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とっぽい
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ちょうど……いや、ちょうどというのは嘘で、だいぶ前から会社の事務仕事にやり甲斐を感じなくなって、私も疲弊していた。おじいさんの店をお洒落に改装して、回避と向けのカフェにするのはどうだろうと以前から思っていたのだ。小学生ぐらいのときの夢は、美味しいケーキのある喫茶店かアイドルだった。アイドルが無理なのは今さらどころじゃないのだけれど、喫茶店なら可能だ。
というわけで、旅行から帰ってきた祖父に、代わりに私が喫茶店をやりたいと、半ば恐る恐る打診してみると、意外にも二つ返事でOKしてくれた。孫娘が後を継いでくれるのが嬉しいのかと思いきや、旅行、特に船旅の魅力にはまったみたい。これには祖母の努力もあった。今では、しょっちゅうクルーズ船に乗ってあちこち行っている。
そんな状態で引き継いだものだから、気楽ではあったけれども、一人で頑張らなくてはならないことが多く、自然としっかりしていた(はず)。
今年になってからもそんなに衰えてはいない自負がある。
三月末か四月頭だったか、こんなことがあった。連城君はまだアルバイトに応募もしてない頃だから知らなくて当然だけど。うちの店のお客さんの一人が席を立ってお手洗いに行き、戻って来たところで、ふらっとなって、倒れてしまった。駆け寄った私はその方の様子と訴えから、祖父が倒れたときとよく似ていると感じ、知る限りの応急処置をしながら、他のお客さんに頼んで救急車を呼んでもらった。その電話口で、心臓、ひょっとしたら心筋梗塞の症状じゃないかということを伝えると、電話の向こうの人はさらなる応急処置を指示してくれた。その後、救急搬送されたお客さんはダメージを負ったものの順調に回復し、今では退院してほぼ元通りの生活を送っているという。感謝の手紙をもらって、そこに書いてあったのだ。
こんな具合にいざとなったらてきぱき動けるし、老け込む歳じゃない。結婚も全くあきらめていない。ただ、周りに若い、本当に若い子達がいて元気よく動くのを目の当たりにすると、私もちょっと前まではああいう感じだったのになあ、立ち仕事が段々辛くなってきたわとしみじみしてしまうことが増えた。
「これはうっかりじゃなく、当初からの予定通りなんだけれど」
そう前置きをすると、連城君が吹き出した。
「そんな予防線を張らなくたって、分かってますよ。買い出しでしょ? 何を買ってくればいいんですか」
「あ、豆と紅茶葉だから、私が行くわ。試してみたい物があるのよ。一応、目利きが必要なの」
「それじゃ、留守番をがんばってますよ。気を付けて」
「大丈夫よね? お客さんが多い時間帯じゃないし」
「平気平気。それでも何か注意すべき点があれば、聞いときますが」
「……ああ。さっき言った眼鏡。もしも留守の間に取りに来たら、お返しして」
「あ、そうですね。あの人でしょ、ちょっととっぽい感じの」
「……とっぽいの意味、多分間違えて覚えているのね、連城君」
前掛けを取って、折り畳みながら指摘する。
「え? とっぽいって、とぼけた感じとかそういうニュアンスなのでは」
あの男性をとぼけた感じと表現するのは……まあ外れてはいないか。
「違う違う。やっぱり間違えて覚えてる。そうね、教えてもいいのだけれど、辞書があるから自分で引いて。その方が覚えるだろうから」
お客さんが店内で時間を潰せるよう雑誌や本を、ラック及び棚に置いている。その片隅に、小さめの国語辞典もあるのだ。
「へーい。勉強もしときます。いってらっさい」
明らかにわざと崩した物言いで、送り出してくれた。
つづく
というわけで、旅行から帰ってきた祖父に、代わりに私が喫茶店をやりたいと、半ば恐る恐る打診してみると、意外にも二つ返事でOKしてくれた。孫娘が後を継いでくれるのが嬉しいのかと思いきや、旅行、特に船旅の魅力にはまったみたい。これには祖母の努力もあった。今では、しょっちゅうクルーズ船に乗ってあちこち行っている。
そんな状態で引き継いだものだから、気楽ではあったけれども、一人で頑張らなくてはならないことが多く、自然としっかりしていた(はず)。
今年になってからもそんなに衰えてはいない自負がある。
三月末か四月頭だったか、こんなことがあった。連城君はまだアルバイトに応募もしてない頃だから知らなくて当然だけど。うちの店のお客さんの一人が席を立ってお手洗いに行き、戻って来たところで、ふらっとなって、倒れてしまった。駆け寄った私はその方の様子と訴えから、祖父が倒れたときとよく似ていると感じ、知る限りの応急処置をしながら、他のお客さんに頼んで救急車を呼んでもらった。その電話口で、心臓、ひょっとしたら心筋梗塞の症状じゃないかということを伝えると、電話の向こうの人はさらなる応急処置を指示してくれた。その後、救急搬送されたお客さんはダメージを負ったものの順調に回復し、今では退院してほぼ元通りの生活を送っているという。感謝の手紙をもらって、そこに書いてあったのだ。
こんな具合にいざとなったらてきぱき動けるし、老け込む歳じゃない。結婚も全くあきらめていない。ただ、周りに若い、本当に若い子達がいて元気よく動くのを目の当たりにすると、私もちょっと前まではああいう感じだったのになあ、立ち仕事が段々辛くなってきたわとしみじみしてしまうことが増えた。
「これはうっかりじゃなく、当初からの予定通りなんだけれど」
そう前置きをすると、連城君が吹き出した。
「そんな予防線を張らなくたって、分かってますよ。買い出しでしょ? 何を買ってくればいいんですか」
「あ、豆と紅茶葉だから、私が行くわ。試してみたい物があるのよ。一応、目利きが必要なの」
「それじゃ、留守番をがんばってますよ。気を付けて」
「大丈夫よね? お客さんが多い時間帯じゃないし」
「平気平気。それでも何か注意すべき点があれば、聞いときますが」
「……ああ。さっき言った眼鏡。もしも留守の間に取りに来たら、お返しして」
「あ、そうですね。あの人でしょ、ちょっととっぽい感じの」
「……とっぽいの意味、多分間違えて覚えているのね、連城君」
前掛けを取って、折り畳みながら指摘する。
「え? とっぽいって、とぼけた感じとかそういうニュアンスなのでは」
あの男性をとぼけた感じと表現するのは……まあ外れてはいないか。
「違う違う。やっぱり間違えて覚えてる。そうね、教えてもいいのだけれど、辞書があるから自分で引いて。その方が覚えるだろうから」
お客さんが店内で時間を潰せるよう雑誌や本を、ラック及び棚に置いている。その片隅に、小さめの国語辞典もあるのだ。
「へーい。勉強もしときます。いってらっさい」
明らかにわざと崩した物言いで、送り出してくれた。
つづく
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