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ずれてきた目的
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関西からの出張サラリーマンという風情の男性二人組の片割れが、女性店員に、
「初めて来た店やったけど、うまかった。おる間、また寄せてもらうわ」
と言ったのだ。
常連客ばかりではなかったことが確定した。関西弁だけで判断するのはよくないが、何となくがさつな印象を与える彼らも、店主から怒鳴られたりマナーを直されたりすることはなかったと思う。
これはもしかして、店主が交代したのではないかしら。あまりにお客への口出しが多くて、客足に響くようになり交代させられた、とかじゃないの?
店員を呼び、尋ねてみたい誘惑に駆られたんだけれども、調査員の正体に感付かれかねない言動は慎むようにとのお達しが異趣欄から出ている。店主が以前と違うのかどうかを確認するにしても、ストレートに質問するのはやめておいた方がよさそう。
思い悩んでいる間にも食は進み、いつの間にか平らげていた。満足の行く味であった。髪や衣服に残るであろう匂いも多分、気にならないレベルじゃないかと期待する。食べ終えてからの長尻は店の人の印象に残って、今後の調査によくない影響を及ぼすかもしれない。なので、今日はすっと立ち去ろうと思う。
伝票を取り、席を立ってレジに向かうと、呼ぶまでもなく例の店員が入ってくれた。ぴったりの代金を出して、レシートを受け取る。
「ありがとうございましたー」
「ごちそうさまです」
そう言って、店の外に出た。一度だけ振り返って、店主の様子をのぞき見てみたが、特段、怒っているような様子はなかった。結局、何もかもがいい感じで終わってしまった。
お店としてはとてもいいんだけど、調査員としては少々困るわ。この調子で最終日まで行ったら、レポートの書きようがない。いや、書けるけれども、全然口うるさくない店主でした、では私が調査をさぼって嘘を書いたみたいに受け取られないかしら。
明日の二日目は、もうちょっとだけお客としての行動をエスカレートさせてみようか。コップを落として割るとか、テーブルにある割り箸入れをぶちまけるとか……ううっ、気が進まない。単なる嫌がらせに来てるみたいになっちゃうよね、これじゃあ。
料理にケチを付けたら、さすがに怒るに違いないが、そういう次元の話とも違うんだし。あのお店を普通に利用したお客が、当たり前のように店主から注意され、マナーを指摘され、小言を食らうという当初思い描いてていた状況とは懸け離れている気がしてならない。
これって、異趣欄がガイドラインで示していた、異常事態に当てはまるんじゃないのかな。「調査対象が常態と著しく異なる場合、もしくは異なる可能性が高い場合、速やかに異趣欄の地域本部に報告し、判断を仰ぐようにしてください」とのルールがある。店主が調査すべき人物ではなく、別の人に交代していたのなら、無意味だろう。
と、そんな風に心中でぶつぶつ言っていたら、ふと、思い付いた。あまりに簡単すぎて、見逃していた店主確認方法。そう、インターネット上である。そこそこ有名なカレーの店なのだから、店主の顔写真ぐらいいくらでも転がっていて当然よね。愛用の携帯端末を取りして早速、ネット検索をスタート。店の名前『和カレーの逢太郎』に加えて、「店主」あるいは「店長」をキーワードにして、画像検索。一秒足らずで、結果がずらっと並んだ。
ずらっとと言っても、せいぜい二十件ほどである。そのほとんどが、文字通り頑固そうに口を真一文字に結び、腕を組んで写真に収まっている男性の姿だ。そしてその男声こそ、カウンターの向こうで料理を作っていた人で間違いなかった。
「ということは」
再び、無意識の内に声を発していた。
興味の焦点は、店主の土方雷蔵氏が、いつからこんなおとなしい、寡黙な感じになったのか、に移りそうである。
つづく
「初めて来た店やったけど、うまかった。おる間、また寄せてもらうわ」
と言ったのだ。
常連客ばかりではなかったことが確定した。関西弁だけで判断するのはよくないが、何となくがさつな印象を与える彼らも、店主から怒鳴られたりマナーを直されたりすることはなかったと思う。
これはもしかして、店主が交代したのではないかしら。あまりにお客への口出しが多くて、客足に響くようになり交代させられた、とかじゃないの?
店員を呼び、尋ねてみたい誘惑に駆られたんだけれども、調査員の正体に感付かれかねない言動は慎むようにとのお達しが異趣欄から出ている。店主が以前と違うのかどうかを確認するにしても、ストレートに質問するのはやめておいた方がよさそう。
思い悩んでいる間にも食は進み、いつの間にか平らげていた。満足の行く味であった。髪や衣服に残るであろう匂いも多分、気にならないレベルじゃないかと期待する。食べ終えてからの長尻は店の人の印象に残って、今後の調査によくない影響を及ぼすかもしれない。なので、今日はすっと立ち去ろうと思う。
伝票を取り、席を立ってレジに向かうと、呼ぶまでもなく例の店員が入ってくれた。ぴったりの代金を出して、レシートを受け取る。
「ありがとうございましたー」
「ごちそうさまです」
そう言って、店の外に出た。一度だけ振り返って、店主の様子をのぞき見てみたが、特段、怒っているような様子はなかった。結局、何もかもがいい感じで終わってしまった。
お店としてはとてもいいんだけど、調査員としては少々困るわ。この調子で最終日まで行ったら、レポートの書きようがない。いや、書けるけれども、全然口うるさくない店主でした、では私が調査をさぼって嘘を書いたみたいに受け取られないかしら。
明日の二日目は、もうちょっとだけお客としての行動をエスカレートさせてみようか。コップを落として割るとか、テーブルにある割り箸入れをぶちまけるとか……ううっ、気が進まない。単なる嫌がらせに来てるみたいになっちゃうよね、これじゃあ。
料理にケチを付けたら、さすがに怒るに違いないが、そういう次元の話とも違うんだし。あのお店を普通に利用したお客が、当たり前のように店主から注意され、マナーを指摘され、小言を食らうという当初思い描いてていた状況とは懸け離れている気がしてならない。
これって、異趣欄がガイドラインで示していた、異常事態に当てはまるんじゃないのかな。「調査対象が常態と著しく異なる場合、もしくは異なる可能性が高い場合、速やかに異趣欄の地域本部に報告し、判断を仰ぐようにしてください」とのルールがある。店主が調査すべき人物ではなく、別の人に交代していたのなら、無意味だろう。
と、そんな風に心中でぶつぶつ言っていたら、ふと、思い付いた。あまりに簡単すぎて、見逃していた店主確認方法。そう、インターネット上である。そこそこ有名なカレーの店なのだから、店主の顔写真ぐらいいくらでも転がっていて当然よね。愛用の携帯端末を取りして早速、ネット検索をスタート。店の名前『和カレーの逢太郎』に加えて、「店主」あるいは「店長」をキーワードにして、画像検索。一秒足らずで、結果がずらっと並んだ。
ずらっとと言っても、せいぜい二十件ほどである。そのほとんどが、文字通り頑固そうに口を真一文字に結び、腕を組んで写真に収まっている男性の姿だ。そしてその男声こそ、カウンターの向こうで料理を作っていた人で間違いなかった。
「ということは」
再び、無意識の内に声を発していた。
興味の焦点は、店主の土方雷蔵氏が、いつからこんなおとなしい、寡黙な感じになったのか、に移りそうである。
つづく
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