上 下
4 / 4

4.リハビリ一歩

しおりを挟む
「おう、それなら今まさに言うところだった。精神的にどうにかなっていたのか、若干、ふらふらした、一定しない足取りでね。深さも一センチのところがあるかと思えば、三センチのところもあるという具合にまちまちだった。歩幅などから、走っていたのではない、つまり犯人に追われていたのでないことははっきりしている」
「深さ三センチ……。積雪五センチなのに、三センチというのが気になる……踏み潰されて圧縮されたとしても、二センチも変わるものなのか。念のために窺いますが、館から遺体のあった地点までの足跡は、新雪の上に付いた物だと、間違いなく断定できるのでしょうか」
「……いや、それは分からん。ただ、何箇所か計測されたポイントのいくつかでは、元々深さが三センチほどしかなかったのではないかと疑われる場所もあった」
 天乃探偵の目が輝いたように、鈴木には思えた。
「岸井さん。関係者の中に、それなりに大柄もしくは体力があって、ドローンを操縦するのがうまい人物がいるか、分かるだろうか?」
「ほう、何を閃いたか知らないが、その質問にすぐに答えるのは無理。俺達の管轄で起きた事件じゃないので。だが仮にそんな奴がいたとしたら、そいつが第一容疑者になる?」
「ああ。犯人は館の中で娘の意識を奪い、背負って現場に運んでからナイフで殺したんだ。足跡は通常よりも深いものがあちこちにできたはずだが、往復時になるべく踏み潰したのに加え、館に戻ってからドローンを放ち、館から遺体まで雪を吹き飛ばしながら飛行した。さらにドローン底部に、被害者の履き物を固定し、足跡を地面に残せる道具にした。この仕掛けなら足跡は残せるが、深さがまちまちになったのは、操縦者も気が急いていたんだろう」
「……ふむ。なかなかユニークな推理だった。これまでのリハビリでは、一番よかったように思う。真実を見抜いているかどうかの判定は、現時点ではしないし、できない。ただ、まあ、そうだな。回復の兆しが見られていることにしとくよ」
 岸井はちょっとだけ口元を緩めた。
「さあて、最初に断った通り、俺達現役の刑事は、のんびりしている暇がない。そろそろお暇させてもらいますよと」
 席を立った岸井は、鈴木にも立てと、目配せで知らせた。

「密かに調べてみたんですけど」」
 天乃宅から帰りの道すがら、運転手を務める鈴木は、助手席の岸井に疑問をぶつけることにした。
「岸井さんが話した北国の洋館での殺人事件、本当に発生してます?」
「……ふふ。気が付くのが意外と早いな」
「ということはやっぱり、作り話なんですか? 道理で検索してもヒットしないと思いましたよ」
「まあ許せ。おまえにまで種を割っていたら、もっと早くに天乃探偵に勘付かれる恐れがあった。敵を欺くにはまず味方からってやつさ」
「いえ、そんなのはいいんです。分からないのは、わざわざ嘘の事件をでっち上げた理由ですよ」
「そんなもの、決まっている。天乃に復活を促すためだ。天乃探偵向けで、天乃探偵が閃き易い真相を設定し、天乃探偵がこちらの用意した答に辿り着いたら万歳!ってわけだ」
「……」
 車は行きと同様、再び高速道路人入った。
「この嘘の事件の脚本家は誰ですか。まさか岸井さんじゃないでしょうね」
「俺なんだよな、それが。脇田さん亡き今、天乃探偵を一番知っているのは俺ってことになってるから、仕方ない。文学青年に戻ったつもりで必死に作った。おまえから見てどうだった? まずまずの出来映えだと自画自賛してたんだが」
「何と言いますか……謝ります」
「はあ? 何で」
「僕は今日の岸井さんがやけに冷たいなと感じてたんです。それがお芝居と分かった。それどころか、天乃探偵のために、自ら苦労して事件の考案までしたなんて。あなたは全然冷たくなんかありませんでした」
 道は渋滞の気配が出つつあったが、まさか車を止める訳にも行かず、ハンドルを握る鈴木は、目礼だけした。
 岸井は少し遅れて、反応を示した。
「あたぼうよ」

 終わり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

籠の鳥はそれでも鳴き続ける

崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

劇場型彼女

崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。 杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。 つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?

観察者たち

崎田毅駿
ライト文芸
 夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?  ――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

せどり探偵の事件

崎田毅駿
ミステリー
せどりを生業としている瀬島は時折、顧客からのリクエストに応じて書籍を探すことがある。この度の注文は、無名のアマチュア作家が書いた自費出版の小説で、十万円出すという。ネットで調べてもその作者についても出版物についても情報が出て来ない。希少性は確かにあるようだが、それにしてもまったく無名の作家の小説に十万円とは、一体どんな背景があるのやら。

江戸の検屍ばか

崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

処理中です...