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6緩甘ネジ
好き、だから side翔①
しおりを挟む千幸の戸惑いと労るような優しい問いかけを受けた翔は、ゆっくりと瞬きをした。
「……好きだから。それ以外の理由はない」
様々な感情を押し込めるように、それだけ告げて目を伏せる。
好き、だから。
すべてはそれに繋がる。
結局はそれに捕まる。
千幸が欲しい。
その感情が溢れ出て制御できなくなる前にぐっと抑え込む。
瞼を上げると視界に千幸のほっそりした手が目について、触れたいと思うままに手を伸ばして握りしめた。
千幸がいてすごく幸せだ。幸せだと、愛おしいと感じるたびに、温もりを感じるたびに不安にもなる。
これが恋というのなら、いつ安らぎを感じるのだろうか。
いつも鼓動は高まり、彼女がそばにいることがまだ夢のように感じる。
手に入れたい、その思いとともに千幸を振り向かせた。
今日なんて嬉しすぎて、向けられる真摯な思いにこれほど心がぽかぽかと満たされるものなのだと教えられた。
そういった幸せを感じるたびに、不安で仕方がなくなる。
この腕に絡め取っても、いつそこから出ていかないか不安になる。
その理由の、細かなことまでは言うつもりはないが。
「好きだから、ですか……」
「ああ。好きだから」
「そう、なんですね……」
「千幸?」
そこで千幸は黙り込んでしまった。
呼びかけると、千幸は握り込んだ翔の手の上にもう片方の手をそっと置いた。
まるで少しでも不安を取り除こうとするような行為に、気持ちを向けられ自分の存在を受け入れられていると実感できる。
蔑む視線から始まった千幸にそうされるだけで、ずいぶん彼女は自分のことを受け入れて、そして思いを向けてくれるようになったと感動すら憶えて。
その事実にじぃーんと胸が痺れ、その痺れが嬉しいと同時にそわそわとした。
行動でそうやって示してくれる相手を前に、自分は一体何をしているのかと思う時がある。
嬉しい気持ちはあるのにちょっとしたことで不安になって、なんでこんなに自分は情けないのか。
彼女を意識した四年の歳月と、彼女と接触した経緯。元彼の遊川には悪いとは思っているが、後悔はない。
だから、そのことは千幸には言わない。
許しを請うくらいならすべきではないし、それはきっと自分が楽になるだけの行為になる。
前回の接触で少し感づいただろう遊川が千幸にそのことを告げるなら、その時にはきちんと誠意を持って話すが、この話は自分からすべきではないと小野寺は思っていた。
今さら態度には出さないし、翔はあるかないかのチャンスを掴み千幸を幸せにするつもりで手を伸ばした。
ただ、こうして気持ちの距離が近づいているのを嬉しく思うと同時に、自分の前に付き合っていた遊川との関係を思うと不安になるのだ。
「翔さん。私はそんなに信じられませんか?」
「いや。千幸というよりは俺の問題だな」
「でも、何か思うことはあるんですよね? 関係は二人で築くものなので、全部じゃなくても話せることは話してみませんか?」
きゅっと重なる手に力が入る。
己の思いと相手の思い。そういったものを真っ向からぶつけて付き合ったことがなかった。
千幸と自分は違う。
今さらながら、学生のときは相手に対して失礼な付き合いをしてきたと思う。好意を寄せられ嫌いではないから付き合う。面倒を避けるために付き合う。
それと同時に、相手も自分の容姿や財力だとかそういったもの目当てが多くアクセサリーのような上辺だけを求めるものが多かったように思う。
どっちもどっちだ。
その中には真剣な思いを向けてくれた相手もいたのだろうが、今となってはわからない。
そこまで相手に興味を抱けなかったのだ。だから、思い合うお付き合いというのはしたことがない。
だから、世間一般の、千幸がしてきた付き合いと、自分のそれは違う。
わかることは、千幸はその時その時の相手と向き合った付き合い方をしてきたと思える言葉と行動。
それに対して嫉妬と、どうしようもなく愛おしい気持ち。
そして、不安。
付き合う過程で、何があって相手にどこまでの思いがあるのかは当人たちにしかわからない。
許せる範囲、許せない範囲も人それぞれなのだろう。
遊川のことは、後日、トラップ側の女性がやりすぎたというのを聞いたが、家まで入れた相手が悪い。自分なら千幸と一緒に住んでいる聖域にどんな理由があれほかの女性を入れることはしない。
だから、その件に関しては遊川が悪いと思っているし、その現場を見た千幸がショックを受けたのも頷ける。流された、仕方がない、というのは言い訳でしかないだろう。
ただ、その後の千幸の様子を間近で見ていた翔は、嫉妬と清々しさと例えようのない不安を感じた。
好きだからこそ、許せないということもあるだろう。関係を大事にしていたからこそ、千幸はその行為が許せなかったのだろう。
千幸という人物を間近で接していて、別れた後は葛藤もしていたようであるしすんなりと気持ちを割り切ったわけではないとわかっている。
だが、大事に思っていた関係でもそうやって手を離してしまえるという事実を知った。潔さを見てしまった。だから、怖いのだ。
翔は千幸以外いらない。きっと、彼女だけ。
先なんてわからないと言われるだろうが、内から溢れるような渇望をこの先彼女以外に感じるとは思えない。
千幸が翔の中に入り込めば入り込むほど、そのことを意識する。
だから、千幸が絶対この腕から逃げないことを確かめないと、彼女のすべてを手に入れられない。
奥深くまで触れたいのに、触れることが怖い。
一度その甘さを知ってしまったら最後、千幸の意思に反する行動をしないとは言い切れない。
千幸を傷つけるのが自分、ということは決してしたくない。
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