておくものでしょう?」
「それもそうだ。何かちぐはぐだな。やはり、僕の周りに現れているのかな。気が付かないだけで」
「でも、名前を変えたり、整形したりっていうのは考えにくいと思う。いつどこで私や大崎君と再会できるか、分からないはずなんだから」
 頷ける意見だ。最初に柏原さんがアリバイトリックの話をした影響なのかな、ミステリー的、推理小説的に考える癖が付いてしまったようだ。
 逆に、もっとシンプルに考えていいんじゃないか。つまり――。

 翌日、僕は出川の登校をサポートした。と言っても、バスに一緒に乗り、荷物を持ってやるぐらいだが。まあ、雨が降っていなくてよかった。
 バスは生憎と満席で、出川は僕にしがみつくようにして立っていた。カーブの度に思わぬ方向に力が掛かり、僕は冷や汗ものだったのに、出川の方は半ば楽しんでいるように見えた。わざと引っ張っているんじゃないだろうなこいつ、と感じたくらいだ。幸い、少ししたら親切な人が席を譲ってくれて、助かった。ひょっとしたら、男二人がきゃっきゃきゃっきゃと騒ぐのを見ていられなかったのかもしれない。
 大学に着いたのはいつもより早かった。出川が授業関連のコピーを取るのに時間がほしいと、早めに出たのだ。
 院生は館内のコピー機を無料で使えるカードを配布されるらしいが、僕ら学部生にそんなものはない。生協前のコピー機に向かったが、先客がいた。仕方がないので図書館に向かう。生協のコピーは校門から近いが、階段を上がらねばならない。図書館は校門から遠いが、一階にある。足が完治していない出川にとっては、どちらも似たようなものか。
「あら久しぶり、出川君」
 途中、すれ違った女子に声を掛けられていた。出川は曖昧に笑って、「やっと復帰だよ」程度の言葉を返していた。
 図書館に着く。一階のロビー?にあるコピー機は空いていた。
「さて。何か手伝えるかな」
「さすがにここはいいって。お金を手伝ってくれたらありがたいけどねえ」
「それは難しいな」
 コピーを始めた。僕はもう立ち去ってもいいのだけれども、付き合うことにした。話があるからだ。
「なあ、出川」
「ん?」
 背中を向けたまま、抑揚に乏しい返事をよこす出川。
「昨日の夕方、事故の現場に行ってみたよ」
「事故って、僕がバイクで転んだ?」
「そう。例の郵便物の事件と関係あるかないか、ヒントが掴めればと思って」
「ふうん。どうだった?」
「思っていたより交通量はあったな。時間帯にもよるんだろうが、出川が事故に遭ったときはどんな感じだった?」
「……転んだときのことはパニクって覚えてないけど、普段はそれなりじゃないかな。午後八時から九時と言えば、あの辺の会社員の帰宅時間だ」
「そうか。目撃者はいなかったみたいだけど、助けてくれたのは通行人?」
「うん。携帯端末が壊れていたのもあって、僕一人じゃちょっと動けなかった。少ししたら男の人が通って、通報してくれた。ああ、あの人へのお礼、しないとな。そのために名刺をもらったんだし」
「一応、聞くけど、その男性がブロックを置いた犯人てことはないよな」
「まさか!」
 コピー機を動かしたまま、振り返る出川。
「五十近いおじさんで、身なりのきちんとしたサラリーマンだった。道路に置きブロックして事故るのを待つなんて暇な真似をするような感じじゃなかった」
「だよな。犯人なら名刺をくれるはずないしな。――現場を見て感じたことがあって、ブロックを置いた奴はおまえを狙って転倒させられるもんかなっていう」
「何でまたそんな疑問を。あ、そうか。柏原さんの件と関係あるかどうか、だったね。関係あるのなら、僕をピンポイントで狙う必要がある」
「その通り。で、僕の見た率直な感想は、特定の一人を狙って転倒させるのは難しいんじゃないか、だ。あそこは街灯があるから、結構明るい。転倒する前にブロックを見付けて回避する可能性はかなり高そうだ。それにさっきも言ったように、交通量は意外と多い。出川一人が通るのならまだしも、何人かいる中でおまえを狙って転ばせるのは、ブロックでは無理だと思う。やるのなら、丈夫なロープを道路に渡して、ターゲットが近付いてきたときにぴんと張る。これなら何とかなる」
「それじゃ、僕の事故は、柏原さんに届いた変な郵便物とは無関係?」
「その可能性が高いと判断した」
「うん、それならそれでいいよ。柏原さんもちょっとは安心できるんじゃないかな。差出人が実力行使に出た訳じゃないと分かれば」
「そうだな」
 僕はコピー機に近付き、吐き出されてくる用紙をまとめて取った。過度を揃えてから、出川に渡す。
「ほい」
「ありがと。ついでに、鞄に入れてくれるか」
「了解」
 鞄を開けて、コピー用紙をしわにならないように入れた。
「ところでなんだが、出川が差出人の被害に遭ったんじゃないとすると、ある仮説を再検討しなくちゃいけなくなるんだ」
「へえ、どんな?」
「僕は柏原さんと話をして、差出人はやっぱり僕らのクラスメートの誰かだという結論になった」
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