十二階段

崎田毅駿

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思い出話と打ち明け話

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 横を通り抜けた彼女に声を掛け、同時に、コピー元と表現していいのかな、何かの図表みたいな紙を取り出した。数歩戻った小仲さんに手渡す。
「ありがと!」
 受け取った彼女は、転げ落ちそうな勢いで階段をたたたたと、軽快に降りていった。背中があっという間に小さくなる。目で追うのを諦めた。
「連絡先、聞く暇がなかったな」
 無意識に、そんな言葉が出た。
 でも、同じ大学にいるのだから、いずれ会えるだろう。
 確信して、僕は自分のためのコピーに取り掛かった。

 コピーを終えて出川と再合流した僕だけれども、小仲さんと偶然出くわしたことは言わないでいた。
 出川も同じ小学校で、小仲さんとはクラスメート、当然顔見知りだっていうのに。どうして話さなかったのかを考えてみると……多分、色々な要素が絡み合っている。
 久しぶりの再会を果たしたことを、独りで噛みしめたいのが一番大きくて、それから、次にまた会ったあとでいいかという先送りの気持ち。付け加えるなら、彼女の今の姓がなんていうのかを知ってからにしようという考えもあった。小仲さんの今の姓が例えば鈴木だとして、出川に「友達の女の子を紹介するよ。鈴木って言うんだけど」と前振りをした上で、実際に会ってみると小仲さんだって言うのは、なかなかのサプライズになる。嘘をつかずに、びっくりさせられるのがいい。
 あと、やっぱり……彼女の義理の父親のことを嫌でも思い起こすから、というのもあるにはあった。僕がやったことを抜きにしても、話題に上ること自体が辛い。かといって触れないように避けるのも不自然だし、難しいところだと思う。心の準備を整えるには、時間がなさ過ぎた。

 ところが、よくしたもので、彼女との次なる再会は早かった。入学後一月以上、互いの存在に気付かずにいたというのに、一度会うことで無意識の内に捜しているのかもしれない。
 本部棟までのだらだら坂を、ゆっくり歩いていていると、横合いから声を掛けられた。
「おおい。これから授業?」
 小仲さんの声だと分かり、僕はその方角を向いて、軽く手を振った。
 彼女はキャンパス内の公園的なスペースに、一人でいる様子だった。ベンチに触れるようにして立っている。
 小仲さんと話したいのは山々だけど、あまり時間を取るようだと授業に間に合わない恐れがある。
「――いてて!」
 逡巡する僕の脇腹を、出川の肘が小突いてきた。
「誰あれ。女子の友達っていたの」
「――何言ってるんだ」
 僕は少しだけ考え、以下に応対するかを決定した。
「あの子は確かに友達だ。しかし、出川、君にとっても友達なんだぜ」
「はあ? それはその、友達の友達はみな友達だっていうあれかい?」
「違うな。ようく見ろよ」
 僕の言葉を素直に受け取り、出川は眼鏡を交換した。
「……分からん。寄る年波か、すっかり視力が衰えちまってのう」
 ふざける出川の肩を叩き、「視力よりも記憶力じゃないか」と言ってやった。
 僕らが立ち止まっているのを見たためか、小仲さんは走ってこちらにやって来た。悪いことをしちゃったと思う。けど、これで図らずも出川にちゃんと紹介、いや違うな、確認させることができる。
「あれー? 見覚えのあるような人が一緒にいると思ったら、やっぱり。んー、でも違うのかな。昔と印象がだいぶ変わった」
 小仲さんの方が出川を見てペラペラと喋る。出川の方も、記憶の片隅を刺激されたようで、眉間に手を当てて考え込む仕種を見せた。
「ねえ、大崎君、そちらの方もひょっとしたら同級生じゃない?」
「そうだよ。今思い浮かんでる奴で、多分当たっているんじゃないかな」
 僕の言葉で確証を持てた様子の小仲さん、僕の隣に目線を移して、「出川君、だよね?」と聞いた。
「あ、うん、そうだけど。てことはその雰囲気……小仲さんだ」
「当たり。でも、今は小仲じゃないんだよ。大崎君にも言いそびれてたわよね」
「ああ。時間なかったから」
 この短いやり取りを、出川が気にしたようだったが、説明をしている暇がない。
「今は柏原かしわばら。柏原富美として覚えてね、よろしく」
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