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7激甘ネジ

帰郷②

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「うん。今日、一泊する予定」
「へえ~。家族公認なんだね。って、えっ? 手繋いでる!?」

 いやぁ~んとばかりににやにや笑う友人をじろりと睨む。

「黙って」
「えっ、ラブラブ~。ちーちゃんがラブラブ~」
「だから、もううるさいよ」

 恥ずかしくて手を離そうとするけど、それを小野寺が許してくれなくてもだもだ甘い空気が流れる。
 余計に友人の視線が痛い。

「千幸。恥ずかしがらないで」

 小野寺は小野寺で、耳元に顔を寄せてささやいてくる。
 甘い恋人だということは知っているが、地元でこんなに甘くなるなんて想定していなかった千幸は、首からじわじわ熱が溜まるのを感じた。

 なんかこう甘い雰囲気出されまくって、好きなんだとばかりにアピールされて、嬉しいけど恥ずかしいが勝ちすぎる。
 しかも、昔馴染みの前というのは何かの罰ゲームみたいだ。

 ちらりと睨むと、んっと惚けたように首を傾げ口角を上げ小野寺は笑顔を作る。
 それを見ていた友人が、きゃあ~っとまた嬉しそうににやけるのを見て、そう言えば中学の時、アイドルの追っかけをしたり、校内の美形ランキング作ったりと彼女はミーハーだったなとどうでもいいことを思い出した。

 鑑賞、鑑賞と緩みきった顔は楽しくて仕方がないとばかりだ。
 今は昔の自分と比べたり、小野寺とセットで鑑賞されていると思うとこの場から走り去りたくなる。

「ちーちゃん、愛されてるね」
「照れ屋なところも可愛いからね」

 うふふっと嬉しそうに告げる彼女に、なぜか小野寺が応答する。
 さらににやにやからによによと笑みを濃くした友人。黙っていてほしかった。

「うわぁ。溺愛。こそばいけど羨ましいわぁ。しかもこんなイケメンって。なるほど、ちーちゃんはここまでしないとデレないのか」

 ──デレってなに?

 今は極力反応したくない。つい最近もそのワードを聞いた気がする。
 若かりし頃、そんなにツンツンしたつもりはなかったが、周囲から冷静で通常モードが低すぎると言われていた。

 大人びていたつもりはないが、恥ずかしいという気持ちと表現の仕方がわからなくて、付き合っている時も外では甘やかな空気を出すことは少なかったと思う。
 だから、そんな姿を知っている友人が、この場所で手を繋いでいるという事実にうふふってなるのもわからないでもないのだが。
 やはり、小野寺は話さないでほしかった。なぜ、応答した?

 ちらりと睨むがこそばゆいほどのきらきら笑顔が返ってくる。
 友人の視線が、眼差しが、成長を見守る親のようで、反応するのも苦痛なくらい居心地が悪い。

 ぐぅっといろいろ我慢している間、今も二人は会話をしながら(主に千幸の中学時代の話を)、小野寺は小野寺で絡める指の力を緩めないしで、こんなことなら最短距離で旅館に向かったらよかったと軽く後悔。
 なんとか耐えきり「元気な赤ちゃんを産んでね」と話を切り上げて、やっと実家の旅館の前。ふぅ、長かった。
 車から降りて辿り着くまで二十分程度のことであるが、すっかり疲れてしまったがここからが本番。

「翔さん。ここが私の実家です」
「ここで千幸は育ったんだね」

 小野寺が優しく目を細めて建物を眺め、そして千幸を見る。その双眸は、相変わらず慈しむかのように甘く柔らかい。

「はい。あとでいろいろ案内します。それで、そろそろ手、離して?」
「何で? 別にこのままでもいいんじゃない? 付き合っているんだし。それにここまでそうやって歩いてきたし」

 今さらだろうとばかりに、きゅっとまた手に力を込められた。
 確かに、さっきのことはいずれ家族の耳にも入るだろう。

 それくらい地元では知った中であり、そういうのもわかっていながら小野寺の手を振りほどかなかった。
 自ら積極的にしたいとは思わないが、嫌ではなかった。

「……家族の前はちょっと。さっきもだけど、そもそもそういうキャラじゃないっていうか」
「キャラ?」
「人前で手を繋ぐとか」

 そういうのはしてこなかったので周囲の反応に困る。

「ああ。さっきの友だちもそんなこと言ってたな。でも、今さらじゃない? ここの感じだったら千幸の家族にもいつか話回りそうだけど。まあ、今は初めての挨拶だし離そうか」
「……そうしてくれると助かります。その」
「ああ、恥ずかしいから、だろ? ふっ。嫌ではなくて恥ずかしいからだとちゃんとわかってる」

 そこで明確に言葉で語る小野寺。
 今日の小野寺は普段なら気づかぬふりをしてくれるところを、あえて攻めてくる。こんなんで無事乗り切れるだろうか。

「……もう、それでいいです」
「事実だからな」
「はいはい。では、行きますっていうか、あっ、もう姉がそこにいて待ち構えてる……」

 ──時すでに遅し?

「やっぱりお姉さんだったんだな」

 小野寺は約束通り手を離してくれたが、しっかり姉には見られてそうだ。
 視線が合うと、姉が楽しげに小さく口元を引いたのを見てしまった。

 ──あぁぁぁ。もう、いい。深く考えないでおこう。

 千幸は暑さでしっとりと肌にまとわりつく髪を耳にかけ直し、もうここまできたらなるようにしかならないと溜め息を吐き出し諦めた。

「はい。姉ですね。改めて、今日はよろしくお願いします」
「なんだ。かしこまって」
「う~ん。気分。家の前で、姉を見てちょっと緊張と諦めが。気恥ずかしいけど、翔さんがいることは嬉しいので」
「そうか」
「はい」

 今日は家族と、そして姉の旦那の家族との交流。そして、小野寺の紹介。
 気構えてしまうが、紹介したいと思ったから誘ったのであって、幼馴染みで元彼とも気まずくならないための場だと思っている。

 言葉にする前に今を見せる。家族に、今好きな人はこの人ですというアピール。
 余計なことはもう言わないでと、心配しないでねという気持ち。
 それらを見せるために恋人を連れてやってきた。

 千幸は軽く息を吐き出すと、小野寺の瞳を真っ向から見つめた。
 優しい眼差しで見下ろす恋人の姿に、口元は緩み胸が温かくなる。

 小野寺がいれば何も問題ない。
 問題ないどころか、今日という日を、何より彼氏として家族に紹介できるのを楽しみにしていることに気づき、千幸はふわっと笑みを浮かべた。


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