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2.最後の面会
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冤罪というのなら、どうしてタイタス・カラバンその人が出馬して、判決をひっくり返してくれないのか、真相を解明し、真犯人を見つけてこその名探偵であろう――こんな声を上げる向きもあるかもしれない。
だが、それは叶わぬ望みなのだ。少なくとも現時点では。
というのも僕が被告となった裁判が始まってすぐに、カラバン探偵は別の大事件にほぼ巻き込まれる形で取り組むことになった。伝え聞いたところによると、一週間足らずでその事件の殺人犯を突き止めることには成功したものの、自殺した犯人が仕掛けたと思しきからくりによって、カラバン探偵は矢を射られた。先端には毒物が塗布されていたらしく、間もなく意識不明に陥ったという。名医と設備の整った病院での治療の甲斐あって、命は取り留めたものの、意識の混濁が長引いており、とてもじゃないが新たな事件の解決に乗り出せる状態ではないとのことだった。
僕の無罪を信じて、他にも何人かが動いてくれたのは言うまでもない。タイタス・カラバンには複数の助手がいる。彼らは皆、僕を救うべく四方八方を駆け回り、手を尽くしてくれた。中でもカラバン探偵からの評価が僕と肩を並べるほど高いアイデン・モガラは、その探偵能力を発揮して、検察の作り上げた理屈に対し、反論していった。法廷で見ていて、モガラの奮闘ぶりは頼もしい限りであった。
だけれども、検察及び警察の仕事は、探偵を上回ったのだ。一例を挙げるなら、凶器とされる鉈に付いていた指紋の件がある。ゴールデン家の納屋にあったその古い鉈を警察が調べると、柄の部分から僕の指紋が検出された。有力な物証として提出されたこの事実を、モガラはゴールデン家の人達を中心に粘り強く聞き込み、犯行日よりも前に僕がその鉈に触れていたことを突き止めた。それは僕自身も忘れていたくらい、小さな出来事だった。しかし警察は簡単に否定してきた。僕が鉈に触れたのよりも後日に、使用人が納屋の中の物を整理を兼ねてきれいに掃除した記録があるというのだ。使用人もまた殺されており、本人による証言ではなかったが、彼の付けていた備忘録代わりの日記にそう記されていたのである。僕としては、そのとき以外に鉈に触れた覚えは全くないため、柄に指紋が残ったのは拭き忘れであるとの論を展開したのだが……証拠の前に敢えなく敗れ去った。
裁判を受ける権利はあと一回あったが、結論をひっくり返す見込みのある何らかの有力な証拠・証言、あるいは論理を提示できない限り、難しい。名探偵のタイタス・カラバンが復活すれば、それだけで再審が認められる可能性はある。だが現在のカラバンの症状では、望み薄だった。
覚悟を決めた、決めざるを得なかった僕は、死刑囚用の牢獄の中で、持ち込みを許されたノートに事件についての疑問点を、思い付く限り書き付けて日々を送った。いつの日か健康を取り戻したカラバン探偵によって、事件の真相が暴かれることを信じて。
そうやって精神の安寧に務めてきた成果があったのだろうか。今日の朝、刑務官から「明朝処刑を決行することが決まった」と告げられても、特段取り乱さずにいる。自分でも不思議なくらい、落ち着いていた。
死刑囚は執行の前日、丸一日をかけて色んなことをする権利が与えられる旨が法律で定められている。食事は好きな物が食べられるし、酒やたばこも少しなら頂戴できる。宗教家のありがたい話を聴くのも望みのままだ(僕は聴かないけど)。家族や親しい知り合いに会って、最後の別れをする場も設けられる。
幸か不幸か、僕に近しい肉親は一人もいない。幼くしてみなしごになった僕を育ててくれた義理の親ももう他界しており、カラバン探偵が実質的な父親代わりだった。そのカラバン探偵も病床から起き上がれない現状では、僕に会いに来たのはアイデン・モガラ一人だけだった。
「みんなと力を合わせて、八方手を尽くしたが、当日に至ってもこの有様で申し訳ない」
モガラは力が及ばなかったことを、涙ながらに僕に詫びた。カラバン探偵には助手が十数名いるが、彼ら彼女らのほとんどがこの数ヶ月、僕の逆転無罪への道を切り開くために動いてくれていた。だが、彼らのリーダー格のモガラがこうして最後の面会に来て、浮かない顔を見せるということは、望みは絶たれたのと同義だろう。
「仕方がありません。あなたはよくやってくれました。感謝している」
労いの言葉を絞り出す僕に対し、彼は首を左右に振った。
「カラバン先生の偉大さには到底及ばないと、力不足を痛感している。だが、まだあきらめた訳ではない。私以外の連中は今もハンソン君を救うために、関係各所を当たっているところだよ」
それは気休めに過ぎないことくらい、僕にも分かる。本当に一縷の望みでも残っている状況なら、モガラはこんな面会には現れずに、必死になって最後の最後まで駆けずり回ってくれるに違いないのだから。
「そもそも、事件発生当時に私がもっと早くに駆け付けておれば、ハンソン君に容疑が掛かることはなかったばかりか、殺人そのものも食い止められたのではないかと今また後悔している」
「その話はもう言いっこなしで。悪天候の中、よく来てくださいましたと感謝しこそすれ、遅いなんて思ってもいませんでしたよ」
だが、それは叶わぬ望みなのだ。少なくとも現時点では。
というのも僕が被告となった裁判が始まってすぐに、カラバン探偵は別の大事件にほぼ巻き込まれる形で取り組むことになった。伝え聞いたところによると、一週間足らずでその事件の殺人犯を突き止めることには成功したものの、自殺した犯人が仕掛けたと思しきからくりによって、カラバン探偵は矢を射られた。先端には毒物が塗布されていたらしく、間もなく意識不明に陥ったという。名医と設備の整った病院での治療の甲斐あって、命は取り留めたものの、意識の混濁が長引いており、とてもじゃないが新たな事件の解決に乗り出せる状態ではないとのことだった。
僕の無罪を信じて、他にも何人かが動いてくれたのは言うまでもない。タイタス・カラバンには複数の助手がいる。彼らは皆、僕を救うべく四方八方を駆け回り、手を尽くしてくれた。中でもカラバン探偵からの評価が僕と肩を並べるほど高いアイデン・モガラは、その探偵能力を発揮して、検察の作り上げた理屈に対し、反論していった。法廷で見ていて、モガラの奮闘ぶりは頼もしい限りであった。
だけれども、検察及び警察の仕事は、探偵を上回ったのだ。一例を挙げるなら、凶器とされる鉈に付いていた指紋の件がある。ゴールデン家の納屋にあったその古い鉈を警察が調べると、柄の部分から僕の指紋が検出された。有力な物証として提出されたこの事実を、モガラはゴールデン家の人達を中心に粘り強く聞き込み、犯行日よりも前に僕がその鉈に触れていたことを突き止めた。それは僕自身も忘れていたくらい、小さな出来事だった。しかし警察は簡単に否定してきた。僕が鉈に触れたのよりも後日に、使用人が納屋の中の物を整理を兼ねてきれいに掃除した記録があるというのだ。使用人もまた殺されており、本人による証言ではなかったが、彼の付けていた備忘録代わりの日記にそう記されていたのである。僕としては、そのとき以外に鉈に触れた覚えは全くないため、柄に指紋が残ったのは拭き忘れであるとの論を展開したのだが……証拠の前に敢えなく敗れ去った。
裁判を受ける権利はあと一回あったが、結論をひっくり返す見込みのある何らかの有力な証拠・証言、あるいは論理を提示できない限り、難しい。名探偵のタイタス・カラバンが復活すれば、それだけで再審が認められる可能性はある。だが現在のカラバンの症状では、望み薄だった。
覚悟を決めた、決めざるを得なかった僕は、死刑囚用の牢獄の中で、持ち込みを許されたノートに事件についての疑問点を、思い付く限り書き付けて日々を送った。いつの日か健康を取り戻したカラバン探偵によって、事件の真相が暴かれることを信じて。
そうやって精神の安寧に務めてきた成果があったのだろうか。今日の朝、刑務官から「明朝処刑を決行することが決まった」と告げられても、特段取り乱さずにいる。自分でも不思議なくらい、落ち着いていた。
死刑囚は執行の前日、丸一日をかけて色んなことをする権利が与えられる旨が法律で定められている。食事は好きな物が食べられるし、酒やたばこも少しなら頂戴できる。宗教家のありがたい話を聴くのも望みのままだ(僕は聴かないけど)。家族や親しい知り合いに会って、最後の別れをする場も設けられる。
幸か不幸か、僕に近しい肉親は一人もいない。幼くしてみなしごになった僕を育ててくれた義理の親ももう他界しており、カラバン探偵が実質的な父親代わりだった。そのカラバン探偵も病床から起き上がれない現状では、僕に会いに来たのはアイデン・モガラ一人だけだった。
「みんなと力を合わせて、八方手を尽くしたが、当日に至ってもこの有様で申し訳ない」
モガラは力が及ばなかったことを、涙ながらに僕に詫びた。カラバン探偵には助手が十数名いるが、彼ら彼女らのほとんどがこの数ヶ月、僕の逆転無罪への道を切り開くために動いてくれていた。だが、彼らのリーダー格のモガラがこうして最後の面会に来て、浮かない顔を見せるということは、望みは絶たれたのと同義だろう。
「仕方がありません。あなたはよくやってくれました。感謝している」
労いの言葉を絞り出す僕に対し、彼は首を左右に振った。
「カラバン先生の偉大さには到底及ばないと、力不足を痛感している。だが、まだあきらめた訳ではない。私以外の連中は今もハンソン君を救うために、関係各所を当たっているところだよ」
それは気休めに過ぎないことくらい、僕にも分かる。本当に一縷の望みでも残っている状況なら、モガラはこんな面会には現れずに、必死になって最後の最後まで駆けずり回ってくれるに違いないのだから。
「そもそも、事件発生当時に私がもっと早くに駆け付けておれば、ハンソン君に容疑が掛かることはなかったばかりか、殺人そのものも食い止められたのではないかと今また後悔している」
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