江戸の検屍ばか

崎田毅駿

文字の大きさ
上 下
8 / 13

8.見舞いと報告

しおりを挟む
 案外と落ち着いた声で答えた。これが父母や恋人であったらなら、遺体に抱きついておんおん泣くことも珍しくないが、主従のつながりであればそこまでいかぬものらしい。尤も、店の主が女中の遺体を見て、取り縋って泣き叫んだら、それはそれで二人の関係を怪しむべきかもしれない。
「確かか。髪型が違っていると思うが」
 念押しの質問をする高岩。元五郎は首をゆるゆると左右に振り、
「見間違いようがありません。器量を買って、雇うと決めたのですから」
 と再度、断言した。将来の看板娘に育てるつもりだった、ということか。
「およしの身内の者を知っておるか。いるのなら知らせてやらねばならん」
「当人の口から聞いた限りでは、両親ともに早くに先立たれて、独りだったと。住まいは、うちの店の一部屋を与えてやっていました」
「雇い入れる前はどうしていたか、分かるか?」
「いえ、詳しくは。あちこちの親戚を頼って、転々としていたとしか聞いておりませんでした」
「まことか。ならばしょうがない」
 血縁のある者に知らせるにしても手間取りそうだ、と高岩は感じたか、眉間のしわを深くした。
「ではおよしがこのような目に遭う心当たりはないか」
「あ、あの、お役人様。こんな目とは……? 私、亡くなったと聞いただけでしたが、てっきり不幸な事故か何かだとばかり」
「ううん、そうであったな。実は、殺しの線が濃厚である」
「殺し」
 絶句する元五郎。信じられないという思いが、顔に書いてあるようだ。
「細かい説明は今ここではせんが、殺されたと思って間違いない」
 死因そのものははぐらかして、高岩は言い切った。
「ついては、橋元屋、そなたのところの客で、およしと深い仲になっていた客や、逆におよしに袖にされた客なんてのは、いなかったか。いれば正直に話すのだ」
「も、もちろん知っていることは包み隠さずお伝えする所存ですが、あいにくと私は店の繁盛と銭の計算が専らの仕事でして。お客様に関しては、女中頭が詳しいはずですから、彼女にお尋ねください」
「それもそうか。そういえば、今も店を開けているだろうに、主のそなたは外れても問題ないのだな」
「さようでございます。遣いに来られた方が気の回るお人で、店に飛び込んで来て声高に知らせるのではなく、裏に回ってこっそりと耳打ちしてくれたというのもありますが」
 そう言うと当の男の姿を探すような仕種を見せた元五郎だったが、すでに帰ったあとらしく、どこにも見当たらなかった。

             *           *

「――てな具合に、高岩の旦那もそれなりに手際よくやっておられましたよ」
 およしの遺体が空き家で見付かってから二日後、法助は堀馬佐鹿の邸を訪れた。事件の目処が立ったのと、堀馬の症状が回復に向かい出したと聞いたからである。
「手際よく、ねえ」
 話を黙って聞いていた堀馬は短く呟くと、布団を肩からすっぽりと被り直し、熱い茶をすすった。
「いやもちろん堀馬さんとは段違いでしたが、そこはそれ、あの御仁なりに頑張っておられたという気遣いからの評ですよ。あ、私ごときが同心の高岩さんを畏れ多くも評価なんてするのは、ここだけの話だからでして」
「分かってるよ。んで? 殺しなのは明らかなんだ。誰の仕業なのか、目星は付いたのか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

江戸時代改装計画 

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

処理中です...