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3惑甘ネジ

誤算 side秘書+翔④

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   ◆

「なるほど」

 榛色の綺麗な瞳を瞬かせ形の良い口元を軽く引くと、普段は仕事熱心の鬼社長がたまに見せる甘いマスクを前に、こほんと白峰はわざとらしく咳をした。

 ――これだから……。

 どんな意見でも聞く耳を持って認めてもらえるのは、どれだけ忙しくて理不尽だと思うほどの業務内容であっても頑張ろうと思える。
 社長の外見だけに釣られる人は長続きしないので、秘書業務を携わる者は気骨ある者だけが集まっている。
 白峰はそんな人たちばかりの職場で働けることを誇りに思っていた。

 普段は仕事の鬼なのに、小野寺のこういうところはずるい。
 そういう意味で見ていない白峰でも、見惚れてしまう瞬間というものが結構ある。そんな魅力を端々で見せる我が社長だからこそ、先ほどみたいな問題はちょくちょく出てくる。

 これも業務内容だと諦めているが、どれだけ注意深く対処しても面白いように釣り上げてくる我が社長はどこぞのナンバーワンホストみたいだ。
 人を惑わす、惹き入れる力が強すぎる。腹が立つ時には、心の中でホスト鬼社長と呼んで尋常ではない仕事をこなしてきた。

 今は何やらにぃっと口の端を上げて、いろいろ考えているようだ。
 こういった時の社長は意地が悪い。かわいそうに兼光令嬢は滅多打ち決定だ。

 最近の小野寺は仕事を猛スピードで片付け、時間が許すといそいそと帰宅する。
 たまに優しいが、業務内容はえげつない人が思い出したようにゆるっと微笑するのだ。満ち満ちている幸福感というのもたまに見え隠れする。
 なので、ステディな恋人でもできたのかと秘書室では噂になっていた。

 外出先では王子様と騒がれているらしいが、同じ職場の者からしたらはぁっ? て感じだったのに、またそれとは違う何かを見せられそこは皆無言を貫いた。
 どんな女性か気になるところだが、今はそんな彼女との時間をどうでもよい女性ことに奪われてしまったのが気に食わないのかと推測する。

 部下が失敗しても普段は仕事の鬼なのが嘘のように寛容で頼りになるが、恋人のことだと狭量だったりするのだろうか。
 だからこんなに悪い顔してるのかなと、たまにホスト鬼社長に無駄にときめかされることが何となく嫌で、意地の悪いことを白峰は考えた。

 何より、現在は違う場所に駆り出されて、肩書きはいくつかあるがここでは室長の轟の表情が語っていた。
 関わったら終わりだ、と。
 何が終わりなのかはわからないが、冷静沈着な轟にあんなに疲れた表情をさせる物事にはノータッチが一番平和だと理解した。

 何やら企らんでいるらしい表情に、そっと息をつく。
 仕事ぶりを知っている者からしたらこれのどこに惚れろというのかと教えてほしいくらいだ。
 外見も中身も男前なことは認めるが、手腕を知りすぎて恋愛という甘い対象で見るのは無理だ。

「社長」

 そろそろその顔の理由わけを聞かせてくださいと促すと、小野寺は口の端を上げたまま行儀悪く顎に手を当てる。
 そんな仕草さへ貴族のように様になるのだから、神はこの男にいろんなものを与えすぎだと思う。

「ああ、悪い。……それはそうだと考えていた。確かにスケジュール調整しないとあの手はやっかいだな」
「そうですね。きっちりと釘をさされるほうが良いかと思います」
「ああ。いつ空いている?」

 確認しながらも算段がついていそうなその表情に、白峰はスケジュールを確認した。
 急ぎの仕事と業務内容、兼光ホテルとの関わり、彼女の様子から待てる時期を考える。

「では、再来週の月曜日はどうですか?」
「やはりその週だな。金曜日で調整できるか?」

 だいたい考えていることは一緒のようだ。
 金曜日に拘る理由はわからないが、小野寺がそういうなら調整するのが秘書の仕事。

「わかりました。宿泊はどうされますか?」

 帰宅するか、そのままホテルに泊まるか。
 以前なら視察も兼ねて泊まることもあったが、この一、二か月は帰宅を優先しているので、そちらを選ぶだろうと思いながらも業務として確認する。

「ああ、そのまま泊まる。完成した時にはぜひ宿泊をと兼光社長に言われていたからそのまま過ごすことにする。彼女の父親を通してその旨を伝えておいてくれ」

 白峰は一瞬えっと思ったが、おくびにも出さず了承する。
 いい寄られている女性の父親が経営するホテルに宿泊する。
 しかも週末の金曜日。その意図を伝えると、伝わり方ではさらなる誤解を受ける気がするのだが。

 ──相変わらず、食えない社長。

 白峰はふぅっと深呼吸をすると頷いた。
 小野寺には何か考えがあるのだろう。食事の後のことは業務外。そこまで詮索するのは仕事ではない。

「わかりました。お伝えしておきます」
「ああ、話が通ったら彼女の父親にも俺から話をしておく。彼女とはそれで最後だ」

 ビジネスだとわかる感情を一切見せない瞳でまっすぐに白峰を見て、小野寺が断言する。

「わかりました」

 兼光令嬢でわずらわされることはもうない。
 それはわかったが、この何ともいえない不安は何だろうか……。
 白峰は疑問を胸にしまいこみ返事を返すと、そのまま通常業務をするべく秘書室へと戻った。

   ◆

 秘書が出ていき一人になった翔は、先にやるべき、目を通すべき仕事にとりかかった。
 次々に書類が届けられ、確認するとあっという間に三十分が経過する。

 会合のホテルに向かうべく、秘書とビルの外に出て車に乗り込むと無言で資料を確認する。
 少しの時間が惜しく、千幸をこの腕に捉えたいという欲求のもと精力的に動いてきたが、しばらくすれば落ち着く予定だ。千幸との休日デートも夢ではない。

 途中、千幸が勤めるビル付近になると顔を上げた。横を通り過ぎ一瞬口元を緩める。
 千幸のあれやこれやを思い出し、胸を弾ませる。
 生活圏が一緒というのもいいが、吐息もかかるほど近くで千幸を感じたいと真面目な顔をして考える。

 翔は今朝の千幸の様子を思い浮かべ、意味ありげにすっと目を伏せた。
 表情や動作はさっきと今の一瞬だけであとはずっと一緒なのに、それだけで車内の空気に少しだけ怪しい空気が混ざりこむ。
 それに当てられたのか、助手席に乗っていた秘書が首を傾げるようにミラーで翔を見たがそっと視線を外した。

 恋い焦がれ、未来のために算段し、物思いに耽っていたが、そこで目的地に着いたため翔は思考を止めた。
 見逃してわからないままの小さな誤算が、さらなる誤算になることを気づかないまま……。
 太陽の光に照らされ髪をきらめかせながら、翔は一歩外へと踏み出した。


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