人を選ぶ病

崎田毅駿

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六.試しのとき

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 志熊はそんな石上の心の動きなんて当然知らない。お構いなしに話を続ける。
「俺は今日、説明を聞いたのもせいぜい五分余りだし、一週間前の面接のときも相手をしてくれたのは古株の正規従業員で、店主とは会っていない。条件に当てはまらないってことで、帰っていいよと言われたんだ」
「そうだったんですね。いや、一瞬焦りましたよ。人から人へ伝染するかどうかも怪しまれ始めた病気ですけど、やっぱりね」
 語尾にあはあはと笑いを付け足す吾妻。志熊はしょうがねえなと、こちらは苦笑を浮かべた。
「石上はやけに大人しいな。奇病Xと聞いて、ぶるったか」
「そうじゃありません。何て言えばいいのか……いよいよ身近に迫ってきたというか」
「感染する方法が分からないのに、迫ってきたも何もないと思うがね」
「でも、たとえば感染者にかみついた虫が、別の人を刺したらうつるとか、ないですかね」
 この時点での石上は、感染方法についてまだ現実的な線も頭の片隅に置いてはいた。
「ないんじゃねえの? 虫が媒介したってんなら、医者が噛み痕なり何なりを簡単に見付けていると思うぜ」
「それはそうですが」
 煮え切らない様子を見せる石上に呆れたのか、志熊は声の調子を変えた。
「あーあ。折角補欠で拾われたと思ったのに、またこれでバイトがなくなっちまった。一から探さないといかん」
 一通り嘆いてみせてから、おもむろに服のポケットに手を突っ込んだ。
「でもまあ、駄賃はもらってきたんだけどな」
「駄賃?」
 おうむ返しする吾妻の目の前に、志熊はポケットの中の物を突き出した。
「ああ、これだ」
 彼の手には一万円札が握られていた。
「駄賃てもしかして、お詫び料みたいな名目でこんなにももらえたんですか」
「うむ、半分だけ当たりってところだ。さっきから言ってる古株のおばさんが倒れた店主に付き添っていくとなったときに、『志熊君には悪いことしたから、これ、五千円』って手に押し付けてきたんだよ」
「あれ? 五千円ていうことは」
 吾妻と石上が横目で見合う。志熊は気にした様子もなく、お札を仕舞いながら言った。
「そう、古株の人、間違えたんだよな恐らく。言っておくが俺だってその場では気付かなかったんだぜ。金額を確かめるなんて真似、できる雰囲気じゃなかった。帰り道で気が付いたんだ。でもそこから引き返しても店には誰もいないと分かってたから。でまあとりあえずいただいておくことにした」
「まずくないですか、あとでばれたときに」
「『ばれたとき』って、俺が悪いみたいに言われてもな。俺から補填してくれって言い出したんじゃない。額を間違えたのも向こう。あとで気付いて言ってきたのなら、まあ返すかもしれないけれどもさ。わざとじゃありません、店主が倒れてみんな気が動転していたから、で通るだろう」
「それもそうでしょうけど」
 吾妻が笑いながらも、どう反応しているのか困っているのが見て取れた。
 石上は何とも言えないまま、ふと思った。
(志熊さんのこれって、悪いことだよな。魂の質で言えば、僕よりも志熊さんの方が明白に悪いと判定されるんじゃないか)
 あの独自の仮説が脳内に行き渡った。
(僕は他人のお金をちょろまかしたことは一切ない。親のお金だって勝手に拝借したことはない。それ以上に悪いこともして来ていないと思う。唯一、万引きが気になるが、あれは駄菓子屋の文房具で安かったし、成功したあと馬鹿らしくなって菓子のくじ引きの箱の中に戻しておいた。謝罪はしてないが、罪は軽いはず。絶対の確信は持てないけれども、恐らく大丈夫だ。
 この状況を利用して、テストできないかな。志熊さんが奇病Xに罹るかどうか。いや、テストはもう始まっているも同然だ。
 えっと、さっき志熊さんは何て言ってた? 三十分以上、広さ六畳間以下の部屋で病気持ちと一緒に過ごすと、病気になりやすい傾向があるんだよな。まさしく今の状況が当てはまるじゃないか)
 二人きりではないのがいい。
(吾妻、どういう結果になるか分からないけれども、比較対象者として君にもいてもらうぞ。このまま三十分、ここで過ごして、志熊さんが発病し、君がそうならなかったのなら、僕の仮説は一歩前進することになる)
 石上は急いで算段を組み立てた。三十分、志熊の部屋に居座るための理由付け、さらに吾妻も同席させる理由付けも。
 程なくして閃いた。名案とは言えないかもしれないが、この短時間で捻り出したにしては上出来だと思う。
「運がよかったですね、志熊さん。まあ、不幸中の幸いレベルでしょうけど」
 石上は笑顔を作って先輩に話し掛けた。
「不幸中の幸い? 不幸って何だ」
「だってそうでしょう。アルバイトの話は恐らくなかったことになりますよ。そのカフェ、しばらく営業できるとは思えないですから」
「確かにな。そう考えると、五千円どころか一万円でも足りないくらいだよ」
「でしょ。だったらその一万円を賭けて、僕とギャンブルをしてみませんか」
「何?」
 志熊は驚いたような反応をしたがそれは声だけで、表情の方は早くも興味津々といった色を浮かべている。一方、吾妻の方は目を白黒させていた。
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