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7.人定
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問われた法助は、答を躊躇った。確か『無冤録述』に記述されている知識だからだ。高岩が言わないのは、ど忘れしたか、経験不足故か。
「お試しになるとは、高岩の旦那もお人が悪い。熱した釘を打ち込むと、血が早く固まるのか、流れ出るのを食い止めることにつながるんでさあ」
「――そう、その通りだ」
法助の返答で思い出したらしい、高岩は体裁を取り繕う風に頷いた。
「それでは、色々と手間取ったが、このやり口で殺されたという判断でよいな」
「決めるのは私らではないので……」
「硬いことを言うな。なら、現にここまで調べて分かった事柄を素に、堀馬ならいかなる判定を下すかな? 教えてくれるか」
「……いや~、自分はあの人ではないんで、何とも言い様が」
言葉を濁す法助に、高岩は片眉を吊り上げた。
「異な事を。職務中のあいつに一番長く接しておるのは法助、おまえなんだろう? 分からぬはずがあるまい」
「だからこそ、と申しましょうか。自分は堀馬の旦那をそばでよく見てきたからこそ、分からんのです。私も長くやっているおかげで、小賢しくなりまして、検屍に関しては多少の知恵を付けたと自負しておりますが、堀馬さんの判断はときにその知恵の斜め上を行くんでさあ。もちろん、いつもいつもって訳じゃなく、極めて当たり前に、知恵や知識に沿ったままの結論を下すこともあるというか、そちらの方が多いです。それでいて、当たり前の結論のときも突拍子もない結論のときも、まず外しっこないと来るもんだから、ある種、神業を見せられているみたいな心地になるんです、はい」
「ふうむ」
高岩は表情を戻し、鼻の頭をこすった。
「つまりは、当たり前の結論を出すときと、突拍子もない結論を出すときの違いがどこにあるのか、おまえにも分からないということだな」
「ええ、さようで」
「そうか。ならばわしはわしで判断を下すほかないな」
力強く言い切った高岩。それはいいが、即座に言行一致とはならず、思案投げ首の体をなす。腕を組み、次いで顎を撫でつつ、
「検屍の教科書に倣うのが間違っているとは思えんのだが……」
などとぶつぶつ言っている。
と、そこへ外から声が掛かった。
「おーい! 連れて参りました」
野太いが丁寧な口調で告げたのは、少し前に多吉が遣いを頼んだ男だった。彼のあとに続いている新たな男が、橋元屋の者であろう。見たところ五十代、少々息を切らせている。
法助は内心、堀馬の旦那がいたら駄賃をやって籠で駆け付けさせたかな?と詮無きことを思った。
多吉が遣いを頼んだ相手に礼をする間に、高岩が聞く。
「そなたが橋元屋の……?」
「主をやっております、橋本元五郎という者です。うちのおよしが亡くなったと聞いて、急ぎ参りました」
「そうか。早速だが、近くに来て人相を見てもらいたい。本当におまえのところのおよしかどうか」
「無論、そのつもりで」
元五郎を招き入れた高岩は、「息が乱れているが、具合は大丈夫だな?」と確認を取った。
「死人なら何度か見ておりますので、大丈夫かと」
「では頼む」
本人は大丈夫と言ったが、念のため、法助が傍らに立って寄り添いながら、遺体を寝かした庭へと回る。
元五郎は口元を片手で覆うように押さえると、意を決した様子で歩を進めた。そして遺体の枕元辺りに立ち、真上から見下ろす。
「……およしに相違ありません」
「お試しになるとは、高岩の旦那もお人が悪い。熱した釘を打ち込むと、血が早く固まるのか、流れ出るのを食い止めることにつながるんでさあ」
「――そう、その通りだ」
法助の返答で思い出したらしい、高岩は体裁を取り繕う風に頷いた。
「それでは、色々と手間取ったが、このやり口で殺されたという判断でよいな」
「決めるのは私らではないので……」
「硬いことを言うな。なら、現にここまで調べて分かった事柄を素に、堀馬ならいかなる判定を下すかな? 教えてくれるか」
「……いや~、自分はあの人ではないんで、何とも言い様が」
言葉を濁す法助に、高岩は片眉を吊り上げた。
「異な事を。職務中のあいつに一番長く接しておるのは法助、おまえなんだろう? 分からぬはずがあるまい」
「だからこそ、と申しましょうか。自分は堀馬の旦那をそばでよく見てきたからこそ、分からんのです。私も長くやっているおかげで、小賢しくなりまして、検屍に関しては多少の知恵を付けたと自負しておりますが、堀馬さんの判断はときにその知恵の斜め上を行くんでさあ。もちろん、いつもいつもって訳じゃなく、極めて当たり前に、知恵や知識に沿ったままの結論を下すこともあるというか、そちらの方が多いです。それでいて、当たり前の結論のときも突拍子もない結論のときも、まず外しっこないと来るもんだから、ある種、神業を見せられているみたいな心地になるんです、はい」
「ふうむ」
高岩は表情を戻し、鼻の頭をこすった。
「つまりは、当たり前の結論を出すときと、突拍子もない結論を出すときの違いがどこにあるのか、おまえにも分からないということだな」
「ええ、さようで」
「そうか。ならばわしはわしで判断を下すほかないな」
力強く言い切った高岩。それはいいが、即座に言行一致とはならず、思案投げ首の体をなす。腕を組み、次いで顎を撫でつつ、
「検屍の教科書に倣うのが間違っているとは思えんのだが……」
などとぶつぶつ言っている。
と、そこへ外から声が掛かった。
「おーい! 連れて参りました」
野太いが丁寧な口調で告げたのは、少し前に多吉が遣いを頼んだ男だった。彼のあとに続いている新たな男が、橋元屋の者であろう。見たところ五十代、少々息を切らせている。
法助は内心、堀馬の旦那がいたら駄賃をやって籠で駆け付けさせたかな?と詮無きことを思った。
多吉が遣いを頼んだ相手に礼をする間に、高岩が聞く。
「そなたが橋元屋の……?」
「主をやっております、橋本元五郎という者です。うちのおよしが亡くなったと聞いて、急ぎ参りました」
「そうか。早速だが、近くに来て人相を見てもらいたい。本当におまえのところのおよしかどうか」
「無論、そのつもりで」
元五郎を招き入れた高岩は、「息が乱れているが、具合は大丈夫だな?」と確認を取った。
「死人なら何度か見ておりますので、大丈夫かと」
「では頼む」
本人は大丈夫と言ったが、念のため、法助が傍らに立って寄り添いながら、遺体を寝かした庭へと回る。
元五郎は口元を片手で覆うように押さえると、意を決した様子で歩を進めた。そして遺体の枕元辺りに立ち、真上から見下ろす。
「……およしに相違ありません」
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