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 すべては名探偵カラバンの名誉のため。僕が殺人で死刑に処されること自体、世間からすればカラバンの大きな醜聞である。そこへ加えて、実は冤罪でモガラが真犯人探しなんぞ放り出して、裏で糸を引き、仲間を引きずり落としていたなんてことが明らかになったら、タイタス・カラバンの名は地に墜ちる。たとえ当人は犯罪に無関係でも叩かれ、依頼は来なくなる。そのような不名誉、あってはならない。国全体にとっても大きな損失になる。
 名探偵の立場を守りつつ、今の僕ができることは何かないか。
「カール・ハンソン。いよいよ本当に最後だ。言い遺すことはあるか? あれば聞き届け、伝えるべきところへ伝える」
 刑務官の野太い声に、顔を起こす。何か言わねばと思う気持ちが強まるが、何も出て来ない。刑務官はご丁寧なことにメモ帳と鉛筆を構えて、待ってくれている。意思表示を急がねば、時間切れにされてしまうだろう。
「面会のあと、色々考えて、伝えて欲しいことができました」
 まずそう切り出して、時間を稼ぐ。
 伝言の相手は……カラバン探偵にしたいところだが、体調万全ではないあの人の元にメッセージを届けるのは助手の誰か、恐らくはモガラ。途中で握り潰される可能性がある。もしかすると、誰宛であろうと一旦はモガラを介することになるのではないか。
 ならばモガラ自身に宛ててやろう。その方が伝言として意味が保てる。ただし、挑発はよくない。下手を打つと、モガラは真相を暴かれるのを恐れ、カラバン探偵がこの事件に出馬してこないよう、策を講じるだろう。最悪、カラバン探偵がまだ病床にある内に再起不能に追い込む可能性だって、ないとは言い切れないんじゃないか。尤も、モガラは名探偵からの信頼を得たいというのが犯行の動機と推測されるから、その名探偵を手に掛ける行為に及ぶとは考えにくいが……用心するに越したことはない。
「聞こう。無罪を訴えたり、あまりにも長々と語ったりするのはよしてくれ」
「はい。面会に来てくれたモガラさんへ、伝えてください。『モガラ先輩。僕は敢えて地獄に落ちて、待っています』と」
「――分かった」
 刑務官はほんの一瞬、ぎょっとした表情を覗かせ、すぐにまた元に戻った。鉛筆を紙の上に走らせ、書き付けが終わる。
 その文面を僕の方に向け、「これでよいかな」と再確認してきたので、黙って頷く。
 ここからが早かった。同じく黙って頷いた刑務官。それが合図だったらしく、頭巾を持った人が階下から上がってきて、あっという間に僕の頭にその黒い布を被せる。次いで、輪にした縄が首に掛けられるのが分かった。肌への密着具合を確かめるように刑務官の指が、何度か僕の首筋を這う。この段階ですでにちょっと息苦しさを覚える。
 両手首は拘束されているが、足は自由だ。自力で歩いて、定位置で立ち止まらされる。裸足だときっとその床に切れ目があるのが感触で分かると思うんだが、靴履きなのでさすがに何も感じ取れなかった。感じ取れたら取れたで、あと少ししたこの床がぱかっと開いて、僕の身体がすとんと落下して、がくっと衝撃が――なんて想像をしてしまい、怖じ気づくかもしれないな。
 声が聞こえた。祈りの文言らしい。頭巾のせいで、声の主が刑務官なのか聖職者なのか分からない。
 願わくば、霊にでもなって、モガラを四六時中監視したい。そして証拠をつかみ、告発してやりたい。
 死の間際の最後の願いのつもりで、そんなことを唱えてみた。他にも願いが止めどなく溢れてきて、ついでに涙も溢れてきた気がする。
 やっぱり、嫌だ。
 みっともなくてもいいから叫ぼうとした刹那、足元の感覚が変わった。続いて浮遊感。あとは衝撃が襲って来るのみ。
 僕は反射的に顎を引き、首を縮こまらせるようにして力を込めていた。
 結局、僕は恨み辛みを抱いて、この世からおさらばする訳か。俗人だったな。
 そう自嘲気味に振り返りながら、衝撃に備えた。
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