江戸の検屍ばか

崎田毅駿

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10.堀馬佐鹿の見立て

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「行き倒れで死んだと思ったか?」
「いえ、なかったですよ。仏さんを見付けるのが早かったし、例の虎の巻、『無冤録述』に載っている方法ですから、殺し方がすぐには分からなくても、遅かれ早かれ調べて発覚するのは決まっています」
「だよな。わざわざ釘を熱して脳天に打ち込んで、髪を整えて隠してという手間を掛ける割に、じきに露見する。何てったって、『無冤録述』の中身は今や庶民の半分以上が知ってる大評判本べすとせらあだ。字が読めない者でさえ、読める者から聞いて知っているだろうよ。脳天に熱した釘を打ち込んだのち髪で隠すなんてやり口は、特別でも何でもない。言ってしまえば、誰もが知っている方法だ」
「言われてみれば……そうかもしれません」
「こんな七面倒くさいだけで何の隠蔽にもならないやり方、いくら釘と金槌が近くにあろうと、やろうと思う輩はよほど奇特な御仁だぜ。だいたい、生きている人間の頭に釘を打つなんて、一人でやるのはまず無理だ。仮令たとえ、しこたま酒を飲んで寝入っていても、一撃目で飛び起きるさ。いや無論、俺だって試したことも見たこともないけどな、それが道理ってものだ。大勢で押さえ付けた相手に、一人が狙いを定めて打ち込む。詰まり、下手人が複数いて初めて成り立つんだ」
「はっはあ……では、一松も国安も咎人ではないことになりますか。あ、いやいや、それ以前に、わざわざこのような殺し方をする者があり得ないってんなら、おかしなことになりやしませんか?」
「いや、それがそうでもないんだな。奇特なっていうのは、皆目いないってのと同じ意味ではない。条件が揃えば、いくつかの例外が考えられる。たとえば……『無冤録述』に載っていたからこそ、この方法で試してみたかった、なんてのもないとは言い切れない」
「何ですかそりゃ。益も何もあったもんじゃない。面白がって人を殺しているみたいだ」
「そういう輩が将来、出て来ぬとは限らん。それに、面白がってではなく、純粋に学術的興味から試したというのもあり得る。実験をやりたがる性格、とでも言えばいいのか」
「はーん、そんな滅多になさそうな例を挙げられても、私にはちんぷんかんぷん、理解の外ってやつですねえ」
「安心しろ。この件で俺が最有力だと今思っているのは、また別の考え方だよ」
「他にありますか」
「ああ。他人に罪を擦り付ける狙いがある場合だ」
「他人……て、現状、お縄になったのは大工の一松だから、真の咎人がいるとしたらそいつは一松に濡れ衣を着せるために、釘を使ったけったいな殺し方を選んだと」
「そうなる。あ、いや、厳密にはちょっと違うな。何らかの不測の事態により、およしが死んでしまい、それをごまかすべく、一松による殺しに見せ掛けようとしたんじゃないかと、俺は睨んでいる」
「え、どこが違うんで」
「咎人はおよしって娘を殺すつもりなんて、一毫もなかったんじゃないか、と俺は思ってるんだ。不慮の事故か何かで予期せぬ死を迎えてしまった。だがおよしの死そのものは、咎人の責となるような事態だったとしたらどうだ。咎人はその責から免れようと、他人の仕業に見えるよう細工を働いたんじゃないかと、まあそんな見立てだ」
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