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6緩甘ネジ

長い時間の真相 side桜田④

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 ──……えっ、これってどういうこと?

 轟を見ると、彼は眼鏡の奥で静かに翔を観察していた。うーん。考えていることがこの男もわからない。
 
「邦彦くん、どう思う?」
「小野寺が一人の女性を気にしているってことだろ?」
「そうだけど。ツッコミどころ満載なんだけど……」
「なら、突っ込んだら?」

 他人事のように告げる轟の返答に、そこまで深い付き合いでもないが思わず睨みつける。
 なんだか自分だけが熱くなっているような感じだが、なら突っ込んでやろうと言葉を並べた。

「じゃ、言うけど。情報は収集しているけど、関与はしていないって何?」
「話を集めるだけで、特に何もしてない」
「え? それって見守るって感じなのかな?」
「どうだろうな。ただ、少しでも千幸のことを知れると気持ちは落ち着く」

 お相手の名前がさらっと出てきた。
 これ、本人無意識だな。

「……そもそもそんなに気になるなら、話しかけたらいいじゃない」
「話しかけられなかった」
「だから、なんで?」
「なんかそわそわした」

 ──いや、恋愛初心者か? えっ、今小学生と話してる?

 桜田はよくわからなくなってきた。
 口調もわずかに年下に向ける柔らかなものになっていく。

「んー。まあ、そうだとして。何で今こんな感じなの? 卒業してどれだけ経っていると思ってるの」
「二年だが?」

 淡々と返ってくる答えにまた突っ込んでいると、静かに聞いていた轟がやっと口を開いた。

「まあ、本人がそれでいいならいいんじゃないか? 動向を知って見守ってそれだけでいいってことなんだろう」
「そうなのかもしれないけど……。で、翔が今になって落ち着かないのはその彼女の情報を得られなくなりそうだからってこと?」
「いや。gezeに入社するかどうか気になるから、だな」

 gezeはS.RICグループ内で翔が立ち上げたブランドだ。
 人材も引っ張ってくるほど力を入れた会社の名前がなぜここで?

 二年間の放置していたせいか、とことん話がかみ合わないと首を傾げて溜め息をついた。
 桜田の熱が少ししぼむと、今度は轟が声を上げる。
 会社も関係するとなると、黙っていられなかったようだ。

「はっ? どういう意味だ?」
「どういう意味も、gezeは千幸を思って作ったブランドだ」
「はぁぁぁ?」
「轟が声を上げるの珍しいな。どうした?」
「めっずらしいわねぇ」

 そこで轟が大きな声を出した。珍しく取り乱している。
 ちょっと溜飲が下がった気分で茶化しも入れてみた。
 さっきの返しとばかりに睨み返されたが、それどころじゃないようですっと冷えた眼差しで翔を見据えた。

「どうしたじゃない! それはどういうことだ? さっきから出てくる千幸というのがその彼女なんだな?」
「ああ。藤宮千幸。gezeはグループとして必要であったが、千幸が希望するだろう職種のはずだ」

 さっきから彼女ではなく千幸と親しげに名を呼んでいる。
 それは心の中でずっとそう呼んでいたからに他ならず、ここにきて会社も絡んでいるとなるとさすがの轟もなのかもしれない。

「そういう問題じゃないと思うが?」
「だが、うまく行っているから問題ないだろう? その上、千幸が入社すればこの心のそわそわも落ち着くと思う。彼女が気づくかどうか心配だったのは認める」

 淡々と返す小野寺は、やっぱり小野寺だ。変でも何でも動じない。
 そこで轟は深く深く溜め息をついて、メガネを取ると眉間を揉みそのまま翔を眇め見る。

「……わかった。その彼女が入社すれば気持ちが落ち着くんだな?」
「ああ」

 翔が真面目に頷くと、轟は質問を重ねた。

「彼女好みの会社にしたつもりなんだな?」
「そうだ」

 そこで轟はぐいっと飲み干しグラスを空にして、しばらく思案するように眺めていたがメガネをかけ直すと小さく息をついた。

「わかった。それで大学には何かアプローチしているのか? こちらでは把握していないが」
「何も」
「なら、しろ」
「いいのか?」
「そこまでしていて今さらだろう。ただし、名指しはしない。母校に就職希望者を募り、その中に彼女が入っていて、なおかつ人事の者がオーケーを出したらだ」
「それでいい」

 翔がにやっと笑みを浮かべると、轟は小さく嘆息した。

「えっ、それでいいの?」

 思わず口を挟むが、二人同時にいいと言われてしまった。

 ──えっ、さらっと推奨しちゃってるけど。

 やっぱり類友だ。即座に会社にとって、翔にとって、何がベストかを弾き出した。
 翔は満足そうに笑みを浮かべている。問題ごとが解決してすっきりっていう顔だが、解決ってまで至ってないと思うのは自分だけか?

 桜田としては恋なのだろうと思っているが、あくまで小野寺的には気になる存在ということらしい。
 だけど、そんなというか結構重要な気もするが、そこまで決めちゃっていいのだろうか。しかも、酒の席で。

「そんな簡単に決めちゃっていいの?」

 思わず心配でもう一度確認するが、新たに頼んだ酒を飲みながら涼しげな顔で轟は頷いた。

「簡単ではない。ただ、小野寺のコンディションに支障をきたすならその彼女の動向を知ってもいいと判断したまでだ」
「聞いていたからわかるけどさ。でも、ここで決めちゃってもいいの?」
「別にいいだろう。会社としては何も問題はない。相手が入社を希望するならそれで知ることもできるし、だからと言って必ず入社するわけでもないしな」
「そんな話はしてたけど」

 してたけど、してたけど、一存がすごいな。
 そう思っているのが伝わったのか、轟が肩を竦めて説明を加える。

「面接は公平にさせるし、その時に小野寺に関与はさせない。会社として判断するのだから、双方にとって何も問題ないはずだ。縁が続くかどうかは、小野寺の持っている運次第だな」
「まあ、そうなるのかぁ」

 ──うっわぁぁぁ、すっごい冷静な上、現状のベストだ。

 とりあえず翔が少しでも納得することが大事なのだ。
 だが、こう判断されただけでも翔に運が向いてきている気がする。一度そうなると、その運を引き寄せる力は強い。

 もう、この時点で彼女が入社するのが桜田の中ではなかば決定となっていた。
 だが、何ごとも結果次第。

 どれだけ運が強かろうが絶対ではないし、引き寄せられないこともあるだろう。
 だから、期待させることも、小野寺が気づいていないだろう気持ちに名前をつけるのもやめておこうと轟の話に合わせた。

「なるほど。こちらにくる道は用意はするけど、乗るも乗らないも彼女次第であり、もし翔が望むような形になったとしても彼女の意思でそこまで来たということになるから、まあ、いいのか」
「そもそも、その藤宮千幸のためにも含まれた会社なら、アピールはしとくべきだろうな。小野寺のモチベーション的に。それくらいは許されるだろう」
「そうだけど。まさか、そんなことになってる会社があるなんて、就活する時点で考えもしないでしょうね」
「こっちも初めて知ったことだしな」

 そう言うと轟は恨めしそうに翔を見た。
 だが、本人はさっきまでの色気だだ漏れの憂いを払い、楽しげに酒を飲んでいる。
 自分たちの視線に気づくと、ふ、とどこか色めいた表情で笑った。ああ~、はいはい。ご機嫌さんですね。

「……嬉しそうで何より」
「だな」

 というか、情報だけで満足していた二年間に驚きだ。
 情報提供している後輩に繋ぎを求めたら、きっと彼女とすぐに繋がったはずだ。なんて回りくどいというか、もったいないというか。

 翔の心情はいろいろ科学変化を起こしているようなので、その辺に触れて何か爆発したら手に負えないのでその日は怖くてそれ以上触れられなかった。
 それくらい衝撃的な出来事だった。

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