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4.違和感

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「リハビリに努めておられる。身体的のみならず、多少の記憶障害も併せて見られるため、それらの快復を同時並行的に行っているそうだ」
「見通しは? いつ頃復活されるのか、医師は何か言っていなかったですか?」
「肉体的には半年もあれば戻るだろうと言われた。記憶の方は正直、不明だそうだ。今日、明日にでも戻るかもしれないし、永遠に無理かもしれないと」
「そうか……そういうものでしょうね。でも名探偵なんだから、たとえ記憶が完全には戻らなくても、推理能力の方は健在のはずだから。見通しは明るいと思うことにします」
 僕は笑いながら言ったつもりだった。恐らく、力のない笑みを表情に浮かべているだろう。
「残り五分ほどです。そろそろ……」
 刑務官の男性が静かに言った。終わりが近い。僕がその係の人の方を振り向くと、彼は特に急かすような素振りはなく、時計を見でもなしに、足を開き気味にして立っていた。
「どうしようかな……。僕からカラバンさんへお見舞いの言葉を言うのって、おかしいでしょうかね。死んでいく僕から、病に伏せっているあの人へ……。あの名探偵に限ってそんなプレッシャーを苦にするとは思えませんけど、でも、僕の言葉を重く受け止められるのは本意ではないんです」
「ハンソン君。先生の助手でなかったらと考えたことはあるか?」
 いきなりの質問だった。戸惑い、すぐには返答できない。
「そ、それってどういう意味ですか」
「文字通りだよ。助手でなかったなら、裁判で裏を掻いた犯行だの何だの言われることはなかったかもしれない。そもそも、こうして殺人事件に巻き込まれて、濡れ衣を着せられた果てにこんな刑を食らうなんて不運もなかったんじゃないかと」
「その仮定は確かにあり得ますけど。だけど、僕は名探偵カラバンの助手になれてよかったです。事件の捜査と解決という、一般人じゃまず経験できないことができましたし、普通なら会えないような有名人に会えたし、入れない場所にも入れた。何よりも、正義をなせた実感がある。欲を言えば、恋人と過ごす時間を持てなかったのは悔いが残るかな。危険な仕事だからという理由で、彼女を敢えて作らないようにしてたのは、探偵助手だったせいです。尤も、他の仕事なら理想の恋人ができたかどうかは分かりませんが」
 ジョークのつもりでしゃべっているのだが、自分でも笑うに笑えず、逆に泣けてきそうになった。この辺が潮時。僕は深呼吸をした。
「そういうことですので、モガラさん。カラバンさんにはこうお伝えいただけますか。『思っていたよりもだいぶ早いですが先に行きます。名探偵との再会はなるべく遅くなるよう、ご活躍をお祈りします』とでも」
「……分かった」
 モガラは僕の言葉を一度だけ復唱すると、メモを取らずに腰を上げた。そのまま僕を見下ろしてきて、ため息交じりに言った。
「やはり君は進むべき道を誤った」
「え?」
「非常に惜しい。こんなことで人生を終えるなんて――」
「モガラさん……」
「私としても心苦しい限りだ」
 モガラさんの台詞は、ここに来て急に空々しく聞こえた。それまでと何が違うのか簡単には言い表せないが、とにかく意味ありげなアクセントを感じたのだ。
「最後の最後、刑の執行直前まで、我々は努力し続ける。私も真相究明のためにこのあと悪あがきをする。執行を見届ける場に居合わせることは無理だと思うが、どうしても見届けて欲しいのであれば誰か一人、寄越すようにするよ」
 どうして最後にこんな恩着せがましい言い方をするのだろう。変な感じを受けたが、尋ねられる状況ではなかった。
「いえ。皆さんにはむしろ、見られたくない」
「了解した。――私のせいでこうなったことを、恨まないでくれたまえ」
「は、はい」
 互いの背中をしっかり抱きしめて、別れの言葉を交わして最後の面会が終わる。
 この機会が設けられるのは未練を断ち切るためでもあるはずなのに、面会が終わってからの方が、僕の中にはもやもやが残った。
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