コイカケ

崎田毅駿

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コイカケその30

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「――では、近くに来てください。馬込さんもどうぞ」
 三人で額を寄せ合うほどの距離に立ち、その中央の空間に、勝負を決する両の手が差し出される。
「折角なので、一つずつ開きましょう」
 右拳の上に、左拳を持って来る。手の甲が上だ。
 そしていきなり、左手が開かれた。
「え?」
(それじゃコインが落ちる! まさか、やっぱりマジックの通り、左手はゼロ?)
 帆里は息を飲んだ。
 左手の平はそのままゆっくりと、百八十度向きを換えた。
 そこには百円玉が二枚、あった。
「そんな!」
 最もあり得ない答に、帆里は軽いパニックを起こした。
 そんな彼女をよそに、続いて右手も開かれる。そこは空っぽになっていた。
「左に二枚、右にゼロ。この結果を受けて――」
 第二戦の勝者をコールする声が、頭上から聞こえて来た。
 帆里は自分がいつの間にかへたり込んでいたことに気付いた。

             *           *

 二戦目は勝ちをどうにかもぎ取ったぞ。
 危なかった。
 僕は表面的には余裕を装ってみたけれども、内では冷や汗たらたらの薄氷を踏む思いを味わっていた。
 右に二枚を入れたように見せ掛けたつもりだったが、まさかそれをあっさり看破するなんて。
 そう。僕は右手に一枚、左手に一枚、百円工を握っていたのだ――開く直前までは。
 帆里の答を聞いて、これはまずいと最終手段を執った。はっきり言って、ずるである。
 方法はやはりマジックのテクニックで、マッスルパスを使った。
 開く寸前に左拳を上に持って来て、手のひらを下に向けたまま開いたのは、右手を隠すため。ちなみに、左手の中のコインはマジックの技術で手のひらの中央にホールドしていた。
 そして、左手の平で隠した空間で、僕は右の手のひらを上向きに開き、百円玉をマッスルパスで飛ばした。行き先はもちろん左手のひらの中だ。コイン同士がぶつかって音を立てると露見の恐れが増すので、そうならないように柔らかくキャッチした。
 見付かっていたら、恐らく失格負けだったかな。ゲームのルールを厳密には定めていなかったから、開く直前までコインを投げるのはあり、とディーラーが認めてくれる可能性もゼロじゃなかったと思うけど。回答を紙に書いてディーラーが預かり、僕が手を開いてから答合わせをするというやり方になっていたら、この奥の手は使えなかったし。いや、そもそもばれていたら、相手に正解を言い当てられるのだから負けだ。
 僕はしゃがんでしまった帆里を見下ろした。胸の谷間に目が行きそうになるが。この強敵にそれはあまりに敬意を欠く。意識を逸らした。
「帆里さん、立ってください。一勝一敗になっただけですよ。決着と行きましょう」

「三回戦は、私・馬込が一任されましたので、裁量により独断で決めました」
 馬込ディーラーは愉快そうな口ぶりで、しかし顔はいたって真面目さを保ったまま、説明を始めた。
「最初に、両者とも折角の水着姿なのですから、多少は水に関連する事柄を入れるとしmしょう。あそこで、息止めをしてもらいます」
 馬込は、最初に僕が着替えたユニットバスの方を指差した。
「お湯、張ってないんですけど」
「問題ありません。洗面台の方に水を溜めて、顔をつければよろしいのです」
 ……水着じゃなくてもいいよね。
「その後に本番のゲームに臨んでもらいます。息を止める時間が長ければ長いほど、有利になるのは言を俟ちません」
 懐よりストップウォッチを取り出した馬込。衣服のせいで、懐中時計に見えなくもない。
「息止めの競争は同時に行うのがフェアでしょうが、洗面台に二人が顔を付けるのは無理です。順番を決めるとしましょう。じゃんけんをして負けた方が先番でお願いします」
 僕が先になった。
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