上 下
131 / 143
7激甘ネジ

今思うこと④

しおりを挟む
 
「久しぶり」
「久しぶりだね」

 短い言葉。以前より低い声。
 最後に見た時よりも精悍な顔立ち。当然だ。高校生であったあの時から六年以上経っている。

 ──懐かしい。

 その言葉が一番しっくりきた。
 千幸がぺこりと頭を下げて笑うと、向こうも口角をきゅっと上げて小さく笑った。

 懐かしいと同時にいろいろ変わってはいるが、変わらない笑い方に安堵する。
 その安堵は、彼にとって海外の選択は悪くなかったと実感できるからかもしれない。

 自分と別れて、夢をとった彼には成功してほしいとはどの目線となるのでそこまでは言わないけれど、それなりの時を過ごしてほしかった。
 じゃないと、あの頃の自分がちょっぴり可哀想というか。勝手ながら、あの時に身を引いたことが報われた気持ちになる。

 初めての付き合い。幼馴染みとしてずっと身近な存在だった彼との別れ。
 身を切るような思いで送り出した。別れた。

 離れることはとても悲しかった。
 それだけ苦しかった時期もあったので、彼と自分とは別々になることを選択した時点で先のことは関係ないのだけれど、良かったと思えることが嬉しい。

 幼馴染みが元気そうでよかった。
 それ以上の感情もなく、純粋に安堵できる己に安堵する。

 変に繋がりがある分気になっていたが、今のこの感情の在り方あは当時想像もできなかったので、すごく穏やかなことが誇らしい。
 それぞれがそれぞれの道を進んでいる。そのことを実感でき、ようやく千幸は過去を昇華できたような気がした。

 何より、今は千幸の隣には小野寺がいる。
 そう思えることで満たされる今が何よりも愛おしい。

 ふと横から視線を感じて小野寺を見上げると、何か言いたげな小野寺の瞳とかち合った。
 何も心配することもないのにとは思うが、恋人としては完全に気にしないことは無理なこともわかる。
 なので、千幸は大丈夫だと周囲に見えないところで小野寺の指にそっと指を絡めた。

 今日感じた、愛おしいというたくさんの気持ちが少しでも伝わるように。
 カフェからの帰りに繋いだ手の温もりはすぐに思い出せる。
 小野寺も同じだったのか、優しく労わるようにきゅっと握り返される力に、ふっと笑みが浮かぶ。

「翔さん。姉夫婦のプレゼントをありがとうございます」
「喜んでもらえていそうでよかったよ」

 家族に手土産も用意していて、家族を思ってしてくれる行為とそのスマートさに気持ちが温かくなる。
 千幸の大事な家族を大事に思って行動してくれるその気持ちが、何よりも嬉しい。

「ええ。すごく喜んでます」
「千幸もああいうのは好き?」

 大きく頷くと、小野寺は声を落として千幸に問いかける。ちょっとからかうような口調は気になるが、機嫌がよさそうでよかった。
 少しばかり、千幸が郁人と挨拶をした時気配が鋭くなった気がしたから。

「そうですね。綺麗です」
「なら、今度一緒に買いに行こうか」
「……そうですね。次の外出の時にでも」

 なんとなく周囲に聞き耳をたてられている気配がして気恥ずかしいが、何も恥ずかしい話でもないので千幸は素直に頷いた。
 多田家の長男夫婦も参加しており、今夜は藤宮家と多田家勢揃いだ。

 初めは一応全員そろっての顔合わせという名目もあったので、ちょっぴり形式張っていたが、そのうちいつも通りにそれぞれが話しだす。
 そのなかで少し前からニマッと笑ってこっちを見ていた多田母が、自分たちのところへやってきた。

「千幸ちゃん。仕事は順調?」
「はい。まだまだ勉強することは多いけど、頑張ってます」
「そう。よかったわぁ。菜穂なほちゃんが千幸ちゃん出て行ってから寂しそうにしてたからね」
「それはそうよ。家を出ることは年齢的にはおかしくないし決めたのなら応援はするけど、やっぱり寂しいものよ」

 菜穂とは母の名前である。
 その母が、家を出る時もたまに帰省した時も何も言わなかったのにこちらを見て告げる。親として娘を思う気持ちは、離れていても変わらないと教えてくれる。

 千幸は小さくこくんと頷いた。
 サービス業をしている実家は忙しいし姉夫婦のペースを乱したら悪いと遠慮していたが、もう少し帰省するようにしようと思う。

「また、こうして帰ってくるから」
「そうしてね」

 藤宮母娘のやり取りを嬉しそうに見守っていた多田母は、そこで小野寺をじっと見た。

「改めて。多田と申します。先ほどは、息子たちに祝いのプレゼントをありがとうございます」
「いえ。このような席にご一緒させていただき、こちらこそありがとうございます。先ほども名乗りましたが、小野寺翔と言います」
「小野寺さん。千幸ちゃんのことは小さい頃から見ていたので、私にとっても娘のようなものなんですよ。自分から話すこと少ないけど、優しい子なんですよ」
「ええ。わかっています。それに、その不器用さが可愛らしいです」
「そうなのよぉ。大事にしてあげてね」
「それはもちろん」

 頷いた小野寺の不思議な色合いの瞳が、そこでゆらりと和らぐ。
 そのまま千幸のほう見て、愛おしくて仕方がないと目を細めまたにっこりと微笑んだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...